クロ
宗馬は今日一日をソワソワとしていた、久しぶりに見せた背負い込むスタイルに近い仕事の仕方。
もちろん無理の無い範囲でだが、今日は残業を絶対回避する決意が凄かった。
周囲も何があるんだと宗馬の気迫が伝わり、邪魔はしちゃいけないと周りの士気を知らずに上げている。
「お疲れ様です!」
仕事を終え、宗馬は早足で職場を出て行く。
ポカンと同僚達は見送った。
「なあ、桐生何があった?」
「わかりません、でも今日凄かった、最近凄く感じてたけど特に凄かった……」
宗馬が向かう先は動物病院
瀕死だった子猫を連れ込んだ日から、一週間経っていた。
宗馬はあれから毎日様子を見に来ていた。
獣医から飼うときのポイントやワクチンのタイミング、必要になるアイテム等知識を深め自宅へ迎える日に備えている。
「桐生さん、今日もお疲れ様です」
獣医にはしっかり覚えられており「この子は巡り合わせだったんでしょうね」と言われた。
「先生、あの子の具合はどうですか?」
診てもらった子猫は連れてきた時に、衰弱し危うい状態であった。
一週間様子は見たが獣医の判断待ちであった。
「うん……うん、体力も回復してご飯も食べれてる、病気等も今は大丈夫かな」
「それじゃあ?」
「退院の手続きと引き渡しのご説明準備始めましょうか」
良かった、宗馬の肩の力が抜けた。
子供の時に死に別れとなったクロとは違う結末に安堵した。
獣医からの説明や手続きを終え、翌日迎えに来る手筈に。
命を預かる事の重みはわかるつもりだが、実際に共に暮らした事は無いので緊張はある。
しかし宗馬に後悔は無く、落ち着いていた。
「新しい生活というか家族か、この歳になってとはなぁ」
帰り道、そんな事を呟き夜空を見てハッとする。
(あれ?そういえば…)
思い出したようにスマホのアプリを起動する。
(やっぱり)
宗馬はもう一度空を見上げ浮かぶ丸い月を見た。
「明日は満月か」
黒一が来るはずの満月。
違う猫が居たら嫉妬とかするんだろうか?
そんな事を考える宗馬であった。
「では、桐生さんこの子の事宜しくお願いします」
「はい!またワクチン等でお世話になります」
深々と頭を下げて子猫と目が合う。
新しく用意したペットケージを抱え家路を歩く宗馬。
子猫は持ち運ばれる感覚に慣れてないのか静かで大人しい。
家に着きケージを開放する。
この日の為に必要な物は設置しておいた、後は覚えてくれるかだが……
獣医から聞いたトイレの場所覚えに、病院からもらった匂いが付いた砂を使う。
子猫は突然広くなった空間の匂いを嗅いで、確認しながら恐る恐る歩き回ってる。
「可愛いな」
とてとて歩く姿に思わずニヤける。
(そうだよな、俺が猫嫌いなはずないもんな)
そうこうする内にトイレの場所に辿り着き……
オシッコをしてくれた。
自分の縄張り認定でもあるマーキングで一安心だろう。
後は環境に慣れてくれたら良いのだが、時間が必要だ。
少し気が軽くなりソファに座り込む。
この一週間余り仕事をこなしながら準備したので疲れはあったが、嫌な疲れではなかった。
そんな時、子猫は足下に駆け寄り頭を擦り付けてきてくれた。
「そうか、家族って認めてくれたか」
小さな頭を撫でて膝に乗せていれば、そのまま丸まって落ち着いてしまった。
カラスに襲われた時のモヤはもう見えない。
「お前の名前どうしようかな…」
まだ名前は決まってない、クロとは反対のうっすら茶が混じるが全体白い猫である。
宗馬は名前を考えながら撫で続けて眠ってしまった。
起きれば夕方近くだった。
子猫は膝に居らず、どこ行ったと見回してみたら買い物で使ったビニール袋で遊ぶ姿を見せた。
真剣にガサガサと触っては飛び跳ねてまた突っ込んでいく。
どうやらだいぶ元気になって慣れてきたようだ。
見てて飽きない魅力があり、そばに寄り添うと癒される。
(黒一が癒しを与えるって意味がわかった気がするな)
これまで美しく見え、癒されるのが猫由来だったが故なのかも知れないと納得していた。
「さて、ご飯も食べてくれるか」
子猫用のウェットフードを開けて皿にほぐし入れる
(さて、食べてくれるか……)
目の前に出されたご飯の匂いを嗅いで舐め取り出した、どうやら大丈夫のようだ。
ホッと一息をついて自分もご飯にする。
穏やかな一日を過ごせた気がする。
この子が大きくなりそして亡くなる、それは人と猫の寿命差があるので受け入れている。
猫の病気や自分自身の不調がある時も出てくる、それでも出来る事を最大限にやる覚悟があった。
(もう、俺は大丈夫さ)
二十二時を回る頃だった、インターホンが鳴る。
満月の夜、この時間に一ヶ月に一度現れる女性。
もうモニターを見ずともわかっている。
カチャリとドアを開け迎え入れる。
「黒一」
「あら?どうやら他の子が居るようですね」
玄関を入る前に気付いた黒一はいつもの顔、いつもの和服、いつもの香りを漂わせていた。
「どうぞ」
「ふふ、お邪魔します」
最初に来た時よりもずっと慣れたようなやり取りをしている。
黒一の存在が理解出来て隠れるものが無くなったからだろう。
いつものように部屋へと入る。
しかし、今日からは違う存在が居る。
「こんばんは、どうやら宗馬様に助けられたようですね」
黒一は子猫に近づくと挨拶代わりに手を嗅がせている、挨拶が済んだのだろうか、子猫は黒一に向かい頭を当て擦り付けている。
威嚇したり怯えたりするかと思ったが拍子抜けするぐらいに甘えている。
「不思議に思っておられるようですが、私も同じ存在でしたのでお話が出来るのですよ」
黒一は悪戯っぽく笑った顔を見せた。
本当に話が出来るのか疑問はあるが、黒一の存在を考えれば有り得ない話では無い。
「なあ、黒一」
「なんでしょう?」
「この子の名前、クロにして良いかな」
黒一は少し驚きの表情を見せたが、すぐに上品に可愛らしい笑顔になった。
「宜しいのですか?宗馬様にとっては封印していた記憶でございますよ」
「事故や病気で先に俺が逝かない限り、この子は俺が最期まで側に居る」
ハッキリと言い切った。
「黒一……クロに出来なかった事を今なら出来る、代わりでは無いけどお前にやれなかった事をしてやりたくてな」
黒一は涙を浮かべながら笑顔のまま抱きついてきた。
「宗馬様、貴方は昔も今も変わらず優しいままです」
「気持ちだけじゃ出来ない現実がある、それが大人になって出来るようになっただけだ」
「この子……クロをどうか宜しくお願いしますね」
「ああ、黒一も一緒のつもりさ」
身体を握る力が強まる、黒一はしばらく動かなかった。
少しして黒一は離れて真っ直ぐ見つめながら言った。
「もう、大丈夫ですね」
「もう、大丈夫さ」
「……」
沈黙が訪れ、破ったのは黒一だった。
「次が最後になります」
「ああ」
何故とも聞かず一言で返した。
宗馬はわかっていた、黒一と会えるのはもう数少ないだろう、
そんな宗馬を理解していたのか、黒一も目に焼き付けるよう見つめ言った。
「来月、最後の恩返しに参ります」
ふふっ、と笑い今日は静かに玄関から出て行った。
(もう、癒しも大丈夫さ、俺は幸せものだ黒一)
ありがとうと閉められたドアを眺め呟いた。
足元にはたった今、「クロ」と名を貰った白猫が擦り寄ってニャァと一鳴きしてくれた。




