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蜻蛉商会のヒトガミ様 ~不完全な神様は主従の箱庭で白日の夢に微睡む〜  作者: 御崎菟翔
第二部

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閑話.眷属達の休息日

――数年前


「じゃあ、奏太様、三日ほど、僕らはお休みをいただきますけど……本当に大丈夫ですか? 玄さん達はいますけど……」


 鬼界の片隅にある先代秩序の神が残した塔。天まで高く聳えたその根元の玄関扉の前で、奏太は荷物を抱えた亘、巽、汐、椿と向き合っていた。

 

「大丈夫だって。巽は心配性だな。こっちのことは気にしないで、ゆっくり休んで来なよ。こういう時でもないと、のんびりできないだろ?」


 年に数度の亘達の休息日。常に自分の側で世話を焼き、神経を尖らせて周囲を護る護衛役と案内役が、奏太から離れ、思うままに自由になれる時間。眷属として自分に縛りつけているのだ。こういう息抜きも必要なことだと、奏太は思っている。そうは言っても、いつも不要だと断られ、命令混じりに休みを取らせることになるのだが。

 

「寂しげな御顔をされているようですが」


 一番最後まで抵抗していた亘が、フンと鼻を鳴らす。未だに不満だと言わんばかりに。

 

「からかうなよ、亘」


 奏太は笑いながら、それをいなす。

 

「我らがいないからといって、ダラダラ過ごされてはダメですよ。きちんと規則正しく過ごされてくださいね」


 汐が心配げに眉尻を下げた。

 

「母さんみたいなこと言うなよ、汐」

「やはり、私だけでも残りましょうか? 寂しいようでしたら、私が翼で温かく包んで添い寝――」

「あ、ううん、遠慮しておくよ、椿」


 いつまでもダラダラと出発しない一行に、奏太は呆れた息を吐く。


「もう、決定事項だって言ってるだろ。ここまで準備が終わってるんだから、粘ってないで、さっさと行ってこいって」

 

 奏太はそう言いつつ、渋る亘達の背を押して明るい外へ押し出す。そうやって何度か押し問答を経たあと、亘達はようやく渋々と塔をあとにした。


 奏太は、たびたび振り返る皆にヒラヒラ手を振って笑顔で見送る。その姿が見えなくなるまで見届けると、深く息を吸い込んでから、震える息を吐き出した。


 亘達にとって大事な時間。けれど、奏太にとっても、亘達と離れるこの時間には、重要な意味がある。

 

 パタリと扉を閉じ、差し込んでいた外の明るい光が石づくりの塔の中で途切れると、ひやりとした声が響いた。


「さあ、邪魔者も消えました。わかっておいでですね、我が君?」


 待ち構えていたように、背後から玄が進み出る。


 奏太はその気配を視線の端に捉えながら、ギュッと拳を強く握った。玄に伝わらないように、震えを喉の奥で押し殺す。


「……わかってるよ」


 奏太の返答に、玄は満足げに唇の端を吊り上げた。

 冷たくゴツゴツとした細い指が奏太の腕を取り、抵抗は許さないとばかりに、跡が残るほどに強く握る。


 (大丈夫。たった三日、耐えればいい。そうすれば、また、あいつらの居る明るいところに帰れる)


 それは、罪を清算するための、禊の時間。

 奏太は、諦めと共に、そっと目を伏せた。


 ――三日。

 恐怖と絶望の末に奏太の意識が焼ききれるか、必死の抵抗に玄が興味を失うか、神の力が漏れ出し満足するか。はたまた、さすがにやり過ぎだと白が見かねて止めに入るか。途切れ途切れでも、苦痛の時間は繰り返し訪れる。


 目覚めるのが怖くなるほどの、永遠のようにも思える時間。その間、何度、このまま楽になってしまえればと思ったことか。


 けれど、その度に亘達の顔を思い出しては、すぐに帰ってくると、それだけを頼りに、奏太はただただ耐えた。これが終われば、また、日常が戻ってくる。


 

「奏太様、亘達が戻ったようですが」


 白の呼びかけに、玄の舌打ちが聞こえた。


 金の混じる瞳。涙で濡れたままの頬。赤紫色の指の跡。爪を立てられ肌に滲む血。荒く乱れる息。


 玄は、床に膝をついたままの奏太を冷たく見下ろした。


「そろそろ、神を解放していただけませんか、我が君」


 奏太は俯き床の上で拳を握り締めたまま、声も出せずに首を横に振った。


 フンと鼻を鳴らす声が聞こえ、玄の立ち去る足音と、ガチャリとドアが開く音がする。


「奏太様」

「……白……あいつら……足止め、しておいて……少し、時間がほしい……」



 奏太が言うと、白は奏太の状態を見やったあと、感情の見えぬ声音で「承知しました」とだけ応えて扉を閉めた。


 痛いほどに胸を打ちつける鼓動。身体の震えが止まらない。罪を責め立てる玄の言葉が頭にこびりついて離れない。


 奏太はそれらをなんとか押し殺すと、傷を修復し、着替え、血のついた服が誰の目にも入らないように隠した。


「……これ、白に処分しておいてもらわなきゃ……」


 小さな呟きが、静まり返った広い部屋に落ちる。


 何もなかったように。何も知られないように。あいつらの前だけは、ただ、いつもと変わらない、あの頃のままの日向奏太でいられるように。



 身なりを整え、亘達の待つ部屋に向かうと、送り出したときと同じ元気そうな顔が並んでいる。この三日。泣きたくなるほどに、焦がれた顔ぶれ。


「――ごめんごめん、ついさっきまで寝ててさ」


 奏太は、皆を見回してニコリと笑う。


 すると、汐が呆れた息を吐いた。


「規則正しくお過ごしくださいと申し上げたのに」

「ごめんって。それより、ゆっくりできた?」


 短い休み。その間に、それぞれの旅で起こった話を聞いていく。人界の里に戻った話、妖界での旅で起こったちょっとしたアクシデント、笑いと驚きと愚痴と、ちょっとした口論と。いつもの温かな輪の中、奏太はそこに満ちる空気を目いっぱいに吸い込んだ。


 夜。亘が部屋の外の扉を守り、ようやく訪れた、玄に虐げられることのない静寂。

 

 奏太は誰もいない部屋で、そっと、机の引き出しから小箱を取り出した。

 

 それは、三百年前に手渡された古びた御守を閉じ込めた箱。そこに込められているのは、逃げてでも、生きて自分の役目を果たせという戒め。


 愛おしくて懐かしいそれを、奏太はそっと撫でた。


「……俺は、まだ、大丈夫だよ……柊ちゃん……ハク……」


 この温かな日常を、まだ、もう少し。

 

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