事件7-4『帰りたいけど帰れない!?』
〈前回までのあらすじ〉
元の世界に帰れなくなってしまった私たちは、このお城で一晩を過ごすことになるのだが……。
「壊れたってどういうことですか!?」
私が思わず叫ぶと、旺成さんは至って冷静に返した。
「どういう訳か分からないけど、壊れちゃったものはしょうがないよ。直すのには数日かかりそうだ」
「そんな……」
私は思わずため息をつく。どうしよう、明日見たかったドラマの最終回に間に合わない。録画してないのに。見逃し配信無いやつなのに。
落ち込んでいると、さんごさんが見かねて声をかけてくれた。
「大丈夫ですよ。お城に客人用の部屋がありますから」
いや何も大丈夫ではない。そもそもいきなりこの世界に連れ込んでおいて、帰れないから泊まっていけなんてひどいじゃないか。
この地球の人間の常識を疑ってしまう。
「取り敢えず皆さんは大食堂の隣にある休憩室で休んでいてください。我々は国王に話をつけてきます」
そういって、さんごさんと旺成さんは大食堂から出ていってしまった。
めぐむは二人が出ていったのを見届けると、険しい顔で呟く。
「怪しいよね……」
「うん……」
すると、さっきまで土下座していたいとしさんも、シレッと立ち上がって口を挟む。
「ドラゴンの件といい、急に帰れなくなったことといい、何か企みがあるのは明らかでござる」
いとしさんのいうとおりだ。いくらなんでも不自然な点が多すぎる。
「少なくとも、ドラゴンのロボットなんか造れるのは、あの旺成って人しかいなさそうだけど……」
めぐむがそういったのを聞いて、私は首を傾げた。
「でも、にしてはちょっとバレバレ過ぎるような気もするんですよね」
単に私たちの命を狙うならもう少しやりようがある気もする。
わざわざドラゴンのロボットを作って目の前で爆発させるのも意味不明だ。
だいたい、ロボットなんて見せてしまったら、エンジニアである旺成さんが事件に絡んでいることも、私たちに何かをするつもりなのもバレバレになってしまう。
単に爪が甘いのか、それとも何か別の目的があるのか。
「あのー」
私たちが話をしていると、大食堂に一人の男が入ってきた。男は青年というには幼い顔立ちで、全身に白衣を身に纏っている。
「あなたは……?」
すると、男はおっかなびっくりした様子で答えた。
「客人の方ですよね。私は国王のかかりつけ医としてこのお城に住まわせてもらってます。玉井九といいます。よろしくです」
こんな若くて弱々しくみえる男が国王のかかりつけ医を任されているなんてびっくりだ。
「それで何のようだ?」
りゅうま隊長が尋ねると、九さんがさらに怯えた様子で答える。
「そのー、黒いケースみたいなの、見てません?」
「見てないけど……」
すると九さんの顔がさらに曇る。
「弱ったなぁ、見つからなかったら大変だ……どうしよう……」
男が焦った様子でキョロキョロとあたりを見回す。
「それが無いと困るの?」
すあまちゃんが不思議そうに九さんを見つめる。
「それは……、あの、今から言うこと、国王に言わないでくれます?」
「うん! 私ヒミツ守る!」
そういってすあまちゃんが小指を立てて見せる。すると、九さんがヒソヒソ声で話し始めた。
「実は失くしちゃったケースのなかには、最新型の超小型注射器が入っているんです」
「小型注射器?」
なるほど、たしかに危険物だし紛失したらまずそうだ。
九さんがさらにヒソヒソ声で説明を続ける。
「ただの注射器じゃないんです。大きさはだいたい普通の消しゴムくらい。何よりすごいのは完全に自動で針を刺すこと」
自動? いったいどういうことなんだ。注射器が勝手に患者の元へ飛んでいって刺してくるのだろうか? だとしたら怖い。
すると、九さんがポケットから消しゴムを取り出した。
「腕出して」
私は言われるがままに腕を差し出す。すると、九さんは私の腕にその持っている消しゴムをギュッと押し当て始める。
「え? 何ですか?」
「消しゴムくらいの大きさのその注射器を、こうやって腕に押し当てるんです。そしたら人の体温や血流を感じ取って、血管の位置を割り出し、自動で針を出して注射するんです」
と言われたって、注射器の実演をここでされても困ってしまう。どうリアクションすればいいんだ。
「うちの国王は血管の位置が見た目で分かりづらくて。刺す場所を間違えて刺し直しになることもありました。だから旺成さんに頼んで作ってもらったんです。痛い思いを何度もするのは可哀想ですから」
たしかに、機械が自動で血管の位置を見つけて勝手に針を刺してくれるなら、助かることこの上ない。
「ん? その小指?」
しまった。うっかり手を差し出したせいで小指をケガしたのをみんなに見られてしまった。
「そのケガ、どうしたんだ」
りゅうま隊長に聞かれ、私は正直に答える。
「すみません、さっき草で切ってしまって」
「なぜ早く言ってくれなかったんだ。言ってくれればまず先に手当てをお願いしたのに」
りゅうま隊長はいつも優しい。こんな小さなケガでも心配してくれる。だからこそ、余計な心配はかけまいと、ついつい隠してしまう。
「とにかく早く手当てしなきゃ。治療室に来て!」
「えっ! ちょっ、ちょっと!」
そういうと、私が制止するのも聞かず、九さんは私のケガしていない方の手を引いて大食堂を出ていった。
当然ながら引っ張られた私も部屋を出ることになってしまう。
◇ ◆ ◇
治療室に来ると、九さんは私を入ってすぐのところにあった椅子に座らせる。そして戸棚のなかから絆創膏を取り出すと、座った私の前に屈んでケガした手の小指に貼り付けた。
「もう大丈夫ですよ」
そういって、九さんが屈んだまま、椅子に座った私の顔を見つめる。
「こんなの全然平気なのに」
「そういう訳にはいかないです。どんな小さなケガだって、目についたら見過ごせない。それが医者ってもんです」
ノア王国にもこんなに優しい人が居たなんて、ちょっと驚く。
「なんでそんなに優しくしてくれるんですか?」
私が聞いてみると、九さんは照れくさそうに答えた。
「別に……、私はこれが仕事で……。でも、強いて言えば命が好きなんです。人も動物も、みんなの命を救える人になりたくて……。そういう人がこの国には少ないですから」
そういえばさんごさんもギンガさんも、他の動物の命を奪うことを何とも思っていないような口振りだった。きっとこの国の人々は、さんごさんに限らずそういうところがあるんだと思う。
私がそんなことを考えていると、治療室にさんごさんが入ってきた。
「部屋の準備が出来ましたよ。案内するので付いてきてください」
――私はさんごさんに案内され、自分の泊まる部屋へ到着した。そして、その部屋でしばらく過ごすことにした。
◇ ◆ ◇
夜もだいぶ更けてきた頃。私たちは夕食を食べに大食堂に集まった。
バカみたいに長いテーブルの周りに、バカみたいに長い背もたれの椅子が並べられ、私たちはそこに座る。
私とゴールドファイブのメンバーだけではなく、さんごさんや旺成さん、九さん、そして国王も一緒に食べることになっているらしく同じように席についている。
最奥に座る国王の椅子は、一際きらびやかな装飾が施され、そして背もたれが一番長い。
国王が座る両隣には竹匡さんとギンガさんが並び立つ。
長いテーブルの上にはたくさんのご馳走が並べられ、私は思わず息を飲む。既に大食堂全体が美味しそうな匂いに包まれている。
「それでは、皆のものもう食べてよいぞ」
国王がそういうとさんごさんと旺成さんはすぐに目の前の料理を貪り始めた。
「あれ? いただきますとか無いんですか?」
「なんでふか? ほれ?」
さんごさんがステーキを咥えたまま喋る。すると、私が答えるより先にりゅうま隊長が答えた。
「我々の世界にはそういう文化があるんだ。食べるということは命を頂くということ。だから命への感謝をこうやって示す」
そういって、りゅうま隊長は手を合わせる。私と仲間のみんなも、それといっしょに手を合わせる。
「「「「「いただきます」」」」」
すると、それを見たさんごさんが口に咥えていたステーキを噴いて笑い出した。
「なっ、なんですかそれ! 命に感謝? いやいやいや、冗談でしょ」
……私やっぱりこの人嫌いかもしれない。
すると、国王を大きく咳払いをした。
「これ、さんご。他国や異世界の者の文化を笑うものではないぞ。ああみえても、彼らはいたって真面目なのだ」
「す、すみません……」
国王に窘められ、さんごさんが縮こまる。
「私は良いと思いますよ。いただきます。素敵な言葉じゃないですか」
九さんがそういってくれて、私は少しだけ嬉しかった。
――そして、私たちはようやく料理を食べ始めた。美味い。やはり美味い。どれもこれも絶品だ。
「見てよこのヒレ肉! 僕らの付けてるゴールドブレスと同じくらい分厚いよ! 厚さ五センチはある!」
「こちらの北京ダックもなかなかにござる! タレが甘辛くて、肉も柔らかくて……、絶品でござるよ!」
「うにといくらがこんなに盛られて……、とんでもないな……」
「美味しー! ハンバーグ肉汁たっぷり……!」
みなそれぞれご馳走に舌鼓を打つ。
私がふと国王の方を見ると、ある違和感に気づいた。国王の料理を国王の両脇の二人が食べ、国王自身はまったく手をつけてないのだ。
「なんで二人が食べてるんですか?」
私が尋ねると、竹匡さんがエビを食べながら答える。
「ほれは……、これは毒味だ」
ギンガさんもそれに続けて、白身魚を食べながら説明する。
「国王はとてもしんひょう……、慎重なお方だ。食べ物を食べる前も、何かを身に着けるときも、俺たちにチェックをさせるのだ。何があるか分からないからな」
なるほど、たしかに理にかなっている。
「ほうだ。だから、ちゃんほ、チェックしなへれば……」
竹匡さんはそう言いながらもう国王の料理を四割くらい食べている。あれはちょっと毒味じゃない気がする。
「特にギンガさんのチェックはすごいんだよ。これまで何度も暗殺されそうになったのを防いできたんだ。ギンガさんがいる限り、国王の身の安全は保証されたのと同じだ」
九さんがそういってギンガさんを褒めていたその時だった。
――カシャン。
突然、大食堂に音が響いた。
「あ、フォーク落としちゃった」
すあまちゃん悲しそうに机の下を見る。
「なら、私が新しいのを取りに行きますよ。客人に落ちたものを使わせるわけにも行きませんし」
そういって席を立とうとしたさんごさんを、ギンガさんが制止した。
「待て。取りに行く必要は無いだろう? この間の旺成の作った発明がある」
「あれは……、いや、でも……」
ギンガさんの提案を聞いてさんごさん何かを言い淀む。
「あれはまだ発明されたばかりの代物。人前で使うには早いのでは。どこでもゲートだって故障したんだ」
竹匡さんもそういって使うのを止めようとする。みな、なぜかその発明品が使われるのを嫌がっている。
ギンガさんは嫌がるみんなに対し、さらに訴えかける。
「寧ろだからこそ挽回するチャンスではないか。何度もテストはしたし、もし失敗したって被害の危険があるようなものじゃない。他世界に我々の技術力を見せつけるチャンスだ。ほら、旺成」
すると、旺成さんは深いため息をつく。
「分かったよ……、やればいいんだろ」
そういって、旺成さんがどこからか、カメラのような機械を取り出した。
「3Dプリントカメラ〜〜!」
そう叫ぶと、旺成さんは私の持っているフォークにカメラを向けた。そして旺成さんはそのままカメラのシャッターを切る。
「眩し!」
パシャッなんてレベルではない爆発のような轟音ともに、ものすごいフラッシュが焚かれる。一瞬視界が真っ白になった。すごく目に悪そうだ。私も思わず目を瞑ってしまう。
なるほど、たしかにこれは使うのを躊躇うのも分かる。
「さぁ、あとはプリントボタンを押して……」
旺成さんはそういうと、カメラに付いた赤いボタンを押す。
すると、どうだろう。テーブル上に、私の持っているフォークとまったく同じものが出現したではないか。
「このカメラは撮影したものとまったく同じ見た目のモノをコピーして作ることが出来るんだ。あくまで見た目だけで中身はスカスカの空っぽだけど」
旺成さんは生成されたフォークを手に取ると、それをすあまちゃんに差し出した。
「はい、どうぞ」
「ありがとー!」
すあまちゃんは旺成さんから手渡された新しいフォークを手に取り、ペコッと小さくお辞儀をすると、また料理を食べ始めた。
「ほういえば、ほのはほほふほはほうひはふ? ほひほひはいほふほうがあふんへふへほ」
さんごさんが何かを言っているが、食べながらなのでサッパリ分からない。
「あの、飲み込んでから言ってもらって良いですか?」
さんごさんは大きくゴクリと口の中のものを飲み込むと、改めて喋った。
「そういえば、この後お風呂はどうします? お城に大浴場があるんですけど、って言いました」
たしかに今日はドラゴン討伐に出かけたりで疲れた。部屋にもお風呂はあるが少々狭いし、とても魅力的な提案だ。
「私行きたーい!」
すあまちゃんも興味津々だ。すあまちゃん一人で知らないお風呂は危ないし、私も付き添うしか無いだろう。
「じゃあ、お言葉に甘えて」
私がそういうと、竹匡さんがりゅうま隊長に尋ねる。
「そちらはどうする? 男湯には打たせ湯もあるぞ」
「りゅうま殿、せっかくだし入るでござるよ! 疲れも汗も綺麗に流すでござる!」
いとしさんが目でりゅうま隊長にすごい圧をかけている。よほど入りたいのだろう。
「分かった分かった、では我々も入るとしよう」
「ぼくは遠慮するよ」
めぐむがそう呟くと、いとしさんが厳しい目を向ける。
「めぐむ殿、風呂キャン何日目でござる?」
「……失礼な、まだ二日目だよ」
「十分でござる! 強制参加でござる」
めぐむがため息をつく。
「部屋のお風呂入るからさぁ」
「信用できないでござる」
めぐむはお風呂よりもゲームと配信を観るのが好きな人間だ。前にも風呂に入らずゲームをし続けすごく臭くなったことがあった。
それ以来いとしさんは定期的にめぐむが風呂に入っているかチェックしているのだ。
「それじゃあ、決まりです! この後はみんなでお風呂ですね!」
――そうして、私たちは食後に城内の大浴場へと向かった。
◇ ◆ ◇
私はすあまちゃん、さんごさんと一緒に大浴場の女湯の脱衣所までやってきた。
脱衣所だけでもすごく広くて、瓶牛乳の入った冷蔵庫、マッサージチェア、身長計、体重計など様々な設備が完備され、脱衣籠の置かれた棚も大量並べてられている。
私たちはさっそく服を脱ごうとすると、さんごさんが呼び止めた。
「ちょっ、ちょっと何脱ぎ始めてるんですか!?」
「えっ……お風呂だし」
さんごさんが目を丸くする。そしてポケットから何やらゼンマイのついた小さな箱を取り出した。
「肌隠しタオルゴール〜〜!」
またなんか変な道具が出てきた。するとさんごさんがゼンマイを回す。するとそのオルゴールから心地良い音楽が流れ出した。
「私のこと見ててくださいね」
そういって、さんごさんが服を脱ぎだす。
「あれ、服のなかにタオル巻いてたんですか?」
さんごさんの服の下にピンクのタオルが巻かれているように見える。
「そう見えるようになるんです。このオルゴールが流れている間は。もちろん、あくまで見た目だけなので身体はちゃんと洗えますよ」
なるほどこれはたしかに良い道具だ。私の華奢な身体も見られずに済む。私は安心して服を脱いだ。
「そのブレス、外さないんですか?」
さんごさんが尋ねる。
「あ、いや、このブレス。防水なので」
「でも、万が一のこともありますし、外した方が良いですよ」
そういってさんごさんが私のブレスに手を伸ばしてきた。
「やめてください!」
私は咄嗟にその手を払い除ける。
すると、さんごさんが一瞬、とても小さく舌打ちをした。そして、すぐにバレバレの作り笑顔をしてみせる。
「いや、すみません! つい心配になっちゃって……」
私は怪しさを感じながらも、さんごさんと一緒にお風呂に入った。
◇ ◆ ◇
お風呂から上がった私はりゅうま隊長と連絡を取り、休憩室で待ち合わせをした。
私がソファに座って瓶牛乳を飲んでいると、浴衣を着たりゅうま隊長が部屋に入ってくる。
「隊長、隣どうぞ」
りゅうま隊長が私の隣に座る。
「それで?」
「分かったんです。重要なことが」
私がそういうと、りゅうま隊長が険しい顔をする。
「なんだそれは」
「……敵の狙い、ゴールドブレスかもしれません」
するとりゅうま隊長も、今度は深く頷く。
「あぁ、俺も脱衣所で旺成にブレスを取られそうになった」
「隊長も!?」
一瞬驚いたが、たしかに今回の件は国王が絡んでいる時点でただの事件とは思えない。複数の人たちが共犯関係にある可能性が高い。
「でも、奪うチャンスならいくらでもあったように思うんですよね。ドラゴン退治に行く前にかけられたスプレーに毒を混ぜて私たちを殺して奪うこともできますし、ドラゴンのロボットに私たちを襲わせることもできる」
私がそう呟くとりゅうま隊長が答えた。
「なら、本当に狙いがブレスなのか、確かめてみるか」
「どうするんです?」
すると、りゅうま隊長は咳払いし厳かな声で話す。
「ここは、D作戦を発動するとしよう」
◇ ◆ ◇
私がりゅうま隊長との話し合いを終え、休憩室から自分の部屋に戻ろうと廊下を歩いている途中のこと。
ちょうど談話室の前を通りかかったとき、誰かの会話する声が聞こえてきた。
見ると談話室のドアが少しばかり開きかかっている。
(今はD作戦に備えるためにも早く戻らなきゃ……。でも、何か、敵のヒントがあるかも……)
私はおそるおそる中を覗いた。国王と九さんが会話をしていた。国王は談話室の椅子に一人で座り、その目の前で九さんが片膝をついている。
「いったいどうしてこんな場所に呼んだんです? 王の間に呼べばいいのに。それに、竹匡さんもギンガさんもいない」
そういえばそうだ。ずっと国王のそばにいた側近の竹匡さんと、護衛をしていた戦士のギンガさんの姿が見えない。
「すまんな。どうしても、一対一で話したかったのだ」
側近にすら聞かせたくないなんて、よほど重要な話らしい。私はよりいっそう耳をそばだてる。
「九よ。お前には我の後を継いで、この国を治めてもらいたい。このノア王国の王になってもらいたいのだ」
「え!?」
(……!?)
私は思わず声が出そうになり、咄嗟に自分で自分の口を押さえる。
「私はただのかかりつけ医にございます! 国を治めるなんて!」
たしかに九さんは良い人だが、ただの医者に王位を継承するなんて話は聞いたことが無い。
私がこっそりと聞いているのにも気づかず、国王はなおも話を続ける。
「だが、我には妻も娘もおらん。それに何より、お前は王として最も大切なものを持っている」
「王として……大切なもの……?」
そう呟いた九さんのことを、国王は黙って見つめる。そして真剣な面持ちで告げた。
「それは誰かを想う強さだ。それは、我には無いものだ」
国王がそういうと、九さんはとても真っ直ぐな目で反論する。
「そんなことはありません。貧乏な町医者だった私を拾ってくれて、かかりつけ医にしてくれたのは他の誰でもない国王ではありませんか」
すると、国王は小さく首を横に振った。
「我はただ、お前の医師としての能力を評価したまでだ。第一、我は優しくなどない。いつも側近の言うことに流されて誤った判断を下してしまう。僅かな陸地に残った生物を死滅させたのだって我の判断だ」
国王が悲しそうに下を向き、唇を噛む。
「それに我は今も間違い続けている……、ずっと、今も……。だからこそ、お前には王位を継承して欲しいのだ」
そういうと、国王は服の袖から小さな鍵を取り出し、九さんに投げ渡す。
「これは……?」
投げ渡された九さんは、その鍵を訝しげに見つめる。私も目を細め、九さんの手のなかにある鍵をよく観察する。
見た目は何の変哲もない、普通の鍵のように見える。
「その鍵は、この王家に代々伝わる伝説の鍵。もしものときのためにお前が持っていてくれ」
「そんな……! 受け取れません!」
九さんが国王にそう返事をした、そのときだった。
遠くの方からコツコツと足音が聞こえてきたのだ。
足音が聞こえてきた方向から考えて、何者かが私や他のゴールドファイブの泊まっている部屋の方へ向かっているのは明らか。
(まずい! 誰か来る! 早く部屋に戻らなきゃ)
私は音を立てないように気をつけつつ、足早にその場から離れ、部屋に戻った。
――さぁ、いよいよD作戦が始まる。
〈つづく〉




