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黒一の恩返し Rewrite of favor  作者: かずや


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6/9

知らせと甘えと


 九月も終盤になり残暑も和らいではいるが、いつまで経っても都会の暑さは慣れない。

 休日、宗馬は喫茶店へと入り窓を眺めながら年々暑さ増す環境を憂いていた。

 少しの間ボーッとしてた時に入り口がカランと鳴る。

 以前と同じように今度はあちらが顔を見て小走りで来る。

 

「ご無沙汰してます桐生さん!」

 

 ぱっと笑顔で挨拶してくれたのは月島紫音さんだった。

 以前に会った頃から時間も経ち、お礼の食事振る舞いの事で待ち合わせていた。

「月島さんこんにちは、あれからお父様はどうですか?」

 月島さんはより笑顔を増して報告してくれる。

「おかげさまで無事退院もしてリハビリも進みました、今はもう自宅で普通の生活してますし後遺症の心配もなさそうです!」

「それは良かった!」

 月島さんとお父様が写る画像を見せてくれながら近況を知らせてくれる。

 倒れられた時の顔しか見れておらず、元気になった月島さんお父様の顔と心の底から喜ぶ月島さんの笑顔画像がとても眩しい。

「それでですね、以前お話ししましたうちの店へのご招待なんですが、来月入ってどの辺りが宜しいでしょうか?」

 早速のお誘いに少しだけ良いのかな?となるが気にされるのもよくないだろう、素直に受ける事にした。

「そうですね…この辺りなら都合付けれますがいかがでしょう?」

 スケジュールを確認して大丈夫そうな日を擦り合わせる。

「ふむふむ…ではこの日に致しましょう」

「はい、月島さんもお店お手伝いされてると言ってましたが当日も?」

「いいえ、父から桐生さん連れてくる時は最上級のエスコートするようにと強く言われてますので!」

 上品に笑いつつ重要なお客様扱いされる事にむず痒くなる。

「ははは、そんな僕なんかに大層な、そういえばお店フレンチだそうですがドレスコードとかありますか?」

「そんなお気になさらず!父の個人店ですから自由にして下されば大丈夫ですよ」

 フレンチと聞くと少し身構えてしまうが…まあ大丈夫か?スーツで行けば問題無いだろう。

「月島さんのお店はどこにあるんですか?」

「ここから二駅向こうの駅ビルの中になります、そうですね…詳しくは当日のお楽しみに!」

 クスリと笑い、月島さんはお楽しみを強調してきた。

 なんだか楽しみになってきた、月島さんの人柄もあるのだろう。

「ではこの日に、えっと待ち合わせは駅の方が良いですかね?」

「はい、ありがとうございます!本来なら車でお迎えに参りたいのですが、店が駅ビルの都合で駐車場の確保が難しく…」

「いやいや気にしないで下さい!頂き過ぎなくらいにお礼されてますから!」

 頭を下げようとする月島さんを慌てて止める。

 本当に気遣いあって優しい人なんだな。

 宗馬はそんな事を思いつつ、次回に決まったお誘い日を楽しみにしていた。


 十月に入り母親から連絡があった

 スマホがメッセージを受信している、母の名が表示されている。

 

「今度、宗馬の家見に行くから」

 

 いきなりの訪問宣言である。

 上京時の家からは数年前に引っ越し、現在の家に居るが親はまだ来た事が無い。

 そもそも何故こんな突然に?

 

「どうしたのいきなり?父さんは?」

「中学時代の同窓会がそっちであるのよ、お父さんはお留守番」

「中学時代?母さん出身こっちだっけ?」

「違うわよ、でも今は皆結構全国に散らばっててね、折角なら東京で集まりましょうかってなったら、宗馬の住む近くだったのよ」

 なるほど、歳がいくと集まるのも大掛かりなんだな。

 どこか他人事のように考えていたが、ふと疑問が出てくる。

 

「母さん、日帰り?」

「そんなわけないでしょ泊まるわよ」

「どこに」

「あんたの家…とは言えないからホテル取るわよ」

 一瞬血の気が引きそうになるが、笑いながらちゃんとホテルを考えてる事を告げられ肩を撫で下ろす。

 もし黒一が訪ねてきたりしたら存在が説明出来ない。

 月一の訪問とは言え、黒一は突然現れるからブッキングは無いと言いきれないのだ。

 

「家来るのはいつ?」

「えっと〜今月の二十八日のお昼ぐらいになりそうね、帰りの新幹線あるから夜までは居れないけど」

 (月島さんの店お呼ばれは今月中盤だし仕事調整すれば迎えれるか)

 

 宗馬はサッとスケジュール確認して母に返す。

「じゃあ二十八日調整して迎えに行くよ」

「助かるわ、また向かう時連絡入れるわね」


 急遽入った予定ではあるが許容内だろう、母親が家にお泊まりなんて事にならずに良かった。

 散らかしてる訳じゃないが黒一の事もあるし、何より気恥ずかしいのが強いのだ。

 宗馬は自室を眺めながら「掃除もう少ししとくか」と呟いた。


「桐生さん、すいません今日中案件です!」

 ある日宗馬は仕事の納期に追われて、残業をしていた。

 宗馬自身これまでは目の前に来た仕事をこなしていくスタイルで、自分の事は後に回すスタイルであった。

 黒一に出会い体力精神力が安定した今は無茶をしないように、また何かしらのトラブルはモヤが掛かる事で先処理出来ていた。

 今回の残業は決まった日時に流す物理的な仕事なので致し方無い事であったが、以前は何も感じずにやっていたのだろう。

 今は違う、人生を振り返った夢を見てから意識が変わった。

 目の前の事が処理されれば、その先に余裕が生まれプライベートを考える事が出来る。

 

「ここを抜けたら月島さんからのお呼ばれ会だな、頑張るか」

 

 宗馬は先にある楽しみの為に今を詰めていた。

 そんな先の楽しみを感じられる今の自分に不思議さすら感じる。

 しばらくパソコンに集中していたが少し疲れを感じる、後少しで区切りだが休憩を挟む為カバンを探った。

 

 (あ、そういえばあれっきりだったな)

 薄紫の巾着を手に考え込む。

 黒一から貰った巾着袋には様々な色の飴が入ってる

 口寂しい今糖分も取れるが……

 

「これ食べたら眠ってしまう可能性あるよな…」

 

 前回始めて食べた時に広がった甘さ、安心感、幸福感

 これらが宗馬の意識を沈めて人生を遡る夢まで見たのだ。

 今の残業中はまずいか?と葛藤していた時、同じく残業中であった同僚がやってきた。

「桐生〜おわんねーよー、何だそのお婆ちゃんの袋みたいなの?」

「ん?ああ…飴だ」

「凄いのに入れてるな、一個頂戴よ〜甘味が欲しい」

 宗馬は迷った、この飴が毒って事は無いだろうが不思議体験してこの場で同僚はここで眠ってしまうかもしれない。

 返事に困りどうするか悩んでいると。

 

「貰い!……おーなんかお上品で良いとこの飴か?美味いじゃん」

「あ……」

 

 止める間もなく一つ食べてしまった、大丈夫だろうか?

「んじゃラストスパート頑張ろうぜ〜」

 そう言って自席へもどってしまった?

 まあもう食べたならどうしようもない、ただ宗馬は念の為に帰ってから食べる事にした。


 なんとか目処が付き時間もまだまだ終電まである

「今回は早く片付いて助かったか」

 ノビをしながら宗馬は先程の飴を食べた同僚を覗く

「ん?……どう、した……」

「ああ、帰るぞ…お前はその…なんか変な事起こってないか?」

 聞き方に迷いながら状態を探る、どうやら眠そうな様子だが。

「俺は終わりきらない……眠過ぎて眠過ぎて……明日やる……」

 少しマズイかもと宗馬は急いで帰り支度をして、社内の施錠を済ます。

 眠りそうな同僚を支えるようにタクシーに放り込んだ。

 やはりあの飴は眠気を誘発する成分でもあるのかと思う。

 空に浮かぶ満月を眺めながら、宗馬も帰宅して行った。


 時刻は二十四時になっていた、夜を食べ損ねていたので軽く食べるべきかと悩んでいた時だった。


 ピンポン


 こんな時間、以前は九月の中秋の名月だったか。

 日付も変わる時間に鳴るインターホンに心当たりは一つしかない。

 もう一ヶ月経つのか。

 宗馬は冷静に色々な事を考えながらモニターを見た。

 

「恩返しに参りました」

 

 黒一がいつものように微笑み立っている。

 そう、いつものように姿は何も変わらず彼女は時が動いていないのではと思う程に…


 宗馬は玄関を開け黒一を迎え入れた。

 そういえば家に来るのは久しぶりだな前回、前々回と外で会った為三ヶ月ぶりとなる。

 この黒一が初めて恩返しに来て出会いもう半年近いが、人生の密度が濃くなり質が良くなった気はする。

 彼女は変わらず微笑んでいるだけだ。

 だが月に一度僅かな時間しか会ってないのに、心から離す事が出来ない妖しくも美しい魅力すら感じている。

 今日も吸い込まれるのだろう、綺麗な宝石のような瞳に見つめられて。


「宗馬様、いかがなされましたか?」

 横に座る宗馬の顔に笑みが溢れていたのだ、不思議に思われるのも仕方ない。

 

「いや、なんだかんだ黒一が現れるのも慣れてきたなと」

「あら、そうですか嬉しゅうございます」

 

 軽いやり取りにお互い笑ってしまった。

 人ではない存在だと言った黒一だが害を与えられる事は無いし、むしろ癒しをくれたり生活に役立つ能力を開花させてくれたり。

 考えればメリットだらけではある。

 初めから美人だと思ってはいたし、少し不思議で静かなだけでなんら問題は無いとさえ思えてる。

 

「黒一は前に人でないと言った、じゃあ何者なんだ?」

 宗馬はふと聞いてみた。

 黒一は少し考える素振りを見せたが、すぐに向き直し笑みを浮かべながら答えた。

 

「人の形をしていますが人に成らざる者、ただ私は私でございます」

「答えになってるような、ならないような言い方だな」

「良いのです、私は宗馬様への恩返しに来ているだけの存在でありそれ以外に意味はもうありません」

 

 黒一は引っ掛かる言い方をした。

 それ以外に意味はない。

 どういう意味なのか答えが見えず、黒一を見つめていると黒一は動き出す。

 静かに距離を詰められ少し見つめられた後…

 

「ふふっありがとうございます」

 

 お礼を言われたと思ったら、静かにゆっくりと黒一の頭が下がり宗馬の腿に頭を乗せて膝枕の形になった。

 

「なっ!黒一!?」

 さすがに人じゃないと言われながらも外見はとんでもない美少女だ、女性を膝枕するなんて夢にも思ってなかった。

 

「うふふ、宗馬様が私を知ろうとして下さった事が嬉しいのです」

 すりすりと頭を擦り付けながら黒一は小さな声で言う。

 宗馬は固まりから徐々に解けて、嬉しいと言った黒一を見ながら若干の寂しさがあるのか?と感じた。

 

「黒一は何で一ヶ月に一回満月の夜に来るんだ」

 

 宗馬自身確証は無かった、しかし殆ど一ヶ月スパンで一回しか来ない。

 そして九月にもしやと思ったのが中秋の名月の時、満月であったあの日からほぼ一ヶ月の今日も満月だった。


 黒一は宗馬の言葉に身体をピクリと反応させた。

 

「少し驚きました、満月に気付いていたのですね」

「もしかしたらってな、あくまで推測だったがそうなんだな」

 黒一の顔は腿に乗せられたまま向こう側を向いているので表情が読みにくい。

 ただなんとなく嬉しそうだ。

 

「ふふ、少し欲が湧いて参りました」

「欲?」


「頭を撫でてくださいませ」


 今度は宗馬がピシッと体を固めた。

 何がそうさせようと思ったのか、黒一はそう言って撫でられ待ちになってる。

 少し葛藤したが小さな頭に漂う甘い香り、一本一本が艶々な髪に抗えず静かに黒一の頭を撫でた。

 

「…」

「…」

 互いに無言のまま髪を撫でさせる女、撫でる男。

 (なんか猫みたいだな…)

 優しく優しく愛でるように撫でていた。

 長い事撫でたと思ったが実際には五分も経ってなかったようだ。

 

「次は私が」

「んん?」

 

 真意を聞かぬまま反応できぬまま…

 黒一は起き上がり宗馬の膝を跨ぐように乗り、しっかりと宗馬の頭を自身の胸元へ寄せて撫で始めた。

 

 (これは…落ち着くが…甘い香りが…柔らかい…)

 黒一に頭を撫でられながらも、ふんわりと上半身が包まれ至福だが良くない気もする。

 

「今日は特に知ろうとしてありがとうございます、恩返し致します」

 宗馬は少しずつ意識が遠くなり眠気が押し寄せてきた。

 完全に眠りに落ちるまで時間はかからなかった。

 最後の最後で何か柔らかなものが頬に押し付けられたような気がした。


「…朝」

 宗馬は目覚めと共に悶えそうになるのを堪えた。

 (なんか凄い体験してしまった)

 

 昨夜の黒一との時間はこれまでとは違った踏み込んだものであった。

 さすがに夢とは思えないリアリティ、なんならソファに座ったままで起きたのだから。

 

 (跨がれて抱き寄せられ頭撫でられ)

 紛れもない癒しの時間だった。

 

 でもあんな風にされるとは思ってもおらず、手玉に取られた感がありちょっと負けた気がしてる。

 

 (黒一の頭も撫でるとはな…)

 サラサラの漆黒の何より手触りが良かった髪と、小さな可愛らしい頭を思い出してしまう。

「いかん、シャワー浴びよう」

 誰に言うでなく宗馬は脱衣所へ向かった。

 

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