あの時の
朝から肌の張りが違う、身体が羽みたいに軽い。
過去一番に活力が漲る、押し寄せる仕事に対しても高パフォーマンスを発揮し周囲を驚かせるぐらいだった。
(まあ、昨日の癒しだろうな)
いつまでも頭に残る、昨夜の事が起因してると自覚はしていた。
黒一を膝枕で更に頭を撫で……抱きしめられながら撫でられ……
合間合間にフラッシュバックする光景を必死でかき消さないと、宗馬の顔が緩んでしまいそうだった。
今日の業務を巻きで終えて、退勤まであと少しの所で気になる話をされた。
昨日に黒一からの飴を一つ食べてしまった同僚だった。
眠気に襲われてタクシーに放り込んだが、無事帰宅できていた。
「いやー桐生さん今日集中凄いですね〜」
「おお、まあな、そっちは終わりそうか?」
「ああ、なんか今日俺も集中出来ててな!…でも変な夢見てモヤモヤはするんよな」
「夢…?」
「うーんなんというか凄いリアルに過去を遡る夢と言うか、逆走馬灯と言うか俯瞰で自分の人生眺める夢。スッゲーリアルでさ〜」
宗馬はそれを聞き動揺した。
黒一からのあの飴を食べた日、確か宗馬も同じ体験をした。
同僚がその飴を食べ夢を見た、そして宗馬と同じ体験をするなんてありえるのだろうか?
しかし、黒一に関わってる物なのでもしかしたら飴はその類の物かもしれない。
「まあでも今日は調子良すぎて退勤だ!定時退勤だ〜」
同僚の様子的に調子も良くなってる。
やはり飴の効果は癒しを与え、夢を見せるなのかもしれない。
(夢、と言うか人生の観測なのか)
持ち歩いている飴が入った薄紫の和柄巾着。
この袋を眺め考えた。
「これを使えば見れるかもしれない…」
宗馬は退勤して足早に帰宅した。
宗馬の目の前に黒一から貰った薄紫の和柄巾着が有り、中には様々な色付けされた宝石のような飴がある。
まだこれまで一つしか口にしてないが、ただの飴ではないだろうと予感は確信に近くなっている。
黒一と同じ不思議な物であるのは間違いないだろう。
初めて口にした時は普通の上品な甘さに仕上げられた飴といった感想。
その後に見た人生を俯瞰で遡る体験には結びついてなかった。
しかし同僚が不意に手を出して食べ、自分と同じ体験をした事。
少し不安はあるが数十年前と言った、恩返しに至る黒一の事がわかるかもしれない。
(思い出すかそれとも知る事になるのか)
宗馬は思い悩む。
別に黒一は害を成す訳ではなく、むしろ癒しの存在である。
わざわざ思い出して知る必要があるのだろうか。
昨夜の黒一を膝枕していた暖かさと柔らかさを思い出し、飴の入った巾着袋を見つめていた。
初めは警戒しかなかった、突然夜に現れ恩返しだなんて御伽話が過ぎる。
でも体験を重ねていけば、慣れてしまい。
心地よさに身を委ねるまでになっていた、今の状況や黒一との関係が変わるかもしれない事に不安を感じる。
心身を癒しつつトラブルになりそうな物がモヤとして視えるようになり、疲れていた生活環境と自身の活力が改善されたのは間違いなく黒一が現れたあの夜からだったのだから。
今や疑いよりも感謝に近い感情を抱いている、宗馬はそう認識をした。
「そっか…確かに恩返しされたんだな」
黒一の顔が浮かび、目の前の巾着袋を開けた。
中の飴を一つ取り意を決して口に放り込んだ。
これは恩返しの正体を知る為だ。
そう決意した宗馬は、飴が溶けていくように意識が離れていくのを感じていた。
(あ……きたのか……)
宗馬は空に浮かぶ感覚でありながら.幼い子供が見えることに夢に来たとぼんやり感じている。
何か見覚えのある建物だ、あれは神社か?
この夏訪れた神社の昔の姿か、でも今も昔もあまり変わらない。
境内に向かう子供。
(俺……か)
俯瞰で見てるがあれは自分だとなんとなく理解する。
小さな頃から一人でよく神社に行き、友達が来るのを約束もせずに自由に集っていたのだ。
田舎の昔の光景だ、神社みたいな広さある境内なんか絶好の遊び場であった。
神社の人達も微笑ましく受け入れてくれていた。
一人で遊びに出るのが許され始めた子供が集まって、友達になりバタバタ遊びまわるのが日常。
そして陽が落ちそうになる前に帰る。
(子供の時は子供らしい事してたな)
当たり前の事だが忘れていた記憶、大人になるにつれ考える事が多くなり純粋さとは離れていく事となる。
虫を獲ったり地面に絵を描いたり、たまにイタズラして神主に怒られてたり。
様々な場面が流れ込んでくる。
夢の中を泳ぐように宗馬は過去を思い出していく。
場面が変わった。
少し大きくなった頃だろうか。
小雨の中、何か箱を抱え境内に向かう自分が見える。
真っ直ぐ境内に入るかと思えば、横に逸れて管理されてる木々の下へ。
雨除けだろうか?
ゆっくり視点が変わり、幼い頃の宗馬と夢を漂う宗馬の意識が重なる。
(ミャオン ミャオン)
(そうだ、あの日猫を拾った……幼い猫で…全身が…真っ黒の黒猫の子供……)
宗馬はそこで現実に目覚めた。
朧げに浮かぶ子猫と自分。
しかし思い出せるのがその出会いのワンカットだけであり、その後がどうしても思い出せない。
「あれは…いや、でも……」
とりあえず今はきっかけを掴んだと納得させ、ベッドから起き上がる。
カーテンを開けて朝日に目を細めた。
(まだ確定じゃない)
宗馬は胸に湧く答えにまだ蓋をすることにした。




