月島紫音
盆休み最終日、実家徳島から東京の自宅に戻った宗馬はポストに届いた封筒を開けていた。
封筒の差出人名は「月島 紫音」と表記されており中身の便箋を読んでいく。
月島紫音さん、お盆前に助けた年配男性の娘さんである事が書かれており父親は無事にこのまましばらくすれば退院へと向かうそうだ。
病院と警察に救助者として、個人情報は渡してあった。
そこから手紙の形でお盆中に送ってきてたのだろう。
大事にならないようで良かったなと肩を撫で下ろし、もう一枚便箋がある事に気付く。
そこには月島紫音さんの連絡先と「直接会ってのお礼をさせて欲しいので時間を頂けないでしょうか」の一文が入っていた。
充分手紙で気持ちは伝わっているので重ねてお礼は無くともと思ったが、逆の立場ならそうは言えない。
スケジュールを確認しスマホに月島さんの番号を登録しておいた。
盆も抜け残暑はあれど秋に向かう。
全身の力を抜いて夏の終わりと仕事始めの事を考えた後、黒一の顔を思い浮かべる。
モヤが視えるようになったのは黒一がきっかけ、ただこの眼は元々自分のものだったと言う。
そして視える事により救えた出来事があり、憑かれていると言われた存在も怪しい神職の言葉。
宗馬はぼんやりテレビを眺めながらこれまでを思い出していた。
ゆっくり考えれる時間が、ますます非現実さを実感させてくる。
元々宗馬は一匹狼タイプとして見られる事が多い。
特定の深い友人もおらず、仕事上のトラブルあっても一人で抱える事が多かった。
だからこそ日々に疲れていた部分がある。
そう考えると人助けに不可思議な体験、何かが変わってきてるなとぼんやり思っていた。
仕事が始まり数日はまた忙しくする日々が続いていた。
相変わらずトラブルありそうな箇所や人にはモヤが視える事もある、だが視えてしまえば先回りが出来て処理してしまえる事はありがたかった。
そんな数日を過ごして九月になろうとする頃。
自宅近くにある昔ながらの喫茶店で宗馬は待ち合わせをしていた。
盆前に助けた方の娘さん、月島紫音さんとの待ち合わせだった。
お礼の手紙を貰ってスマホのメッセージでやり取りはしていたが、実際に会うのは病院の時以来だ。
(そういえば病院に黒一が来れたのは何でだろうな)
忘れていた事を疑問に思いながら、店のドアがカランと鳴る。
目線を送れば月島さんが到着したようである。
軽く手を挙げ席場所を促す。
「桐生さんありがとうございます、すみませんお待たせしてしまって」
「いえいえ僕も来たばかりです、お座り下さいな」
互いに頭を下げながら席に着いて注文を済ませる。
「改めて父を救って頂き本当にありがとうございます」
月島さんは丁寧に頭を下げ感謝を示す。
「僕はたまたま近くに居て、救急車呼んだだけですからお気になさらず」
「それでも付き添いまでしてくださって……父も感謝しておりました」
「お父様はまだ入院中ですか?」
「はい、軽いとは言え脳梗塞でしたので少し痺れがあるようで…でも意識ははっきりとしましたし来週には退院の予定になります」
心配はあるだろうが、先は見えているのだろうと宗馬も力が抜ける。
「桐生さんには是非とも父が退院してからお食事振る舞いたいと、父も希望してまして是非」
「そんな、そこまでして頂かなくても充分お気持ち頂いてますよ」
「そんな事仰らず是非!しがない個人店ですがうちの父は頑固なフレンチシェフでして父は必ず自分でお礼をすると意気込んでますから」
笑いながら月島さんは言う、おそらく娘さんが止めても曲げないのだろうなと宗馬も笑ってしまう。
「うーんではお言葉に甘えて、まずは退院されてからですね」
「はい是非!…私も本当に感謝してるんです、母は早くに亡くなっていて父と二人で生活する時間が長かったものですから今回の事で頭が真っ白になっちゃいました」
ここまで深い感謝の背景には、月島さんが独りになってしまうかもという不安があったからかと宗馬は悟った。
「母が亡くなった頃はまだ高校生でしたから、父の負担は大きかったと思います。何度か反対されましたけど押し切って父の店手伝う事になりまして、ただもう三十過ぎるのに結婚はー!って言われちゃうんですよね」
「はは、月島さんの気持ちはわかりますよ。僕も四十代入ったのにこないだ実家で良い人居ないのかって詰められましたから」
互いに共通するささやかな悩みに盛り上がり、良いところで今日は解散となった。
食事会のタイミングはまた連絡し合う事を約束し、宗馬は帰宅した。
お礼と言う形ながらプライベートで女性と過ごしたのは久しぶりだったなと、宗馬はらしくない事を考えていた。
――九月に入り夜空をなんとなく眺めて宗馬は呟いた。
「明日が中秋の満月だっけか」
上京してから月は見えにくいものだと感じていたが、今日はよく見える。
どうしても田舎育ちの為か、夜空に慣れてない。
東京の夜空は街が明るすぎるのだ。
そんな事を考えながら、帰宅して改めて満月を迎えようとする月をベランダから眺めまた呟く。
「そろそろ来るのかもな」
思う事は黒一の事であった。
病院で会った時から約一ヶ月は経つ。
今までのスパン的に、一ヶ月おきに訪問があるので近く現れるのだろう。
聞きたい事はあれど言葉がまとまらない。
何を言ってもはぐらかされそうな気がしていた。
(それでも聞かないとな)
宗馬はこの数日、考え込んではまとまらずまた考える。
ずっと繰り返して放心状態である。
「黒一、お前は何者なんだ」
出会った頃から投げ掛けてるものの答えはくれない、しかし癒しを施す存在。
「俺が楽天的な漫画の主人公ならラッキーで受け入れるんだろうな」
少し自分の性格で無いなと自虐し部屋に戻る。
「ん…?なんだ?」
スマホが震えメッセージを受信していた
(月島さんだ…ほう)
送られてきた文面にはお父さんが退院し、リハビリしながらになるが自宅に戻った事と感謝を伝える内容であった。
良かった良かったと宗馬は嬉しく思い、近々またお会いする事になるかと退院祝いの品を検索する。
(社会人になってから本当にプライベートが薄い大人時代だな)
笑ってしまいながら、仕事以外で人に会う事を楽しみにしている自分が居た。
翌日、いつも通りの朝から仕事をこなし退勤をすれば綺麗な満月が浮かんでいた。
なんだか普通の平穏な日を実感するのは、久しぶりな気がする。
大きなトラブルの可能性を示すモヤも無く、夏に続いた不思議体験も無く。
(普通でいい)
そんな事を思い、のんびり出来る時間に身を委ねながらいつもの道を歩いて帰っていく。
自宅近くの細道で宗馬は止まった。
満月の月明かりが淡く照らす先に一人の人が経つ。
辺りには甘い香りが漂う。
艶やかな黒髪に端正な顔立ち、そして珍しい和装。
「恩返しに参りました」
黒一が妖しい笑みを浮かべ宗馬を見つめていた。




