黒一の恩返し
——あれから半年程経った。
相変わらず仕事は忙しいが生活も心身も安定している。
もう、モヤは視えなくなった。
だけど支障は無い、元に戻っただけなのだから。
クロは大きく育ち、やんちゃさが目立ってきてなによりだ。
紫音さんとも仲良くさせて貰っている。
定期的にお店に伺い毎回料理に感動をするし、悟さんの健康状態も会う度に良くなっているのが、目に見えて分かる。
紫音さんとはプライベートで一番お会いする女性だ。
食事や映画等に行くぐらいに仲は進んでいる。
今では月に二〜三度自宅に来てクロと遊ぶ程だ、飼い主より甘えてるのが分かるので嫉妬もあるが。
鈍感な自分にも分かる、お互いに好意を抱いてる事に。
近い内に一歩踏み込むかもしれない、さすがに四十代すぎのオッサンが待ち姿勢はキツいだろう。
それはまたそれで自分らしいのかもしれないが、男として格好は付けたい。
そして満月が何度空に浮かんでも、もう誰もインターホンは鳴らす事は無かった。
日々が充実して、中身がある時間の経ち方に普通の幸せを感じる。
そんな幸せん噛み締めていればあっという間に盆休みになった。
盆休みを利用して宗馬はペットケージを持ち、地元徳島に帰ってきた。
猫神の地、昔はそう祀られていた地域。
特別猫が多い訳じゃないが、昔は違ったのだろうか?
「クロ大丈夫か?」
「ニャ」
夏の暑さに移動もあったので、心配にはなるが元気そうだ。
(あっという間に重くなったな……クロ)
ケージを持つ腕がだるく感じる。
これも幸せのダルさなんだろう。
「ただいま」
「おかえり〜あらーあなたがクロちゃんね〜」
実家に帰るなり母はクロと挨拶をしている。
「おう、宗馬お疲れ様」
「ああただいま、悪いけどクロに水用意してくれるか?」
「ええ!クロちゃん来るって聞いてオヤツも一杯用意したんだから!」
「猫を大切にする地域だからな!」
母はバタバタと用意に向かう、しかし父が気になる事を言った。
「父さん、昔からこの辺りは猫を崇めてるのか?」
「ん?崇めると言うか……そうだな、共生してきたって方がしっくりくるかな?ほら、前に言ったろ?神社で犬や猫祀ってるって」
「ああ、猫神の地なんだろ?」
「なんだそりゃ?そこまで大層なもんは聞いた事無いが、でも昔から猫と生きてきた地域だわな」
父の年代も知らないぐらい古い話なのかと宗馬は思った。
「はいはい、お水よ〜ほら宗馬、居間で出してあげましょう!」
はやく撫でたい姿勢が見える母と父に笑い、実家へと入って行った。
共に帰省をし、両親と挨拶を交わした宗馬とクロは次の目的地に向かっている。
道を歩き、角を曲がり、目の前に建つ神社。
本来の目的地へ辿り着いた。
(流石にペット連れてたら怒られるかな…サッと入ろう)
お参りを済ませて人目を気にしながら、神社敷地内にある木々が植えられてるエリアへ。
その内の一本目当ての神木まで行く。
「久しぶりだなクロ……いや黒一」
地面を撫で呟いた。
少しの間だったが、去年起きた様々な事が浮かぶ。
最後に見せた黒一の顔は泣いていたが、しっかり笑ってた。
「ホッホッホ、久しぶりじゃのお主よ、可愛らしいお客さんまで連れて巫女に怒られるぞい」
いつの間にか真横に立たれていた。
年老いた風格のある神職、宗馬は驚きはしたが恐怖は無かった。
それが人じゃないとしても。
「……見逃して下さい、墓参りなんで」
「ふむ、大丈夫じゃよ。今どう騒いでも誰も来ん、心ゆくまで祈って行け」
神職は不思議な事を言った、そして宗馬は不思議な感覚を覚えた。以前にも感じた外と中が違うような、外界とは切り離されたような神聖な空間に居るような。
「ありがとうございます」
宗馬はなんとなく分かった、神職が何か不思議な事をしたのだろう。不思議な事が何かはわからないけど、それが出来る存在……
「お主達は深い絆で結ばれておる、新しい縁も絡み太くなった、泣き虫だった子供達も大人になったの」
「神職……ずっと見守っていたって前に言いましたよね?」
「ホッホッ、儂は皆を見ておるからの。人も動物も自然もな」
「この子は……俺を見てくれてますか?」
神木の土をなぞり聞いてみた。
「さあのう、お主が道を踏み違えたら怒って化けて出るかものう」
「……じゃあ、大丈夫ですよ」
「なら心配はいらんの、ホッホッホ」
神職は最後にひと笑いして、いつの間にか消えていた。
(……ありがとうございます、猫神様)
宗馬は心で呟き、屈んだ姿勢から立ち上がった。
「また来るよ」
神木の根元に向けてそう告げ帰ろうと振り向いた時だった。
「お待ちしてます」
確かに黒一の声が聞こえた。
振り向いても誰も居ない。
「またな黒一……さ!クロ帰ろうか!」
「ミャ」
もう大丈夫、ありがとう黒一。
宗馬は背筋を伸ばし、クロと共に日常へと帰っていった。
――黒一の恩返し 完




