事件4-1『純恋まっしぐら』
仕事を早めに切り上げた私は、今日はいつものようにゴールドベースの宿舎には戻らない。
今私は、とある高級レストランの窓際のテーブル席に座っている。
窓の外を見下ろせば、沢山のビルの光がキラキラと星のように光り輝く。
テーブルは円形で、綺麗なテーブルクロスの上には銀製のカトラリーと純白のナプキン。
テーブル中央には綺麗な花が飾られ、その先、向かい側の席には、花よりも美しい顔立ちの男性……。
そう、私の“彼”、五星天身が座っている。
決して、ゴールドブルーの坂出いつきなどではない。アイツは勝手に私を彼女扱いしてくるが、実は私はずっとこの天身さんとお付き合いをしている。
「今日は仕事大丈夫なの……? この間は急にどこかへ行っちゃったから心配したよ」
この間はデート中に怪人が現れたせいで、デートが中断になってしまったのだ。今度はそんなこと起こらないで欲しい。それに今日は、私たちにとって特別な日でもあるのだから。
「ねぇ……今日って何の日か覚えてる?」
私がそれとなく聞いてみる。
すると彼がいたずらにフフッと笑う。
「もう……ちょっと早いよ。そういうの、来てもう少し経ってから言うもんじゃないのか。まだ料理も来てないぞ」
しまった。早すぎた。はやる気持ちを抑えきれなかった。
「ごめん、そうだよね」
私は恥ずかしくなって、思わず耳の横の髪を弄くる。
銀のカトラリーに反射した私の顔が赤くなっていて余計に恥ずかしくなる。
そんな私を見て、彼はまた、フフッと笑う。
「もちろん、覚えてるよ」
彼はそういうと、自分のバッグの中から何かを出そうとした。
が、彼も緊張しているのか、うっかりバッグをテーブルの下に落としてしまう。
バッグの中のものがテーブルの下に散乱する。
「しまった……こういうところでカッコつけられないんだよなぁ、俺って」
そう自嘲しながら、彼はテーブルの下へ潜り、落ちたバッグの中身を拾い始める。
私も手伝うために、テーブルの下へ潜る。
案の定、下には色んなものが散乱していた。
財布、綺麗に包装された謎の箱、そして……。
「ん? 何これ?」
私は小さなメモ帳を拾い上げた。
表紙には私の名前「綾川あずき」が書かれている。
「あっそれは」
私は気になって、思わずメモの中身を読んでみてしまった。
「デート、寿司屋、赤酢のシャリが美味しい。あずきはブリとハマチが好き。サンマと穴子が苦手。デート中に急な仕事で中断……何これ?」
たしかに、私が好きな寿司ネタはブリとハマチだが、なんでこんなことをメモしているのだろう。
「それ……見られるの恥ずかしいんだけど……」
「これって、前回のデートの内容だよね?」
そう、私は前回のデートで彼とお寿司を食べた。
子供の頃以来十五年振りくらいにサンマと穴子に挑戦したが、やっぱり苦手なものは苦手なままだった。
ここには前回のデートであったことが、色々と事細かに書かれている。
「実は、お前とのデートのあと、いつもその日のデートのことをメモに残しておいてるんだ」
彼はそういいながら、私の持つメモ帳以外の散乱物を全てカバンの中にしまうと、ゆっくりとテーブルの下から出て席に戻る。
私もそれを見て、メモ帳をやさしく握ったまま席に戻る。
「なんでそんなことしてるの……?」
席に座り直して、私が尋ねる。
「だって俺……忘れたくないから。お前との思い出は。他愛のない日常の記憶も、特別な日の思い出も、全てが大切だから、ちゃんと残しておきたいんだよ」
そう笑う彼の姿に、私の胸はまたときめく。
「もちろん今日という日も……付き合って三年の記念日は特にね」
そういって彼は綺麗に包装された箱をバッグから取り出しこちらへ差し出す。
やっぱり、私はこの人が好きだ。
この人は優しくて、カッコよくて、私の覚えていて欲しいと思ったことをちゃんと覚えてくれている。
私は持っていたメモ帳をテーブルにおくと、それを受け取ろうと手を差し出した。
が、受け取ろうとしたそのとき、腕の黒いブレスが突然鳴り響いた。
「ごめんなさい! ちょっと!」
私はそういって急いでトイレに駆け込む。
せっかくいい雰囲気だったのに、いったい何のようだ。
私はトイレの個室で、ブレスの通信ボタンを押した。
「D-5エリアに怪人が出現! 現在、グリーンとブルーが向かっている。緊急用連絡通路を使ってすぐに合流してくれ!」
りゅうま隊長の声だ。
予測してはいたが、やはり怪人が現れたらしい。
「またですか! 怪人のデータを取ったり調べるだけなら、私じゃなくてもよくないですか? 今じゃなきゃ駄目ですか?」
正直、戦隊は五人もメンバーがいるのに、戦隊捜査官は私だけ、常にワンオペなのがかなりキツい。
私だって自由が欲しい。たまのデートくらいのんびりしたいのだ。
「そう言わないでくれ。ゴールドファイブには君の力が必要だ。俺とイエローは今、キンピカオーとアンコクオーの修理で手が離せない。ホワイトはもうおやすみタイムに入ってしまった。分かったらすぐに頼むぞ」
そういって通信はブツリと切られてしまった。
ちなみに、おやすみタイムとはすあまちゃんの寝る時間のことだ。
すあまちゃんはまだ中学生なので、深夜〇時以降は緊急事態を除いて出動禁止である。
「あー! もう!」
私はトイレから出ると、彼に「急用ができた」といってその場を後にした。
戦隊捜査官の任務は事件関係者以外の人には基本的に秘密なので、相手に事情を説明することすらできない。
なんだか彼氏を裏切っているようで、とても辛い。
それでも彼は私を気遣って、笑顔で手を振ってくれた。
「行ってらっしゃい! 気をつけてね!」
◇ ◆ ◇
私は緊急用連絡通路を通り、道の真ん中にあるマンホールの穴から、蓋を押しのけ顔を出した。
辺りはすっかり暗くなった住宅街。
夜空には星一つ見えやしない。
すぐそばにあるコンビニの窓際には、光に吸い寄せられた数匹の蛾がパタパタと舞っている。
緊急用連絡通路とはゴールドファイブとその関係者のみが使える秘密通路。
この日本のあちこちに蟻の巣状に張り巡らされ、その出入り口はマンホールや仮設トイレなど、街にある様々なものにカモフラージュされている。
この通路を使えば、普通は移動に一時間かかるような場所でも、短時間で到着できる。
ここへくるのだって、本来は電車を使っても一時間はかかる。それが僅か二〇分で着いてしまうのだから、便利なことこの上ない。
私はそのマンホールから這い出て、蓋を元の位置に戻す。
すると、何やら親しげに話す男女の声が聞こえてきた。
声のする方を見ると、手を繋いで歩く仲良しそうなカップルの姿が見えた。
女の片手には、近くのコンビニで買ったと思われるレジ袋が握られている。
(あの人たち、こんな夜遅くに……。ここらへんで怪人が出てるって知らないんだ)
私は避難を呼びかけようと近づき、何かに気づいた。
「天身くん!?」
そこに歩いていたのは、私の彼、五星天身そっくりな男だった。
それが知らない女と二人で歩いている。
「待って! なんでここに!?」
私は思わず声を上げた。
知らない女と手を繋いでいるのも不思議だが、それ以前にまずここにいることが不可解だ。
さっき私とレストランで別れたばかりの彼が、ここにいることは不可能なはず。
私は緊急用連絡通路を使って、一時間かかるはずの場所に二〇分で来たのだから。
男は私の顔を見ると、焦ったように知らない女の手を引いて逃げ出した。
私は怪人のことなど忘れて必死に彼を追いかけた。
……が、このD-5エリアは碁盤の目のように入り組んだ複雑な構造の街。
おまけに辺りは星の光も見えない真っ暗闇。私はすぐに彼の姿を見失った。
「どこに行ったんだろ……、そうだ、そんなことよりヒドーダ怪人!」
そのとき向こうの方から声が聞こえた。
「やっと見つけたぞヒドーダ怪人!」
――声のする方へ行ってみると、青と金の戦士がタヌキのような怪人と、緑と金の戦士がキツネのような怪人と、それぞれ向かい合っていた。
〈つづく〉




