猫神
宗馬は新幹線を乗り、電車を乗り継ぎ、バスに乗り、歩いてく。
変わらない風景、変わるとすれば季節だろう。
お盆の時ぶりだが、年に二回も実家に帰るなんて何年振りだろうか。
それ程までに気力が漲っている、気持ちは晴れやかに歩を進める。
自分の中で様々区切りが付いたのもあるが、今回の帰省のタイミングが良かったのだ。
「ただいま」
「お帰り宗馬」
「おう、帰ってきたか」
両親に迎えられ実家に帰った。
年を越して正月三日目には帰る予定だが、宗馬は今すぐにでも行きたい場所があり、挨拶もそこそこに「散歩してくる」と外に出る。
盆ぶりで変わらない景色、あの時はわからない事だらけだったが今は違う。
少し歩けば目的の場所、「黒一が眠る神社」に辿り着く。
年末の為なのか?まだ人は居ない、初詣が始まればこんな田舎でも賑わってくるが、なんだか不思議な感覚だった。
まるで自分しか入れないような……
参拝を済ませて子供の頃の記憶を辿り、境内脇の林の方へ。
昔から変わらない神社の敷地にある一本の神木へ辿り着いた。
「盆の時は気付かずにごめんな」
黒一の亡骸を埋めたであろう地面をさすり呟いた。
その時背後から声がした。
「ほっほ、また会えたの」
盆に会ったあの時の神職だ。
「なに、喜んでおるよ」
目を細め神職は神木を見上げながら言う。
「あなたは…いえ、あなたも人ではないのですね」
宗馬はストレートにぶつけた。
あくまで推測だったが、これまでの情報から一番可能性が高く非現実的なモノを導き出していた。
「ふむ、まあそんな些細な事はええじゃろう、その子が喜びお主が前を向けるなら全ては些細な事じゃ」
明らかに黒一……クロを認識し、宗馬の心の変化を知っている。
何者かまでは分からずとも、宗馬の投げかけには答えた。
今更深く知っても神職の言う通り些細な事だ。
「ただ一つ、儂はお前さん達をずっと見ていた、それだけじゃ」
「見ていた?」
「そう、お主達に取っては数十年かの、幼子が幼き猫を連れてきて、この場所で毎日遊びまわる様をの」
「……」
宗馬は言葉に出せなかった、はっきりと思い出したのだ。
強く記憶に残り、表に出て来たのはクロと別れの時だった、しかしその前に築いた信頼関係の時間は、子供心に暖かいものだったと。
「それでも、俺は彼女に恩返しされるような事までしてませんよ」
「そうかのう?恩を感じる幅は人それぞれ……いや、猫それぞれじゃからのう」
「俺は結局子供でした、もっと大人だったら違う結末だったかもしれない」
「じゃがお主は受け入れたんじゃろ?」
「…そのつもりでこれからを生きていきます」
「なら心配等無いの」
ホッホッホと笑う神職はぐるりと敷地内を見渡し、宗馬に聞いた。
「そうそう、お主はこの徳島の地の別名を知っておるかの?」
「別名…?」
「猫神の地じゃよ…」
「猫神の地……」
生まれは徳島だが初耳だ、キョトンとしてしまう宗馬に神職は補足をくれた。
「遥か昔は猫と生きて猫を崇める地方の国じゃった、歴史の中で変わり今や口伝しか残らんのかもの」
「……それでクロは人を形に」
「そうでもないんじゃよ、言ったじゃろう儂はお前達を見ていた、お主達の過ごし別れたのがこの神社だっただけじゃ、徳島は猫神の地だがこの神社は更に動物を祀る所」
そういえば曖昧ながら父が言っていた覚えがある。
「お主はなーんも知らん無垢なまま、助けたあの子も知る良しのない異名。少しでも知ってたら違った結果になったかのうホッホッホ」
「……それは、今みたいに恩返しに来れなかったと言う意味ですか?」
「そうじゃ、お主が無知で無垢な子供だったから壊れた。そしてあろう事か神聖な神木の下へ亡骸を埋める不敬、祟られてもおかしくはなかったの」
宗馬はゾッとした、確かに子供の感情と発想とは言え神聖な場所を勝手に墓にしてる。
これは確かに信心深くなくとも宜しくない。
「だから儂は見守った」
「え?」
「お主は長い時間を独りで耐えた、記憶を封じてまでな」
「……子供が精神を守る為に忘れ去った薄情者ですよ」
「ホッホッホ、だからもうええじゃろう。だからアレはお主の前に現れたんじゃ」
「……クロ」
「気に病むな、お主は神が許した……」
神職は最後にそう言い残して完全に消えてしまった。
消えた先を見つめるが何も気配は無い。
視線を落としクロの眠る地に言う。
「神職の正体は結局わからないが来月教えてくれるかい?」
返事等聞こえるはずもないが「知りたいのですか?」と、屈託なく笑った黒一が見えた気がした。
宗馬は夢を見ていたような気分で境内から抜け出し、実家へと帰っていった。
年が明け、何年振りになるかわからない両親との初詣へ向かっていた。
地域的には過疎化が進んでいるとは聞くが、一箇所に人が集まればそれなりに賑わう。
「さすがに人多いもんだな」
「まあな〜俺達農家もまだまだ多い場所だ、しっかりお願いしときたいのもあるのさ」
農家の父が言うのは説得力がある。
「異常気象が続くからなんとかしてほしいけどな」
父は神様を便利屋と思ってるんだろうか?
「ほらバカ言ってないで順番来たよ」
母に促され初詣を済ませる。
「父さん母さん、ちょっと離れて良い?」
「あん?まあなら先に母さんと帰っとくぞ」
「ああ、すぐ帰る」
年末にもきて新年も来たので、間隔は空いてないが神木の下へと向かう、
やはり敷地内どこも人が居る。
あまり大仰には出来ないが、クロの眠る神木に手を合わせた。
「また来るよ」
宗馬はそう言って実家に帰っていった。
実家では宗馬が母を紫音さんの店、フレンチの名店に連れて行った話で盛り上がった
「なあ母さんと宗馬が言ったフレンチってのは美味いのか?」
「美味いよ、父さんに合うかはわからんけど」
「本当に美味しかったわ〜それにオーナーと娘さんが凄い良い人だったし!」
お節を囲みながら話は紫音さんのフレンチレストランの話へ。
「やっぱり呪文みたいなメニューなのか?」
「いやぁそこは比較的わかりやすくしてくれてて頼みやすいよな?」
「ええそうよ、お魚食べたけど正直びっくりしたわ海の物なら都心よりこっちの方が良いイメージあったもの」
「ほー母さんがそう言うなら相当だったんだなー、宗馬よ父さんも連れて行けよ」
「何かでこっちに父さん来るならな…」
「お父さんも挨拶しにいかなきゃね、なんか宗馬と店の娘さんが良い感じなのよ〜」
「……いや、それはまあわかんないじゃん?」
そんな話をしたり、のんびりしながら正月は過ぎて行った。
帰宅日がやってきた。
「気を付けてな」
「悟さんと紫音さんによろしくね、また帰って来なさいよ」
「ああ、二人も身体に気を付けて、もう歳なんだし」
「ヒョロヒョロのお前よりは健康だよ!」
実家から帰宅の日、両親に見送られ新幹線に乗り込んだ。
しばしの新幹線タイム、早く流れる景色を見ながら年末の事を思い出していた。
明らかになった事は多々あった。
見守られていた事や猫神の地と呼ばれた地元徳島。
しかし、神職が言った「些細な事」で大体は片付いてしまう。
これまで蓋をして、自ら求めず背負うだけ背負い込んでパンクしていたのに、それすら蓋をして生きようとしていた自分に怖さすら感じる。
持てるものに限りはあるのだ。
過去胸が張り裂けそうな悲しみに遭っても、生きる者は生きなきゃいけない。
受け止めて前を向く、些細な事だと割り切るのも良い。
人は何がきっかけで気付くかわからない。
宗馬自身四十代になって非現実的な出来事を受けて初めて気付かされた事だ。
やり直しは効く、だから前を向くだけだと考えた。
今回神社の神木の下だが、墓参りと認識してお参りが出来た、子供時代のトラウマに一区切りした帰省であった。
次の満月には墓参りしたはずの相手が来る……は変な話だなと宗馬は一人笑ってしまった。




