表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
【BL】元人気配信者ですが、古参ファンが怖すぎます  作者: 只野 唯


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

12/17

第12話 元相方


 テレビ局は、独特の匂いがする。

 照明の熱。  

 化粧品。  

 コーヒー。  

 慌ただしく行き交うスタッフの空気。

 律は首から下げた入館証を弄びながら、小さく息を吐いた。


「……帰りたい」

「まだ何も始まってませんよ」


 隣で九条慶が平然と言う。

 今日は経済系の討論番組だった。  

 テーマは“若年層と投資ブーム”。

 最近、慶の露出は増えている。  

 YouTube発の金融インフルエンサーとして、テレビ側が使いやすい存在になり始めていた。

 律は付き添いだ。

 建前上は、“映像チェック担当”。

 本音を言えば、慶が半ば強引に連れてきた。


『テレビの現場、一回見ておいた方がいいので』


 そう言われた。

 嫌な予感はしていた。

 そして大体、嫌な予感は当たる。


「笠原さん」


 慶が静かに言う。


「顔、死んでます」

「元々です」

「逃げたいですか?」

「今すぐ帰っていいなら」

「駄目です」


 即答だった。

 律は舌打ちする。

 本当に、この男は人を逃がさない。

 その時。


「……あ」


 声が聞こえて振り返る。

 律の呼吸が止まる。

 そこにいたのは、水瀬美那だった。

 白いブラウス。  

 ゆるく巻いた髪。  

 柔らかい笑顔。

 昔と変わらない。  

 いや。  

 昔よりずっと、“完成”されていた。

 スタッフに囲まれているのに空気が華やかだ。

 やっぱりこの人は、画面の前に立つ人間だと思う。

 美那も律を見て、少し目を見開く。


「……律?」


 数秒。  

 時間が止まる。

 最悪だった。

 逃げたい。

 でも足が動かない。


「久しぶり」


 先に笑ったのは、美那だった。

 自然な笑顔。

 それが逆にきつい。 


「……どうも」


 律の声は少し硬かった。


「え、何年ぶり?」

「知らない」

「相変わらずだね」


 美那が小さく笑う。

 昔。  

 その笑い方が好きだった。

 思い出した瞬間、自分で嫌になる。


「今、動画やってるんだって?」


 律は少し眉を寄せた。


「……知ってるんだ」

「そりゃ流れてくるよ」 


 美那は悪意なく言う。


「結構伸びてるよね」

「まあ」

「編集、律っぽいなって思った」


 心臓が少しだけざわつく。

 “律っぽい”。

 その言葉を元相方から言われるとは思わなかった。


「九条さんの動画だよね?」


 そこで初めて、美那が慶を見る。

 慶は穏やかに会釈した。


「初めまして」

「初めまして、水瀬です」


 空気が妙に静かになる。

 律はなんとなく分かった。

 慶は今、美那を観察している。

 どういう人間か。  

 どういう空気を持っているか。

 測っている。

 そして多分、美那も気付いている。


「なんか不思議」


 美那が笑う。


「律がまた動画やってるの」

「別に演者じゃないし」

「でも楽しそう」


 律は返事に詰まる。

 楽しい。

 認めたくない言葉だった。

 そこへスタッフが声を掛ける。


「水瀬さん、次スタンバイお願いしまーす!」

「あ、はーい」


 美那は振り返りかけて、少しだけ動きを止めた。


「……律」

「何」

「ちゃんと寝てる?」


 律は眉を寄せる。


「は?」

「昔から寝不足になると危なかったじゃん」


 懐かしむみたいな口調。

 それが妙に腹立たしい。


「別に普通だけど」

「ならいいけど」


 美那は少しだけ困ったように笑う。


「律って、誰かに見てもらわないと壊れる人だったから」


 その瞬間。

 胸の奥を、鈍いものが刺した。

 慶が無言になる。

 律は笑えなかった。


「……何それ」


 声が少し低くなる。

 美那は「あ」と小さく息を飲んだ。


「ごめん、嫌味じゃなくて」

「別に」


 即答した声が、自分でも分かるくらい硬い。

 見てもらわないと壊れる。

 否定できない。

 昔もそうだった。

 コメント欄。  

 通知。  

 再生数。

 誰かの反応がないと、自分が空っぽになる感覚。

 だから動画をやめられなかった。

 だから、美那に依存していた。

 でも。

 本人に言われると、こんなに痛いとは思わなかった。


「律はさ」


 美那が静かに言う。


「昔から、“一人で平気なふり”だけは上手かったよね。全然平気じゃないのに」


 律は何も返せない。

 図星だった。

 昔からそうだ。

 平気そうに笑う。  

 大丈夫そうに振る舞う。

 でも本当は、ずっと誰かに見つけてほしかった。

 その時。


「水瀬さん」


 慶が静かに口を開く。

 美那が視線を向ける。


「笠原さん、今かなり面白いですよ」


 空気が止まる。

 律は思わず慶を見る。

 慶は穏やかな顔のままだった。


「昔よりずっと、人間やってます」

「……九条さん」


 律が低く言う。

 やめろ。

 そう言いたかった。

 でも慶は続ける。


「だから僕は、今の方が好きです」


 美那が少しだけ目を細める。

 観察するみたいに。

 そして小さく笑った。


「……そっか」


 その笑い方に、律は少しだけ息苦しくなる。

 昔、美那はよくこういう顔をしていた。

 “理解した時”の顔。


「じゃあ安心かも」


 美那は静かに言った。


「律、放っておくと本当に壊れるから」


 その言葉だけ残して、美那はスタッフの方へ歩いていく。

 律は動けなかった。

 胸が重い。

 痛い。

 腹が立つ。

 なのに。

 否定できない。


「……最悪」


 律が低く呟く。

 慶は隣で静かに言った。


「さすが元相方、かなり分かってますね」

「うるさい」

「でも間違ってないでしょう」


 律は答えられなかった。

 見透かされる感覚が嫌だった。

 昔も。  

 今も。

 自分は結局、“誰かの視線”で生きている。


 ◆◆◆


 収録は、最悪な気分のまま始まった。

 律はスタジオ脇のモニタールームに座り、イヤホン越しに現場音声を聞いている。

 討論テーマは、『投資に惹かれる若者』。

 司会者。  

 経済評論家。  

 インフルエンサー。  

 芸人。

 そして九条慶。

 ライトを浴びた慶は、やはり異様に画面映えしていた。

 姿勢。  

 視線。  

 喋る間。

 どれも計算しているようで、計算に見えない。

 律はモニターを見ながら、無意識に分析してしまう。

 今、視線切った。  

 ここで一拍置いた。  

 今の返し、切り抜かれる。

 もう癖だった。


「……職業病」


 小さく呟く。

 その時、隣に誰かが座った。


「律、ほんとその顔するよね」


 心臓が跳ねる。

 美那だった。


「……びっくりした」

「ごめん」


 彼女は缶コーヒーを持ちながら、モニターを見る。

 画面の中では、慶が落ち着いた声で話していた。


『投資って、“お金を増やしたい”より、不安を減らしたい人の方が多いんですよ』


 スタジオが静かになる。

 何でこんなに人を惹きつける話し方が出来るのか。


「九条さんって、不思議な人だね」


 美那がぽつりと言う。


「……まあ」

「怖いけど優しい感じする」


 律は少し眉を寄せた。

 その感想。  

 コメント欄で何度も見た。

 怖いのに安心する。


「律、ああいう人好きそう」

「は?」

「自分のこと見抜いてくる人」


 律は反射的に否定しかけて、止まる。

 否定できなかった。

 悔しい。


「……別に」

「昔からそうじゃん」


 美那はモニターを見たまま続ける。


「律、自分から“見て”って言えないから」


 胸がざわつく。


「だから、勝手に見つけてくる人に弱い」

「……分析やめてくれない?」

「ごめん」


 全然悪いと思ってない声だった。

 少し沈黙。

 スタジオでは笑いが起きている。

 慶が芸人のコメントを拾って、空気を整えていた。

 律はぼんやりそれを見つめる。


「ねえ」


 美那が静かに言う。


「怒ってる?」

「何に」

「さっきの」


 “誰かに見てもらわないと壊れる”。

 あの言葉。

 律は視線を逸らした。


「……別に」

「嘘」


 即答だった。


「律、傷付くと声低くなるもん」


 昔から見抜かれていた。

 それが嫌だった。

 だから別れた後、余計に苦しかった。

 自分を理解している人間が、世界からいなくなった気がしたから。


「ごめんね」 


 美那が小さく言う。


「責めたかったわけじゃない」

「分かってる」

「本当に心配してたの」 


 律は笑いそうになった。

 その“心配”が、一番きつい。

 同情みたいで。

 壊れ物扱いされているみたいで。


「……美那ってさ」

「うん?」

「昔から、俺を“かわいそうな人”扱いするよね」


 美那の表情が少し止まる。


「そんなつもりじゃ」

「あったよ」


 律はモニターを見たまま言う。


「俺が寝れてない時。数字落ちてる時。ずっと、“支えなきゃ”みたいな顔してた」


 美那が黙る。


「でも俺、その顔めちゃくちゃ嫌だった」


 口にしてから、自分でも驚く。

 こんなこと。  

 初めて言った。


「……そっか」


 美那は静かに息を吐いた。


「気付かなかった」

「だろうね」

「でも、本当に危なかったんだよ」


 律は返事をしない。


「律、コメント欄で人格変わってたもん」


 胸が痛む。


「数字悪い日はずっとスマホ見て、朝まで起きてて、急に全部消したいって言い出して」


 美那の声は静かだった。


「私、ずっと怖かった」


 律はモニターを見る。

 そこでは慶が、視聴者心理について話していた。


『人って、不安な時ほど“正解をくれる人”を探すので』


 落ち着いた声。

 妙に安心する声。

 律は無意識に思う。

 ああ。  

 だから自分は、この男のところに来てしまったのかもしれない。

 その時。

 スタジオ側のスタッフが慌ただしく動き始める。


「次、水瀬さんコメントお願いします!」

「はーい」


 美那が立ち上がる。

 去り際。

 少しだけ振り返って言った。


「でもさ」

「……何」

「今の律、昔よりもいい顔してる」


 律は眉を寄せる。


「は?」

「ちゃんと人の顔してる」


 そう言って、美那はスタジオへ向かった。

 律は言葉を失う。

 人の顔。

 それは、今日二回目だった。

 慶も言っていた。


 “人間やってます”。


 モニターの中で、慶がふとこちらを見た気がした。

 一瞬だけ。

 視線が合う。

 偶然のはずなのに。

 律はなぜか、見つけられた気がしてしまった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ