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【BL】元人気配信者ですが、古参ファンが怖すぎます  作者: 只野 唯


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第15話 承認欲求


 最初は、少し気になる程度だった。

 配信後の反応を見る。

 コメント欄を開く。

 切り抜きを確認する。

 ただ、それだけ。

 律はそう思っていた。

 でも。

 気付けば、一日中スマホを見ていた。


 朝、起きてすぐ。

 通勤中。

 仕事の合間。

 帰宅後。

 寝る前。


 通知を確認する。


『律また見れて嬉しい』

『編集やっぱ天才』

『今の方が好きかも』


 胸が熱くなる。

 その感覚を、律は知っていた。


 承認欲求。


 昔、自分を壊したもの。

 でも同時に、生かしていたもの。


「……終わってる」


 呟きながら、またエゴサする。


『九条慶 律』


 検索候補に、もう普通に自分の名前が並んでいる。

 最悪だった。

 なのに、やめられない。


 ◆◆◆


 律は九条のオフィスで編集用モニターを見ながら、片手ではスマホを触っていた。

 SNS。

 配信感想。

 切り抜き。


『律って人、危うくてなんか見ちゃう』


 そこでスクロールが止まる。

 危うい。

 その言葉。

 最近、何度も見かける。


「笠原さん」


 声をかけられて、律は反射的にスマホを伏せた。

 九条慶が立っている。


「……何ですか」

「また見てました?」

「別に」

「エゴサ癖になってますよね」


 言い当てられて、律は顔をしかめる。


「なんで分かるんですか」

「最近、通知来るたび顔変わるので」


 最悪だった。

 慶は律の隣へ来る。

 相変わらず近すぎない距離。

 でも、視線だけはずっとこちらを見ている。


「伸びてますね」


 モニターには最新動画。


 再生数。

 登録者。

 コメント数。


 全部、綺麗に右肩上がりだった。

 律は無意識に口元を触る。

 嬉しい。

 認めたくないくらいに。


「……最近、数字見るの楽しいんですよね」


 ぽつりと漏れる。

 慶は少しだけ目を細めた。


「でしょうね」

「昔と同じ感じするんです」


 律は画面を見る。

 伸びる通知。

 リアルタイム視聴数。

 コメント。

 全部、脳に刺さる。


「やばいって分かってるんですけど」

「やめられない?」

「……はい」


 その返事に、慶は嬉しそうですらあった。

 怖い。

 本当にこの男は怖い。

 普通なら止めるだろ。


『見すぎですよ』

『休んでください』


 そう言うはずだ。

 でも慶は違う。

 止めない。

 ただ、静かに観察している。


「笠原さん」

「……はい」

「戻りたいですか?」


 律の指が止まる。


「え」

「表舞台に」


 静かな声だった。


「また、見られる側に戻りたいですか」


 心臓が跳ねる。

 律はすぐ答えられなかった。

 戻りたい。

 いや、違う。

 戻ったらまた壊れる。

 でも。

 コメント欄で、自分の名前が流れる感覚。

 通知。

 数字。


『帰ってきた』


 あの言葉。


 全部、忘れられない。


「……分かんないです」


 掠れた声が出る。


「戻りたいのか、戻りたくないのか」


 本音だった。

 怖い。

 でも、気持ちいい。

 承認される感覚を、身体が覚えてしまっている。

 慶はそんな律を見ていた。

 静かに、観察している。


「今の笠原さん、かなり危ないですね」

「人ごとみたいに言わないでください」

「人ごとではないですよ」


 慶は穏やかに言う。


「かなり興味あります」

「最悪」


 律は額を押さえる。

 本当に、この男は性格が悪い。

 でも。

 その視線に少し安心する自分もいた。


 ◆◆◆


 夜。

 帰宅後。

 律はソファへ座ったまま、配信アーカイブを見ていた。

 自分の顔。

 疲れた笑い方。

 コメント欄。


『律って、やっぱカメラ映えする』


 指が止まる。


「……は?」


 昔なら、絶対言われなかった言葉だった。

 美那の隣。

 比較対象。


『彼氏の方』


 ずっとそうだった。

 なのに今は、自分単体を見ている人間がいる。

 その事実が脳を焼く。

 その時、スマホが震えた。

 画面には九条慶の文字。


『まだ見てます?』

「……なんで分かるんだよ」


 小さく呟く。


『見てないです』


 送信。

 数秒後。


『今、少し嬉しそうな顔してます?』


 律はスマホを落としかけた。


「怖っ……」


 本当に怖い。

 なのに。

 そのメッセージを見た瞬間、少しだけ笑ってしまった自分がいた。

 終わってる。

 本当に。

 また始まっている。


 数字に。

 視線に。

 承認に。


 ゆっくり呑まれ始めている。

 そして九条慶は、それを止めるどころか壊れていく過程が綺麗だと思って見ている。


「キモっ」


 ◆◆◆


 それから数日。

 律は明らかにおかしくなっていた。

 編集作業中も、数分おきにスマホを見る。


 再生数。

 登録者。

 SNS反応。


 数字が伸びるたび、脳が熱くなる。

 逆に、反応が鈍い時間帯は落ち着かない。


「……依存症じゃん」


 自分で言って、否定できなかった。

 昔と同じだった。

 いや。

 昔より質が悪い。

 一度壊れているから。


 “これで壊れる”と知っているのに、それでも見てしまう。


 ◆◆◆


「笠原さん」


 声がして、律は反射的にスマホを伏せる。

 慶はその動作を見て、少し笑った。


「最近、隠す気なくなりましたね」

「……うるさい、です」


 律はモニターへ視線を戻す。

 でも集中できない。

 通知が気になる。

 さっき投稿した切り抜き、今どれくらい伸びてるだろう。

 そんなことばかり考えている。


「今、確認したいでしょう」


 慶が静かに言う。


「再生数とコメント」

「……」

「十分前から、三回スマホ触ってます」


 律は眉をしかめる。


「人のこと見すぎなんですよ」

「仕事なので」

「絶対違う」


 慶は否定しなかった。

 ただ、律を見ている。

 静かに。

 興味深そうに。


「笠原さん」

「……はい」

「今、かなり“戻って”ますよ」


 その言葉に、律の喉が詰まる。


 戻る。

 何に。

 昔の自分に?

 数字に狂っていた頃に?

 コメント欄で感情が上下して、再生数で生きていた頃に?


 律はゆっくり息を吐く。


「……最悪ですよ」

「何がです?」

「気持ちいいんです、数字が伸びるの」


 正直に言ってしまって後悔するけど、言葉にすると少しだけ楽になった。

 認めたくなかったのに、もう誤魔化せない。

 通知を見るたび、気分が上がる。


『編集好き』

『律の空気感また見れて嬉しい』


 あの文字を見ると、自分が必要とされてる気がする。

 慶は静かに頷いた。


「でしょうね」

「止めないんですか」

「何を」

「俺の、この状態を」


 律は低く言う。


「また壊れそうなの、分かってるでしょう」


 慶は数秒黙った。

 それから、穏やかに答える。


「止めてほしいですか?」


 律は言葉に詰まる。

 止めてほしい。

 でも。

 止められたくない。

 この感覚を、もう少し味わいたい。

 数字を見る高揚感。

 見られている実感。

 昔みたいに、世界と繋がってる感じ。


「……分かんないです」


 掠れた声が出る。

 慶は少しだけ目を細めた。


「そういう顔、最近増えましたね」

「どんな顔ですか」

「欲しがってる顔」


 心臓が跳ねる。

 律は反射的に視線を逸らした。

 図星だった。

 欲しい。

 承認。

 数字。

 期待。

 全部。

 また欲しくなっている。


 ◆◆◆


 夜。

 帰宅後。

 律はまたソファでスマホを見ていた。

 切り抜き動画。


『元リツミナ律、完全復活か』


 再生数は二十万。

 コメント欄をスクロールする。


『今の方が人間味あって好き』

『昔より危うくて目離せない』

『九条がハマる理由わかる』


「……何なんだよそれ」


 呟きながら、また読み込んでしまう。

 止まらない。

 悪口も。

 賞賛も。

 全部見たい。

 その時、見計らったように通知が鳴る。


 九条慶。


『まだ起きてます?』


 律は時計を見る。


 深夜二時半。


「……終わってる」

『起きてます』


 返信すると、すぐに既読がついた。


『またコメント欄ですか』


 律は数秒固まる。


『なんで分かるんですか』


『最近、笠原さんの動きが想像できるんです』

「怖っ……」


 本当に怖い。

 でも。

 律はスマホを握ったまま、少し笑ってしまう。

 昔。

 深夜に病んだツイートをしても、誰も止めなかった。

 消えても、誰も気付かなかった。

 でも今は。

 九条慶だけが、ずっとこちらを見ている。

 それが安心なのか、地獄なのか。

 律にはもう、よく分からなかった。


『笠原さん、綺麗ですよ』


 息が止まる。

 綺麗。

 またその言葉。

 慶は、壊れかけた時ばかりそう言う。


『寝不足で、数字見続けて、情緒崩れてる時の顔が、たまらなく好きなんです』


 律はスマホを見つめたまま、しばらく動けなかった。


「……気持ち悪い」


 掠れた声で呟く。

 でも。

 胸の奥が熱い。

 理解されている感覚。

 見られている感覚。

 昔、どうしようもなく欲しかったもの。

 律はゆっくり目を閉じる。

 また壊れる。

 多分。

 でも。

 それでも今、少しだけ生き返っている気がしてしまう自分がいた。


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