第3章 渾作戦の中止 ― 決戦準備を優先した連合艦隊(1944年3〜5月)
■ 1944年3月
南方戦線の悪化と「決戦地域」の再検討
1944年3月、日本海軍は南方戦線の急速な悪化に直面していた。
米軍はニューギニア北岸で前進
カロリン諸島でも攻勢を強化
ラバウルは孤立し、航空戦力は壊滅
この状況を受け、連合艦隊司令部では 「次の決戦はどこで行われるか」 という根本的な
議論が始まる。
この段階で、 マリアナ諸島が決戦の最有力候補として浮上する。
■ 1944年4月上旬
あ号作戦の検討開始 ― 機動部隊温存論が台頭
4月、連合艦隊は正式に **あ号作戦(中部太平洋決戦)**の検討を開始する。
同時に、海軍内部では次の意見が強まる。
機動部隊は決戦まで温存すべき
南方の局地戦で消耗してはならない
空母航空隊の再建が最優先
この「機動部隊温存論」は、 後の渾作戦中止の重要な伏線となる。
■ 1944年4月中旬
ビアク島攻略準備の兆候 ― 南西方面艦隊が救援作戦を要請
米軍がニューギニア北岸のビアク島攻略を準備していることが判明。 南西方面艦隊は、
ビアク救援のため 渾作戦の立案を開始する。
しかし、連合艦隊司令部では早くも懸念が出ていた。
● 主な懸念
機動部隊の使用は危険
燃料消費が大きい
航空戦力の損耗が避けられない
決戦前に戦力を分散させるべきではない
この時点で、 渾作戦は“危険な作戦”として扱われていた。
■ 1944年5月上旬
米軍のマリアナ侵攻準備が明確化
偵察により、米軍が
大規模な空母機動部隊を集結
マリアナ方面への侵攻準備を進めている
ことが判明。
海軍軍令部はここで 「決戦はマリアナ方面」 と正式に判断する。
この判断により、 渾作戦の優先度は急速に低下する。
■ 1944年5月20日
連合艦隊司令部による「渾作戦再検討会議」
連合艦隊司令部は、渾作戦の是非を巡り 再検討会議を開催する。
会議では、次の問題点が指摘された。
● 渾作戦の問題点
米空母出現の可能性が高い
航空戦力の消耗は決戦に致命的
燃料不足が深刻化する
決戦前の戦力分散は危険
特に、 「機動部隊をニューギニアで消耗させるのは愚策」 という意見が多数を占めた。
この結果、 **「作戦延期案」**が提出される。
■ 1944年5月24日
米軍ビアク上陸 ― 史実では渾作戦発動のタイミング
史実ではこの日、渾作戦が発動される。
しかし、この世界線では状況が異なる。
第一機動艦隊はリンガ泊地で訓練中
空母航空隊の再建が最優先
マリアナ決戦が目前
燃料事情が逼迫
これらの理由から、 連合艦隊司令部は 「渾作戦発動は危険」 と判断する。
■ 1944年5月26日
豊田副武司令長官、渾作戦の中止を決定
連合艦隊司令長官・豊田副武は、 再検討会議の結果を踏まえ、 ついに 渾作戦の中止 を
決断する。
● 中止理由(公式)
マリアナ決戦を最優先
機動部隊の温存
燃料節約
戦力分散の回避
南西方面艦隊には 「航空支援のみ実施」 との命令が下される。
これにより、 第一機動艦隊は一切の消耗なく、 完全な状態で6月を迎える。
■ 1944年6月上旬
第一機動艦隊はリンガ泊地で訓練継続
渾作戦中止により、 第一機動艦隊は以下の訓練を継続できた。
発着艦訓練
集団攻撃
対空火力制圧(ロケット弾)
戦闘機比率60%の新編成
戦艦部隊との連携訓練
この“追加の2週間”が、 後のマリアナ沖海戦での善戦に直結する。




