事件6-3『届け屋はやってない』
〈前回までのあらすじ〉
すあまちゃんの両親を奪った轢き逃げ事件。その犯人が実は怪人ではないかという説が浮上した。私は一人、捜査を開始することになる。
私は、当時の轢き逃げ事件の捜査を担当した刑事に話を聞くべく、とある町のカフェに来ていた。
その刑事は妻の出産をきっかけに数ヶ月前に退職し、今は専業主夫として頑張っているのだという。
私は窓際の席で、ブラックコーヒーをちびちびと飲みながら待ち合わせの時間を待った。
そして待ち合わせの時間から十五分が過ぎた頃、色白で金髪に蒼い目をした三十代くらいの男がやってきた。この方が担当刑事のパトリシオさんだ。
どう見ても見た目は外国人だが、母がヨーロッパの人というだけで、東京生まれ東京育ち、国籍も日本人だと聞いている。
パトリシオさんが私と向かい合わせに座ると、軽いテンションで声をかけてきた。
「ソーリー! 遅くなってゴメンよ! なかなか娘が寝付かなくてね。君が綾川あずきクンだね」
私は十五分待たされた怒りをぐっと堪えて、真面目な表情で尋ねる。
「あなたが元刑事のパトリシオさんですね」
「ノー、元刑事じゃないよ」
え? 聞いてた話と違う。どういうことだ。
「ボクの名前はパトリシオ・ケイジ! 刑事を辞めてもケイジだからね! ハッハー!」
今ちょっと、ほんのちょっとだけぶん殴りたくなったがその気持ちもグッと堪える。
私は、彼の少しも面白くないジョークを無視して話を続けた。
「……当時の轢き逃げ事件について聞きたいことがあって来ました」
するとパトリシオさんは真剣な表情になって答えた。
「あー、あの事件についてはボクもよく覚えているよ。突然トラックが暴走して、女の子の目の前で両親を轢いて逃げたんだ。でも犯人は逮捕されたのに、今更何を?」
「当時の事件で不可解な点があれば……」
パトリシオさんが険しい表情になる。
「うーん。犯人は否認し続けていたが、状況証拠も監視カメラの映像も揃っていたし、別に変なところなんてなかったよ」
パトリシオさんが話していると、カフェの店員が注文を取りにやってきた。二十代半ばくらいの若い女性店員だ。
「すみません、ご注文は?」
「あぁ……ウインナーコーヒーを一つ」
「かしこまりました……、それと……」
この店員、注文を受けたのになぜか戻ろうとしない。顔をメニュー表で隠したまま、ジッとこちらを見つめている。どうしたのだろう。
「何か?」
「すみません、さっき話聞こえてしまって……、その事件、あたし実際に見てたんです。生で」
目撃者!? 思わず驚いたが、目撃者の証言はとても助かる。
「店員さん、あなたのお名前は?」
店員はか細い声で、さらに恥ずかしそうに答える。
「戸隠忍です」
「忍……、そういえばそんな名前の人に、昔も事情聴取した気がするよ! 顔は流石に覚えてないけどね」
パトリシオさんがそういうと、忍さんはメニュー表に顔を隠したままコクリと頷く。彼女の方は珍しい外国人顔の刑事なのもあってか覚えていたようだ。
忍さんはさらにか細い声で話を続けた。
「うろ覚え……なんですけど、トラックが変な光? っていうか、稲妻っていうか……、ピンク色のバチバチって感じのを纏ってた……ような……」
すあまちゃんが言っていたのと、そしてあのネズミヒドーダの操る車やトラックが纏っていたのとおんなじだ。
やはり、あの頃既にヒドーダ怪人は地球にやってきていたのだろうか。
「そうだ! そうだよ! あのとき何人か目撃者が居たんだけど、みんな口を揃えて、ピンクの稲妻を見たって話してたんだ!」
パトリシオさんが目を見開いて叫ぶ。どうやら当時からそれはしっかりと確認されていたらしい。
「それについて、もっと何かないんですか?」
きっと事件に関わる重要な情報だ。私は食い気味に尋ねる。
「すみません……、私が覚えてるのはそれくらいで……。本当に一瞬のことだったんです。突然シュワッと風が切れて、気づいたときには目の前で二人の人間が倒れてて、女の子が泣いてて……」
「そう……ですか……」
私と忍さんの会話を聞いて、パトリシオさんは険しい顔になる。
「うーん。とはいっても当時の捜査では『だからなんだ』って感じであまり取り上げられなかったからな……、単なる自然現象か目の錯覚じゃないかって……」
無理もない。仮に稲妻を纏っていたからといって、それが事件と繋がっていると考える方が難しい。轢き逃げ事件なんだから運転手が犯人と考えられて当然だ。
「監視カメラの映像でもたしかに変なバチバチは確認できたけど、それで何かが覆るわけでもなかったからね。結局運転手の男が逮捕されたよ」
横にいる忍さんもそれを聞いて、弱々しい声で話を口を挟む。
「ごめんなさい……、なんか、あんまり力になれなくて……。そろそろ戻りますね……、怒られるので……」
忍さんは、そういって去っていってしまった。
「……」
稲妻が光っていたことは大きな収穫だが、それ以上の情報は、もう無さそうだ。
私が落ち込んでいるのをみかねて、パトリシオさんがポケットからペンを取った。
そして、カフェのテーブル上に置かれたペーパーナプキンを手に取るとそこに何かを書き始めた。
「どうしました?」
「轢き逃げ犯が捕まっている刑務所の住所だよ。まだ何か気になるなら、ここで話を聞くといい」
――そうして、パトリシオさんからペーパーナプキンを手渡された私は、残っていたコーヒーを一気に飲み干すと、そこに書かれた住所を頼りに刑務所へと向かった。
◇ ◆ ◇
私はとある刑務所の面会室にやってきた。
私がパイプ椅子に座ったその向かい、机の上のアクリル板で仕切られた向こう側には、囚人服の若い男が同じくパイプ椅子に座っている。
髪はボサボサに伸びて、顔はやつれ、光のない真っ暗な目をしている。
男はそんな暗い表情をしたまま、私が話すより先に口を開いた。
「今更……何を聞きに来たんですか? もう俺は犯罪者なのに……」
「実は……、当時の事件について、もう一度捜査することになって……」
すると男は突然、面会室の机を叩き、目を見開いてアクリル板に顔を近づけた。
「そうだ! 俺はやってない! 勝手にトラックが暴走して止まらなくなったんだ! なのに俺の話はまともに取り合って貰えなかった! 俺は無実なんだ!」
ものすごい勢いでまくし立てる。やはりこの男は犯人ではないだろうか。
「お、落ち着いてください。それを確かめるために、私は来たんです。莫上ブンさん」
すると、男は、いやブンさんは我を取り戻して、アクリル板から顔を遠ざける。
「すみません……つい熱くなって……」
「本当にやっていないんですか……?」
ブンさんは唇を噛み締めて小さく頷く。
「あぁ……、俺は子どものころからずっと配達員に、届け屋になるのが夢だった。世界中の人に幸せを届ける仕事がしたいって。それでやっと夢が叶って、その最初の仕事だったんだ」
ブンさんが目に涙を浮かべる。
「それなのに、俺が誰かの笑顔を奪うようなことするわけがない! 本当なんだ……! 信じてくれ……」
「何か……、当時のことで覚えていることはありませんか……、不審な怪人を見たとか……」
「怪人……」
ブンさんはしばらく考え込んだあと、ハッとした様子でこう呟いた。
「怪人かは分からないが、トラックが暴走を始めた途中で変なやつを見かけた。建物の裏で姿はよく見えなかったけど」
「どんな姿でしたか?」
もしそれがネズミヒドーダなら、ブンさんの無実を証明できるかもしれない。
――しかし、そこで返ってきた答えはネズミヒドーダよりも、もっと意外なものだった。
「上も、下も、全身銀色、銀ピカな格好の人でした。一瞬だったので見間違いかもしれないですが」
「……!?」
間違いない。シルバーキラーだ。
そのとき、私の脳内で点と点が繋がった。
「莫上ブンさん、あなたの無実、もしかしたら証明できるかもしれません」
◇ ◆ ◇
ゴールドベースのメインルームに戻った私は席に座り、リモコンでモニターの電源を入れた。
巨大なモニターに、轢き逃げ事件の監視カメラ映像が映し出される。実はあの後、警察の方にお願いして、当時の轢き逃げ事件の監視カメラ映像を貰っておいたのだ。
私が再生しようとすると、りゅうま隊長がメインルームに入ってきた。
「りゅうま隊長、すあまちゃんは?」
「安心しろ、今ホワイトは博士とともに水族館へお出かけ中だ。しばらくは帰ってこない」
当時の事件の映像なんて見たら、またトラウマがフラッシュバックしてしまうかもしれない。
りゅうま隊長と博士に頼んで、しばらくメインルームに戻ってこないようにしてもらったのだ。
ここ数日は辛いことも多々あったので、少しでも水族館で気を休めて欲しいという思いもあった。
「それじゃ……再生しますよ」
「あぁ、頼む」
りゅうま隊長が、真剣な面持ちでモニターを見つめる。
私はゆっくりと、リモコンの再生ボタンを押した。
映像では、暴走したトラックが思いっきり歩道にはみ出し、すあまちゃんの家族目掛けて走ってくる。
両親は咄嗟にすあまちゃんを突き飛ばして守るが、自分たちは逃げ切れず、そのまま轢かれてしまう。
話には聞いていたがなんとも惨い映像だ。心が痛む。
「待て! 一旦止めてくれ!」
りゅうま隊長に言われるがまま、私は映像を止めた。
「そこ! そこに映ってるのを拡大できるか?」
りゅうま隊長が指差す方を見ると、モニターに映る建物の裏に何かが立っている。
私はリモコンを操作し、映像のその部分を拡大表示する。
「シルバー……キラー……」
そこに映っていたのは、たしかにシルバーキラーの姿だった。
「なぜだ……、どうして……」
りゅうま隊長が机に手をついてモニターを凝視する。とても信じられないという様子だ。
「やっぱり、犯人はシルバーキラーなんですよ。きっとあの機械を操る力はシルバーキラーの能力なんです」
「どういうことだ?」
りゅうま隊長が不思議そうに私の方を見る。
「思い出してください。以前戦ったバスター5号。彼には人工頭脳も何も搭載されていないのに、まるで意思を持ったように動いていた。あれだって、シルバーキラーが陰から操っていたと考えれば説明がつきます」
シルバーキラーのシステム自体は、事故が起きる前から開発が開始されている。もしシステムが完成していたなら、犯罪に使うことは可能だろう。
「じゃあなぜネズミヒドーダはシルバーキラーの能力を使えた? シルバーキラーが陰に隠れて操れるような場所は無かったぞ。明らかに本人の意思で動かしていた」
りゅうま隊長のその問いには、既に私のなかで答えが出ていた。
「それは、あのネズミヒドーダの腕につけていた、ネックレスやブレスレットです。あの中にシルバーキラーと同じ機械操る力を備えた装置があったんです」
私はずっと、ネズミヒドーダがやたらジャラジャラとアクセサリーを付けていたことに疑問を持っていた。ヒドーダ怪人がなんのために着飾るのかと。
だが、あの中に自分が能力を使うための機械があったのだと考えれば納得がいく。ほかのアクセサリーは、それを誤魔化すためのカモフラージュだろう。
「おそらく怪人は、どこかでたまたまシルバーキラーと接触。そこでシルバーキラーから機械を受け取ったんだと思います。シルバーキラーがなぜ私たちを狙うのかは不明ですが」
以前のモグラヒドーダも、自分の能力ではなく機械の力を使って次元に穴を開け、悪さをしていた。今回のネズミヒドーダも何か機械を使って悪さをした可能性は十分にあり得る。
それに初めて出会ったときのことを考えて、少なくとも今のシルバーキラーがゴールドファイブに対して良くない感情を持っていることは確かだ。
「だが、シルバーキラーのシステムに関する情報は開発者本人によって処分された上に、開発者本人も自殺している。いったいシルバーキラーは誰なんだ」
りゅうま隊長が頭を掻いて首を傾げる。
「おそらく、何者かが太郎さんを自殺に見せかけて、シルバーキラーに関する資料を持ち出したとしか……」
「それは無理だ! 現場には直筆の遺書が残されていたんだぞ。どんなに文字を真似て書いたって、筆跡鑑定はそう簡単に誤魔化せない。脅して書かせたにしたって……」
りゅうま隊長の言うことはもっともだ。筆跡鑑定の結果は、素人が簡単に真似て誤魔化せるものではない。
「でも……、きっと、あの遺書には何か秘密がある。何かきっと……」
きっとあの遺書の謎さえ分かれば、シルバーキラーの正体も分かる。私はなんとなく、そんな気がしていた。
〈つづく〉




