閑話 あの日
閑話 あの日
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
王国の小さな港町、今日もいつものように貿易船が出入りしている。
忙しなく屈強な男たちが荷物を積み下ろしする中、法国への船を見送る二人の姿があった。
ローブを纏いフードを深く被った怪しげな格好ではあるが、町の人々は二人が見えていないのか特に気にする様子も見せていない。
「あれが最後の別れでよかったのか?」
一人が口を開いた。
その声色に乗るのは後悔か、もしくは謝罪か。
ひどく薄く震え今にも泣き出しそうであった。
「もともと、前のパーティーが最後になる予定でしたから」
「あなたこそ……」
答えるようにもう一人が口を開く。
その声は彼とは対照的に淡々としたものであった。
「僕にその資格はないよ。彼女を一番裏切ったのは僕だし、悪者を君に押し付けたのだから」
男はフードを脱ぎ遠くに進んでいく船を見ながら言った。
咄嗟に手を伸ばし、首を振るようにしてその手を下ろした。
口は酷く歪み、目はドロリと濁った色をしていた。
彼の思いが表れているかのようだった。
「……カローイ様」
彼女はその姿をただ見ていた。
慰めることも、共感することも、自分の役割ではないと思っているから。
それは私ではなく彼女の役割だとそう考えているから。
「それに君は彼女と逃げることも出来たはずだ、フローラ」
彼は彼女に向き直りそういった。
ひどく申し訳なさそうに。
「今更逃げたりはしませんよ。もうとっくに覚悟は決めましたから」
彼女もフードを脱ぐ。
彼女の瞳はキラキラと輝き、口元には薄く笑みが浮かんでいる。
その視線の先には先ほど港を出た船があった。
彼女はポツリと
「元気でね」
そう独り言のように呟き、彼の背中に触れこの港町から溶けるように姿を消した。
王国の小さな港町、今日もいつものように貿易船が出入りしている。
忙しなく屈強な男たちが荷物を積み下ろし、その貿易品は馬車に積まれ王国中に運ばれていくのだ。
「ていへんだ、ていへんだ!!」
「国王様が暗殺されて、第一王子と第二王子それぞれが次代の王に名乗りを上げたぞ」
「てーと?」
「内乱だ、大馬鹿者」
「いてー、頭叩かんでくれオヤジ」
「って、そりゃーていへんでねぇか!!」
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
数ヶ月前
今日はカローイ第二王子の成人のお祝いが王宮にて開かれる日、国中の貴族たちがこぞって自らを着飾り参加しているようだ。
第一王子が王位を継ぐのが優勢とはされているが、第二王子も優秀なため次男であっても彼をと推す貴族も少なくはない。
第一王子派にとっても第二王子派にとっても、今日のパーティーはとても重要なものであった。
トラブルでもあったのだろうか?
王子が予定の時刻になっても表れない、会場が徐々にザワザワと不安げな喧騒に包まれていく。
カローイはまだ控え室にいらっしゃるご様子、しかしすでに準備は万端なようだ。
豪華なお召し物に身を包み、着られているわけではなく着こなしている。
一国の王子として素晴らしいカリスマ性を持っているようだ。
「多分、マルシアには恨まれるだろうね」
「でも、もう決めたことよ」
「分かっている、覚悟は決まっているつもりさ」
「ただ、思うところがないと言えば嘘になるかな」
「私だってそうよ」
「でも、これは彼女のためだから」
「彼女のためになら、何だってできるわ。たとえそれが彼女を傷つけることになっても、恨まれることになっても」
「そうでしょ?」
「……そうだな、マルシアのためだからな」
彼は同じく豪華なドレスを身に纏った女性と話し込んでいる様子。
その瞳は普段の彼からは考えられないほど濁っており、声のテンションは低く深い後悔が浮かんでいるかのようだった。
反対に女性は笑みを浮かべており、まるで遠くを見つめているかのような透き通った瞳をしている。
二人は一つの物事について話し合っている様子ではあるが、どうも考え方に根本的な違いがあるようであった。
しかし、プロセスは違えど結局結論は同じ場所に着地したのであろう。
正反対な感情を持ちながら、協力して一つの物事を成そうとしているようである。
「もう時間よ」
「行こう」
第二王子が会場に現れた瞬間、先ほどまでがやがやとした喧騒に包まれていた会場は彼の雰囲気に息を呑み彼一色に染め上げられた。
そして隣にいる女性の姿を見て、会場には困惑の色が広がった。
彼は覚悟を決めるように生唾を飲み込み、重い口を開いた。
「私の生誕のパーティーにご出席いただいた皆様、誠にありがとうございます。僭越ながら、パーティーのプログラムを一部変更させていただくことをお許しください」
「時間はそれほどいただきません」
「私、カローイ・サラーティはマルシア・グベッリーニとの婚約を破棄することをここに宣言させていただきます」
彼は一息に宣言した。
そして、とある女性と目が合ってしまった。
彼女は今にも泣きそうな顔をしていた。
混乱したような顔をしていた。
そして、隣の女性の姿を見て絶望したような顔をしていた。
彼女は一息に会場から走り去ってしまった。
「あ……」
「ダメよ、このままパーティーを続けましょう」
王子思わず手を伸ばしそうになり、フローラに止められた。
「きっとうまくいく、少なくともこれが一番マルシアが生き残る可能性が高かったそうでしょ?」
彼女が幼い子供に言い聞かせるかのように囁いた。
「そう、だな……何度も考えたんだ、今更だ」
王子は深い後悔を持ちながら、これしか方法はなかったのだと自分を納得させた。
自分の心に嘘をついていることはわかっていたが、それでも納得させるしかなかった。
それしか方法はないと思ったから。
貴族たちからの視線もあると王子は姿勢をすっと直した。
王子は王子らしくいなければならない。
彼ら貴族にとって面子は命なのだから。
「そう、それで良いのよ」
「あとは全てサクラに任せましょう」
彼女はまた耳元で囁いた。
きっと周りの貴族からは逃げ出した元婚約者を嘲笑っていると思われていることだろう。
でも、それでいいと彼女は考えていた。
むしろそう思ってもらった方が都合がいいと。
「それにしても、彼女の身柄を求める帝国に預けるのが結局一番安全とは皮肉だな」
自らの力では大切な者一人守れない。
何度も考えて出た結論に、彼は自嘲気味にそう呟いた。
「でも、それは彼ら帝国にとってもでしょ」
「マルシアを駒として使いたいのなら、彼女の命だけは何としても守らなければならないのだから」
彼女は彼を慰めるかのようなことを言った。
しかし、視線はマルシアが走り去って出ていったドアに固定されていた。
彼女も彼女で思うところはあるのだ。
王子は自分だけが辛いのではないとすでに分かっていたことをもうど何度目だろうかまた自分に言い聞かせた。
「それもそうだな」
彼は、そうでも考えないと自分というものが崩壊してしまいそうであった。
彼はまだ壊れるわけにはいかない。
やらなければいけないことがまだたくさん残っているのだから。
パーティーは続く。
この日のために用意されたフルコースの料理、
王国随一のオーケストラによる演奏、
騎士団の精鋭による真剣による演舞、
第二王子の成人を祝う盛大なパーティーは無事成功を収めた。
感想、評価、なんでもいいので反応もらえると嬉しいです。




