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【BL】元人気配信者ですが、古参ファンが怖すぎます  作者: 只野 唯


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【番外編】 欲

 深夜だった。

 編集室にはモニターの明かりだけが残っている。

 タイムライン上では、未完成の動画が静かに止まっていた。

 律はソファへ浅く腰掛けたまま、ぼんやり画面を見ている。

 隣には九条慶。

 近い。

 最近、この距離にも慣れ始めている自分が怖かった。


「……眠くないんですか」


 律が呟く。

 慶はノートPCを閉じながら答えた。


「笠原さんがまだ起きてるので」

「保護者みたい」

「放っておくと朝までSNS見てるでしょう」

「否定できない」


 慶が少し笑う。

 静かな空気だった。

 恋人みたいな甘さはない。

 でも。

 お互いの呼吸だけは妙によく分かる

 律はソファへ背中を預けながら、ちらりと慶を見る。


 整った横顔。

 相変わらず隙がない。

 感情も読みづらい。

 人間っぽい温度が薄い。


「……九条さんって」

「はい」

「ほんと変ですよね」


 慶が眉を上げる。


「急ですね」

「なんか」

「宇宙人みたい」

「あなたも大概失礼ですね」


 律は少し笑う。

 でも本気で思っていた。

 この男は、あらゆるどんな欲望より観察欲の方が強そうに見える。

 だから。

 次の瞬間。

 不意に唇へ触れた柔らかさに、律の思考は止まった。


「……っ」


 一瞬だった。

 軽く触れるだけのキス。

 でも。

 脳が理解するまで数秒かかった。

 律は目を見開いたまま固まる。

 慶はすぐ近くにいた。

 静かな顔。

 でも少しだけ、呼吸が浅い。


「……」


 律の喉が遅れて熱くなる。

 何、それ。

 今。

 何された。


「……九条さんにも」


 思わず声が漏れる。


「人に触れたいって感情あるんですね」


 慶が数秒黙る。

 そして少し呆れたように笑った。


「僕を何だと思ってるんですか」

「いや、あまり人間らしさがないので」

「本当に失礼な人ですね」


 慶が静かに言う。


「肉欲くらいあります」


 律は瞬きを繰り返した。


「……にく、よく」

「性欲です」

「それくらい分かります」


 律は顔を覆う。

 なんで言い方がそんな冷静なんだ。

 余計に恥ずかしい。

 慶はそんな律を見ながら少し笑う。


「笠原さん、意外と初心ですね」

「うるさい」

「キスしただけですが」

「それが問題なんですよ」


 心臓がうるさい。

 頭がおかしくなる。

 恋人じゃない。

 まだ。

 ……まだってなんだ。


「……最悪」


 律が小さく呟く。


「何がですか」

「九条さん、余裕そうだから」


 律ばかり乱されている気がする。

 でも。

 慶は少しだけ目を細めた。


「余裕あるように見えます?」

「見えますけど」

「それは間違いですね」


 その声が少し低い。

 律は顔を上げる。

 慶は静かにこちらを見ていた。

 観察者みたいな目じゃない。

 もっと直接的な熱がある。


「……笠原さん」

「はい」

「これ以上困らせましょうか?」


 律の呼吸が止まる。

 その言い方が、やけに大人でずるかった。

 でも。

 逃げたいとは思わなかった。

 むしろ。

 こんなふうに触れられて、少し安心している自分がいる。

 慶は律の反応を待つみたいに黙っている。

 急かさない。

 だから余計に逃げられない。


「……九条さん」

「はい」

「それは、仕事中にやる顔じゃないです」

「どんな顔ですか」

「聞かないでください」


 律は視線を逸らした。

 耳が熱い。

 慶は小さく笑う。

 そして今度は、ちゃんと確認するみたいに。

 ゆっくり律の髪へ触れた。

 その手つきが思ったより優しくて。

 律は目を閉じてしまった。

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