封印の旅『タヌキの隠れ里』 その1
「タヌキの隠れ里にようこそ!ワシは長の茂右衛門と申します」
子ダヌキの金長に案内された村で、一際大きなタヌキが空達に挨拶をした。
「修験者様がこの隠れ里にお越しになるのは、千年ぶりのこと。何代か前の茂右衛門か金長の時代以来にござれば、是非ゆっくりとご滞在くだされ」
「ありがとうございます。俺たちは厄災の封印のため、巡所を訪ねています」
空が茂右衛門に礼を述べた。
「厄災の巡所ならば、日峰山を抜けた大神子海岸と小神子海岸、それと日峰神社の3ヶ所にございますな」
「え、3ヶ所もあるのですか?」
「正式な巡所は大神子海岸にありますが、小神子海岸と日峰神社にも小さな祠があります」
「なるほど、ならば明日はとりあえず大神子海岸に行ってみるか!」
空が茂右衛門の話を聞いて、海と優に告げた。
「ならば、今晩は歓迎の宴と致しましょう。ささやかではございますが、料理などお楽しみください」
その茂右衛門の言葉に、前鬼の目が光る。
「フィッシュカツはあるなりか?」
「フィッシュカツにございますか?あのような物であれば、いくらでもございますが、シラス丼やハモの湯引き、伊勢海老など美味うございますよ」
茂右衛門が自慢の海産物を勧める。
『シラス丼にハモの湯引き…更にに伊勢海老なりか?』とつぶやく前鬼の横で後鬼がボソリと囁いた。
『前鬼は豚鬼なり……!!』
宴会が始まると、新鮮な海産物が所狭しと並べられた。
「海よ、先ずはフィッシュカツを食べるなり!」
海が名物のフィッシュカツを前鬼の口に入れた。
「このカレー風味のカツは癖になる味なり!」
前鬼がフィッシュカツを褒め称える。
「後鬼は竹ちくわにスダチをかけて、ワサビ醤油で食べるのが気に入ったなり!!」
いつものように、海が甲斐甲斐しく前鬼と後鬼の口元に、ご馳走を運ぶ。
その様子を見ていた子ダヌキの金長が、ボソリとつぶやいた。
「自分で歩かないでお姉ちゃんに運んでもらって、食べさせてもらうから太るんじゃないの?」
その無邪気な…いや無慈悲なつぶやきに前鬼だけでなく、後鬼も打ちひしがれる。
「海よ!これからは自分で歩くなり!」
「妾は寝る前にエクササイズをするなり!!」
前鬼と後鬼が、自分のお腹を見ながら海に訴えた。
そこに……
『チャンカ チャンカ チャンカ チャンカ』と陽気なお囃子が響いてきた。
『踊る阿保に見る阿保 同じ阿保なら 踊らにゃソンソン ハー やっとさ〜 やっとさ〜』
すると金長ダヌキが、「さあ、腹ごなしに一緒に踊ろう!!」と、前鬼と後鬼の腕を掴んだ。
「踊り方を知らないなり!」と尻込みする前鬼と後鬼に、「大丈夫だよ!」と金長ダヌキがそのお腹をポンと叩き、『手を上げて、足を運べば阿波踊り』と、お調子をつけて踊り出した。
「右手と右足を一緒に前に出して、次は左手と左足を前に……そうそう、上手上手」と踊りの輪の中に繰り出していく。
「よし、俺たちも踊ろう!!」
空と優も、踊りの輪に入り込むと、陽気なお囃子に身体を委ねた。
やがて『カン カン カン』と鐘の音が響くと、『ピー ヒョロロー』と横笛の音が静かに流れ出した。
そこに現れたのは、編み笠を被り、浴衣に身を包んだ女ダヌキ達だった。
一糸乱れぬ女踊りに、空達が見惚れていると、女ダヌキが鐘の合図を受けて脇にしゃがみ込んだ。
そして、その中心に残ったのは……いつの間に着替えたのか、女装束に身を包んだ海が、舞姫と共に微動だにせず、両手を掲げていた。
やがて、三味線と横笛の音に合わせ、しなやかに伸びた指先が、観るものを魅了するかのように優雅に前後しだした。
指先から下駄の先まで、神経が通っているかのようなその佇まいは、一本の芯が通り優雅な女踊りを繰り広げる。
『海が天宇受売命を纏ったなり!』
前鬼が海の踊りを見てつぶやく。
踊り終えた海に、隠れ里のタヌキ達が喝采を上げた。
「お姉ちゃん…綺麗!」
金長ダヌキも、海の阿波踊りに魅入られたようにつぶやく。
美味しい料理に阿波踊りが加わり、タヌキの隠れ里の夜は更けていった。
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その頃、元の世界では月読と須佐之男が大神子海岸の巡所を訪れていた。
「ねえ、雰囲気が変じゃない?」
月読が須佐之男の方を見た。
「あぁ、何だか力が分散してるみたいだ」
須佐之男が大神子の巡所を探るように見つめ、日峰山の頂上と小神子海岸に視線を移す。
「3ヶ所の霊力がシンクロしてるみたいだな。多分だが、同時に封印しないとダメみたいだ」
「空様達…気が付いてくれるかしら?」
「空達なら、大丈夫だろう!!」
月読と須佐之男の祈りのように、大神子海岸に打ち寄せる波の音がいつまでも響き渡っていた。




