13
暗く汚い路地に王族であるはずのセシルが立っていた。
腰まである黒い外套のせいで誰かわからなかったが、フードを脱いだ今はっきりと認識することができた。
「はい、ライルさん。」
セシルが地面に倒れていた僕に手を差し出した。
「あ、ありがとうございます。」
手を掴んで起き上がった。
「どうしてライルさんがこんな所にいらっしゃるんですか?」
セシルが先ほどまでとは違う口調で言った。
「そ、それは・・・。」
城外にいる怪しい大男に今日起きたことを報告していた、とは口が裂けても言えない。
もしばれてしまったら、僕は縛り首かもっと酷い目に遭うことだろう。
「僕はその・・・夢遊病みたいで!気づいたらここに居て・・・。」
「夢遊病・・・。」
訝し気な視線がセシルから飛んでくる。
我ながら厳しい言い訳だと思う。
「せっ、セシルさんこそ!どうしてこんな所にいるんですか!?」
「あー・・・。それはですねえ・・・。」
セシルは言い淀んだ。
チラリと倒れている男たちを見てため息を吐いた。
「全部見られていますものね・・・。言い訳は通りませんか。」
セシルが観念するかのように言った。
「闇に紛れ、街に潜む悪を討つ!それが私の真の姿なのです!」
セシルが大きな声でポーズを決めた。
思わずぽかんとしてしまう。
「は、はあ・・・。」
「ちょ、ちょっとライルさん!そこはおお!とか凄い!とか驚いてくれないと困ります!冗談だったのにぃ!」
「え、冗談・・・?」
「ええ。これはただの趣味です。人に嫌な思いもさせる屑を狩って楽しむ遊び。街の人も助かって私も楽しい。素晴らしいとは思いませんか?」
「そ、そうですね。す、素晴らしいと思います・・・。」
地面に倒れ伏している三人組を見た。
頭が割られ無残な姿だった。
「ふふふっ。そうでしょう。」
セシルが得意げに胸を反らした。
「では城に帰りましょうか。ライルさん。」
セシルが手を差し出した。
「なんですか?」
「何って手を繋ぐんですよ。ライルさんすぐに迷子になりそうな顔をしていらっしゃるので。」
「ぼ、僕子供じゃないですよ!」
「まあまあ。」
セシルが笑いながら僕の手を取った。
暗い路地をセシルと一緒に歩いていく。
手袋をしたセシルの手が僕の手を握っている。
どうして同じ背格好をした女の子に迷子になりそうなんて言われなければならないのだろうか。
少し自分より背が高いからといって横暴だ。
「それにしても、よくお姉様の目を掻い潜って外に出られましたね。」
「それが・・・。ヴァレシアさんはお酒に酔って寝ちゃってるんですよ。」
「あのお姉様が!?」
セシルが目を見開いた。
「くくく・・・。堅物のあの人がそんな面白いことになっているなんて・・・。」
「せ、セシルさん?」
「ああ。ごめんなさい。あんまりにも可笑しくって・・・。お姉様は昔から息抜きをするのが苦手で、戦場での喜び位しか知らないつまらない人なのです。」
セシルが笑みを浮かべた。
それが少し不思議に思えた。
「あの・・・。こんなこと聞くの失礼だと思うんですが・・・。セシルさんはヴァレシアさんの事が嫌いなんですか?」
「え?」
セシルがきょとんとしてこちらを見た。
「今日の晩餐会でのセシルさんはヴァレシアさんに対して素っ気なく見えましたし、何だか嫌っているのかなぁと・・・。」
「そう、見えましたか?」
「はい・・・。でもヴァレシアさんはセシルさんの事大好きみたいで、セシルさんに会えることを一生の宝にしろーとまで言われました。」
「・・・そうだったのですか・・・。」
セシルが頭を抱えた。
「お姉様はいつもそうなのです。私を可愛い可愛いと言っては頭を撫でて、欲しいものを聞いてくる割にはいつも可愛い服や綺麗な装飾品ばかり送ってくるのです・・・。」
「えっと・・・。それは良いことなんじゃ・・・。」
「全然よくありません!」
セシルが強く言った。
「もちろん、綺麗なお洋服は嬉しいですけど、本当に欲しいものをお姉さまは下さらないのです!」
「本当に、欲しいもの?」
「ええ。例えばこれです!」
そういって、セシルは後ろ腰から二本の短剣を抜いた。
その刀身は鮮やかに赤く輝いていた。
「西の名工が龍の鱗と鋼を魔法によって混ぜ合わせ、丹精と狂気を込めて作り上げた逸品・・・。ツインスレイヤーと私は呼んでいます。」
うっとりとした声でセシルが呟いた。
「この艶・・・。触れただけで肉が裂けそうな刀身。素晴らしいでしょう?」
とろけた双眸がこちらに同意を求めていた。
「は、はい・・・。」
「このように素晴らしい物をお姉様にねだっても絶対に下さらないのです。危ないからダメだと言って・・・。それに、お姉様は戦場にも私を連れて行ってはくれないのです。お姉様をお守りしたいのに、危ないからダメだと言って・・・。もう私は子供じゃないのに!」
セシルが語気を荒げた。
「セシルさん・・・。」
「・・・ごめんなさい。つい大きな声を出してしまいました。それも全部あのお姉様のせいですね。」
セシルが笑いながら言った。
「・・・ヴァレシアさんと、一度お話してみるのはどうですか?」
「え?」
「セシルさんがもう一度ヴァレシアさんと話し合うんです。それで好きなものと嫌いなものをちゃんと理解してもらうんです。生きてるうちに話せばちゃんと伝わるかも・・・。きっとヴァレシアさんなら理解してくれますよ。」
セシルが歩みを止めた。
出過ぎた事を言ってしまった。
「ライルさん。」
「ご、ごめんない・・・。僕はなにも関係ないのに・・・。」
「ありがとうございます。」
セシルが言った。
「ライルさんの言う通りかもしれません。私も意固地になりすぎていました。お姉様ともう一度お話してみようと思います。ふふっ・・・。」
「ど、どうしたんですか?」
「いえ、お姉様は人を見る目があると思いまして。」
「は、はあ・・・。」
「着きましたよ。ここから城に戻れます。」
セシルの前には路地裏のマンホールがあった。
手慣れた様子でマンホールを外した。
「ライルさん。お先にどうぞ。」
「は、はい・・・。」
下水道の中に入っていった。
セシルは迷うことなくと下水道の中にある道を進み階段を上るとあっという間に城内へと戻ってきた。
王族のみが知る緊急の抜け道らしいが、セシルは外へ遊びにいく度にこの道を使っているらしい。
「それでは、また。」
二コリとセシルが笑いヴァレシアの部屋の前で別れた。
後ろ姿を見送り、部屋のドアを開けた。
部屋の中は酒の匂いが充満していた。
「せしりー!!」
「ひっ!」
ヴァレシアの声に思わず驚いた。
「せしりーかわいいぞ・・・せしりー・・・。むにゃむにゃ・・・。」
「寝言か・・・。」
心臓が一瞬止まっていた。
ヴァレシアさんはよく寝ているようだ。
ヴァレシアの近くに立った。
「本当にセシリーさんのことが好きなんだなあ。」
とても幸せそうな顔で寝息を立てている。
寝相は最悪だけど・・・。
「おやすみなさい。ヴァレシアさん。」
僕は眠りにつこうとした。
「あれ・・・。僕は、どこで寝れば良いんだろう・・・。」
僕の寝床はどこにもなかった。
汚れたシャツを脱ぐと夜風が体を冷やしていった。




