表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】元人気配信者ですが、古参ファンが怖すぎます  作者: 只野 唯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

16/17

最終話 今なら

 雨が降っていた。

 夜の東京。

 濡れたアスファルトにネオンが滲んでいる。

 律は傘も差さず、九条のオフィスビルを見上げていた。

 スマホの画面には、開きっぱなしのSNS。


『律また最近出てきてるな』

『やっぱ承認欲求捨てられてないじゃん』

『結局戻ってきたかったんだろ』


 指が止まる。

 否定できなかった。

 戻ってきたかった。

 見られたかった。


 コメント。

 数字。

 再生数。


 通知が鳴るたび、心臓が熱くなる。

 あれだけ壊れたのに。

 苦しかったのに。

 それでも。

 まだ欲しい。


「……終わってるな」


 小さく呟いて、律はスマホを閉じた。

 そしてエレベーターへ乗る。


 ◆◆◆


 オフィスはまだ明かりがついていた。

 深夜零時。

 律が入ると、慶はデスクでノートPCを見ていた。


「……こんばんは」


 律が言うと、慶が顔を上げる。


「来ると思ってました」

「怖いんですよ、その言い方」

「当たってたので問題ないかと」


 いつもの調子。

 静かで。

 穏やかで。

 少し気味が悪い。

 でも今日は、それに少し安心してしまう。

 律は慶の向かいへ座った。

 数秒、沈黙。

 エアコンの音だけが響く。

 律は視線を落としたまま言った。


「……俺」


 喉が乾く。

 でも、ちゃんと言わなきゃいけない気がした。


「まだ承認欲求なくなってないです」


 慶は何も言わない。


「数字見るし」

「……」

「エゴサするし」

「……」

「褒められると、気持ちいいし」


 情けなかった。

 もう一度壊れたくないと思っていた。


 普通に働いて。

 普通に生きて。

 静かに終わるはずだった。


 なのに。

 また戻ってきてしまった。

 コメント欄へ。

 視線へ。

 “見られる場所”へ。


「また壊れるかもしれない」


 やっとそう言うと。

 慶は静かに頷いた。


「知ってます」


 即答だった。

 律は苦笑する。


「否定しないんですね」

「しません」


 慶は穏やかな顔のまま続ける。


「笠原さん、多分また数字に飲まれますよ」

「……」

「コメントにも傷付きます」

「……」

「見なくていいものも見ます」


 全部図星だった。

 律は視線を逸らす。


「最悪だ」

「はい」

「じゃあ止めてくださいよ」


 半分八つ当たりみたいに言う。

 でも。

 慶は少しだけ目を細めた。


「止めたら、あなた死ぬでしょう」


 律は息を止めた。

 静かな声だった。

 責めるでもなく。

 脅すでもなく。

 ただ事実みたいに。


「見られなくなった時のあなた、知ってるので」


 律は何も言えない。

 昔。

 本当に空っぽだった。


 動画をやめて。

 数字が消えて。

 誰にも見つけられなくなって。


 朝起きる理由すら曖昧だった。

 慶だけが、それを見ていた。

 壊れかけていた頃から。


 ずっと。


「……なんでそこまで分かるんですか」


 律が掠れた声で聞く。

 慶は少し黙った。

 それから、静かに言う。


「今なら隣にいられると思ったので」


 律の呼吸が止まる。

 その台詞。

 最初に会った時。


『今なら断られないと思ったので』


 あの日の言葉。

 あの時は怖かった。

 利用されている気がした。

 弱ってるところを見透かされているみたいで。

 でも今は。

 少しだけ意味が分かってしまう。

 慶は最初から、壊れた自分を見つけていた。

 終わりかけの自分を。

 そして。

 終わらせないように、ずっと隣にいた。

 律はゆっくり顔を上げる。

 慶は静かにこちらを見ていた。

 いつもと同じ顔。

 なのに。

 今だけ少し、怖くなかった。


「……九条さん」

「はい」

「あなたも大概壊れてますよ」


 慶が少し笑う。


「知ってます」


 その笑い方が、妙に疲れて見えた。

 律は胸の奥がざわつく。

 この人も、多分ずっと一人だった。

 人を観察して。

 壊れる瞬間ばかり見て。

 でも自分の感情だけは、どこにも置けなかった。

 だから。

 気付けば律は立ち上がっていた。

 慶が少し目を見開く。

 律は迷う。

 怖い。

 気持ち悪い。

 危ない。

 でも。

 逃げたくなかった。

 律はゆっくり手を伸ばし。

 初めて、自分から慶へ触れた。

 シャツ越しの体温。

 慶が息を止める。


「……」


 律は小さく笑った。


「そんな顔するんですね」


 慶は答えない。

 ただ珍しく、本当に言葉を失っていた。

 その反応が少しだけ嬉しくて。

 律は、自分でも驚く。


 承認欲求。

 依存。

 数字。


 多分、全部まだ消えていない。

 これからまた壊れるかもしれない。

 でも。

 一人で壊れるよりは、少しマシな気がした。

 沈黙の中。

 PCモニターだけが静かに光っている。

 編集ソフト。

 新規プロジェクト。

 書きかけのタイムライン。

 そして、空白のタイトル欄。

 まだ名前のない、新しい動画。

 律はその画面を見つめながら、小さく息を吐いた。

 終わっていない。

 多分まだ。

 この物語も、自分も。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ