最後の満月
気が付けば二月になり、平穏な日々が続いていた。
会社に居る間はクロが悪さしてないかの心配もあるが、これまで以上にメリハリが付いた生活になっている。
宗馬は充実していた。
どこか流されるまま、過ぎゆくままに月日を消化していただけだった少し前の自分。
劇的に変わったと自身が認めている。
黒一が解放してくれた事に感謝をしながら、一人呟いた。
「次で最後だな…」
もう一度の別れが近い、悲しみの別れでは無いが二度と会える事は無いだろうと感じている。
何故黒一はやってきたのか、謎は解けた。
どうやって人の形を取り、時が経って目の前に現れる事ができたのかは分からない。
だが、もうそれは問題ではなく只受け入れた。
会いに来てくれた、それだけで充分すぎる恩返しだ。
非現実的な事が続いた数ヶ月も終わりが近いと感じている。
どうやら不調や不具合がモヤとなって視える能力も、少しずつ弱まってるようだ。
便利な能力ではあったが、今の自分ならなんとかなると思っている。
迫る最後の満月を指折り数えて、宗馬はその日が来るのを待っていた。
「……今日だな」
宗馬は朝目覚め、側で丸まって眠るクロを撫でた。
ピクリと耳を動かしゆっくり顔を上げ、大きなあくびを見せてくれる。
「今日も宜しくな、夜は大事なお客さん来るから」
そうクロに語りかけベッドから起き上がる。
朝の身支度をして、クロと共に朝食を摂り。
「行ってきます」とクロに告げ家を出る。
「行ってきます」を言い出した最近ではあるが、悪くない気分である。
宗馬には必ず帰るべき場所が出来たのだから。
宗馬は会社に着き、今日の流れを確認。
業務をこなし、アクシデントに対応し、同僚と昼食や談笑をして、また終わりまで業務に励む。
単純な繰り返しだが帰ったらクロが居る、今はそれでモチベーションが違う。
日によって多少の残業は発生するが、忙殺されていた時程じゃない。
人に頼る事も覚えて、背負い続けた日々から抜け出した。
帰り道は暗くなってるが、空の月は綺麗に輝きまん丸い。
今日は満月だ。
自宅に帰ってクロが颯爽と足下へと駆け寄ってくる、身体全体を使って愛情を表現してくれた。
今度ペットカメラでも設置してみようかと検討している。
存分に撫で回してから着替えや入浴、食事を済ませ、その後の時間はクロとまったり遊びながら待つだけだ。
そして、程なくインターホンが鳴る。
ピンポン
もうモニターを確認すらしない。
ただ来た者を迎えるだけだ、宗馬はドアを開けた、
「最後の……恩返しに参りました」
吸い込まれそうな瞳。
整った少し幼さも感じる顔。
綺麗で見惚れるサラサラの黒髪。
落ち着いた柄の薄紫の和装。
嗅いだ者が魅了される甘い香り。
いつもの黒一が「最後の恩返し」に来た。
宗馬は何も言わず部屋に招き入れた。
クロは足下に来て黒一をチェックしていたが、すぐ擦り寄っている。
部屋のソファに腰掛けると黒一は緩やかに横に座った。
そのまま突然腕を絡めてきた。
「最後ですから」
一言そう言って体温を堪能するように、目を閉じ寄り添っている。
宗馬は自然と黒一を更に抱き寄せ頭をゆっくりと撫でた。
一瞬驚いたようだったが、すぐに受け入れ身を委ねている。
ピョンとクロが宗馬の膝に乗って丸まり落ち着いた。
そんな状態で互いに何も言わず時間が経つ。
「……宗馬様は」
しばらくした所で黒一は口を開く。
「宗馬様は恩返し、受け入れてくれましたか?」
黒一の綺麗な瞳が宗馬を見つめる。
返す答えは一つしかなかった。
「人生が救われた、ありがとう」
「……それは良かった」
また黒一は目を閉じて身を委ねる、呼応するように頭を撫でる。
「不思議に思う事はまだまだある」
黒一を撫でながらポツリポツリと宗馬は語った。
「黒一と言う存在や俺の視える能力、神社で会った爺さん、不思議な……現実には考えられない事ばかりだ」
黒一は身動きせずに聞いている。
「でも些細な事だと思ってるし、今ここにクロが居る、それだけで充分だ」
「クロ」を指したのが膝上の猫でなく、自分の事だと理解してくれたのだろう。
見上げられた目には涙が溜まっていた。
「宗馬様、私は尽くせたのですか?」
「黒一のおかげで人生が動き出した、それはあの日クロと出会って別れたからこそだ」
黒一は涙を流しながら再度寄り添ってくる。
黒一は膝上のクロを撫で言った。
「今度はこのクロが宗馬様を支えてくれます」
「ああ、大切にするし共に生きる、最期は笑って見届ける」
「やはり、あなたは優しい人です」
黒一はこれまでで一番の笑顔を見せ、強く抱きついてきた。
「なあ、黒一」
「……なんでしょう?」
「会えなくなっても俺を見てるのか?」
「うふふ、それは神のみぞ知る事でわかりません」
「そうか、神様次第か」
会える事は無くとも黒一と言う存在はあって欲しい、宗馬の我儘だとわかっているが願望はある。
「今度は宗馬様が会いに来て下さい、私はいつもあの場所に居ます」
「そうだな、会いに行くよ」
二人が口を閉じてまた時間が経つ。
そして意を決したように黒一は目の前に立ち上がった。
その目から涙を流しながらふんわりと柔らかく抱きしめられた。
視界を塞がれたまま、最後の言葉を聞いた。
「最後の癒しをお受け下さい……宗馬様、ありがとう」
それが宗馬と黒一、最後の瞬間だった。




