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2 - 師匠

 放課後。

 カラン、とドアベルが鳴ってアンティーク感の滲むドアが開いて私はちょっとホコリっぽい空間に歩み入る。

 ここはお世話になっているバイト先の小劇場だ。町の人のために古いフィルム映画の上映会をしているような、半ばボランティアみたいな小さくて古い映画館。……まぁ、“表向き”は。



「お疲れさまですー」



 真面目なのか力が抜けてるのか分からない私の挨拶が響く。

 返事は思いの外、そして瞬時に返ってきた。



「遅い、今日って確かあと二〇分は早く来れる曜日じゃなかったっけ?」



 そんな言葉と共に奥の陰から現れたのは私より年上の、でもどれだけ上なのかはハッキリとわからない妙齢の女性だ。黒っぽい茶色のブラウスにアイボリーのガウンを羽織ったいつものスタイル。作業中だったのかやや小走りだった。

 注意の声に私はちょっと生意気に答える。言い訳だ。



「委員会の手伝いに駆り出されたんですよ、むしろこれだけの遅れで済ませたことを褒めて欲しいくらい」


「なら前もって連絡一本くらい寄越(よこ)してって言ってんの。ホラ、今夜は定期上映会でしょ、とっとと動いた動いた! 特に今日のは未だに人気根強いヤツだから前売りの時点でけっこう捌(は)けてる、まぁなんたって世界のアカサワだし」


「はぁい」



 そう女性からの指示を受けて私は作業に取り掛かりかけたところで、



「……あと」


「は、はいっ」



 言葉の雰囲気が一気に変わったのを感じて背筋が伸び上がるのを感じる。



「“修行”は上映会の後、真夜中ね」


「はい、師匠」



 それだけ返事をして私は追い立てられるように上映会の手伝いに取り掛かった。

 彼女は私にとって二人目の魔術の師匠で正真正銘の“魔女”。実を言うと名前は今でも教えられていない。ただ『師匠』と呼ぶように指示されていて、それ以上は詮索(せんさく)しないようにしている。

 魔術の世界で他人の秘密を覗くのはご法度(はっと)だ。余程の実力と自信がない限り、命が幾つあっても足りなくなるから。




「詮索(せんさく)しちゃって悪いんだけどさ、夜ちゃんはけっきょくアタシから魔術学んでどうしたいの?」



 上映会が終わった後の真夜中、シアターと呼ぶにはやや手狭な上映室に並べられていた椅子を片付けつつ師匠は聞いてきた。

 まぁ、この人の実力ならヘタに詮索(せんさく)しても確かに死ぬことはないだろうけど……。



「……そんなこと、今さら何で聞くんです?」


「一応は『師匠』としての責任感で、ってとこ。今までは黙ってたけど、今って夜ちゃんの体って“死んでる”でしょ? そんな状態で何で魔術なんか学んでもどうにもならない。……学ぶ“動機”が見えてこない」



 パイプ椅子を折りたたんで三脚ほどまとめて抱えつつ運ぶ私に、師匠は肩をすくめながら喋り続ける。

 一応言っておくと、師匠は私の事情をある程度知っていた。というより今の状態になった私を拾って助け、生活をサポートしてくれたのが師匠その人だ。だからこそ心配してくれてるんだろう。



「そりゃ、魔術で生きながらえてるんだからそれで命を繋げてはいるけど、でも死者蘇生なんて実現出来るほど便利じゃない。それは知ってるでしょうに」



 師匠は溜め息をつきながらここまで言い切った。本当に、このことについては以前から何やら思うところがあったらしい。そういう口調だった。

 とはいえ。



「なるほど、そういうことですか。……目的は復讐です」



 私は特にはぐらかすでもなくスッパリと答えた。だってこれは別に隠していたワケじゃない。ただ、今の境遇の時点で教え回っても意味が無いだけだし。



「復讐? まぁ、そういう動機の魔術師なんて世の中に幾らでもいるけどね。でも夜ちゃんがそういう血生臭いタイプには見えなかったかな」


「血生臭いのはそうかも知れません。私は『一人目の師匠』に復讐したいんですよ」



 私は淡々と自分の目的について説明する。

 いま話している師匠が二人目だというのはさっきチラッと言った。そして肝心の復讐相手にあたるのは“一人目”。十四歳の私に魔術を教え、そして私が魔術の基礎である悪魔の召喚に失敗するのをただ見ていただけの師匠だ。脳裏に浮かぶその姿は老人の顔。ホクロが目立ってやや脂ぎった顔の、白髪頭で壮年の男。

 名前はエンデュミオン・クロウリー。

 私としてはこの復讐さえ済ませて仕舞えば後はただの死体に戻ってしまっても構わないとすら思っていた。



「……何でそっちの師匠に復讐を?」



 師匠は無表情のままこちらに尋ねる。どことなく視線が鋭い。



「いえ、貴方を狙うようなことはないですよ」


「『師匠筋』としては弟子に恨まれてないかヒヤヒヤしてんの。逆恨みでも殺された魔術師って多いんだよ?」


「貴方についてはむしろ恩しか感じてませんから安心して下さい。あの騒ぎを察知して駆けつけてくれたのは他ならぬ師匠なんですから」



 私をこの死んだ肉体に繋ぎ止めてくれたのはこの人だ。そこは動かしようがないし感謝しても仕切れない。



「それで質問の答えなんですが……私が失敗した悪魔召喚の手順とか魔法円(ペンタクル)の呪文とか、見返したことがあるんですよ。習った通りにやったのにどこがおかしかったのか気になって。でも結果はもっと単純でした。“意図的に”必要な手順そのものが省かれてたんです」


「……へぇ」



 師匠の声が一気に低くなる。さすがに意味が伝わったらしい。



「お分かりですね? つまり習った通りに魔術を使えば確(・)実(・)に(・)失(・)敗(・)す(・)る(・)よ(・)う(・)に(・)仕組まれていたんです。しかも周りを巻き込んで被害が拡大するように」


「それで夜ちゃんのご家族は……」


「そうです。あの事件は結局事故として処理されましたが、結果として私は天涯孤独になりました。自分の失敗でこうなったなら責任を背負っていけばいい、そこで生き死にをどう選ぶのかは別として。でも、こうなることが……あの破滅が仕組まれていたのなら、私はあの男から何故あんなことをしたのか聞き出さないといけないんですよ」



 私の家族はもう誰も生きていない。だからこそこんな遅くまで家に帰らず活動できるのだが。

 あの事件が原因でこっそり悪魔召喚に使っていた地下室は吹き飛び、上にあった実家は崩れ去り、師匠に助けられた自分だけが生き残った。まぁ、正確には死んでいるけど。



「だから魔術を学んでいます」



 つまるところ、もうこれしか私には残っていなかったのだ。

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