親孝行
「明日十一時には駅に着くからね」
明日は同窓会で近くに来ていた母親が家に来る日だ。
昼休みにスマホを見ると、メッセージが送られてきていた。
なんだかんだ実家に帰ることはあれど、独り暮らしの家に来られた事は無いに等しい。
(上京したての時くらいか)
宗馬は大学卒業して今の会社に入ったが、大学時代から上京していた為、地元よりも今の地域の方が長く住んでいる。
(四十代だしな、人生的には折り返したのかね)
年配まではいかなくとも、若いとまではされない微妙な立ち位置に気付いて少し笑ってしまえる。
ましてそんな自分に、不可思議な出来事が起きてるなんて母親は夢にも思わないだろう。
ふと母親をどこか連れて行ってあげるか、と思った宗馬はすぐに浮かんだお店へ予約を入れておいた。
「もしもし、桐生です——」
翌朝、もう昼前になる。
宗馬は自宅最寄りの駅にて母親を待つ。
時間的にはもう着く頃だが、少し落ち着かない気分ではある。
数分後、改札を通る荷物抱えた母親が目に入った。
「お疲れ、母さん」
「ふーっありがとう宗馬、いややっぱり同窓会でも荷物増えちゃうわね」
お土産だろうか嵩張った紙袋と荷物を持ち運ぶ。
「ありがとう、家はここから近いの?」
「十分ぐらいかな、昨日メッセージ送ったけど時間大丈夫?」
「大丈夫よ、それにしてもどうしたのあんた?お昼良いとこ連れて行くって」
「ん、まあ最近お知り合いになった方のレストランなんだけど美味しかったから良ければと思ってな」
「なんだかあんたも良い歳の取り方してきたわね〜」
揶揄われてるような気もするが、たまにはこんな時間も良いだろうと宗馬は笑っていた。
家に着き荷物を下ろして会話をしていればすぐお昼になる、予約の時間もあるので身軽になった母親と共に再度駅へ向かう。
今回母親は同窓会で都心まで来たが、数十年の変化に驚きっぱなしだったそうだ。
「ほら、実家は田舎風景で何年経っても変わらないから昔を思い出しやすいけどこっちは変化早いからね、忘れちゃう事も多いだろうなって」
忘れちゃう事、まさにその忘れてる事で不思議な体験しているが相談は出来ないなと宗馬は笑った。
目的の店に向かえば数日前の記憶は蘇る。
紫音さん親子にもてなされたと言うのもあるが、単純にレベルの高い店で母を連れて行ってやりたいなという気持ちである。
目的の駅に着き、目的の店の前に来た時、母親は息を漏らした。
「宗馬あんた…凄いお店知ってるのね〜…」
扉の重厚感に店構えで呆気に取られる様、間違いなく親子だなと、自分と同じ反応に笑みが出る。
「ほら、いくよ母さん」
声を掛けて扉を開く。
出迎えてくれたのは上品に柔らかく微笑みながら丁寧にお辞儀をする女性、紫音さんだった。
「桐生様ご来店ありがとうございます、お待ちしておりました」
丁寧に丁寧に、むしろカッコ良さが際立つフロア姿の紫音さんに迎えられ…互いに笑う。
「紫音さん、昨日の今日で突然の予約すみません」
「いいえとんでもない、大事なお客様とお母様にこの店選んで頂いて光栄ですわ」
横で様子を伺っていた母が挨拶に入る。
「宗馬の母です、本当に良い雰囲気のお店で嬉しいわ」
「宗馬さんのお母様!私は月島紫音と申します、どうぞこちらのお席へ」
少しむず痒い。
案内された席に腰掛けメニューを眺めるが、母親は内装に興味津々でゆっくり見渡している。
料理も凄いのだが雰囲気が特別良い店なのだ、照明からBGM、装飾や色合いと高級店ながら落ち着ける雰囲気を創り出している。
母親の反応から、どうやらお店選びのスタートは成功したようだ
良いお店のランチメニューは少し迷う。
どれを選んだとしても当たりだろうから余計に迷う。
母親も同じようで相談してくる。
「どれがオススメなの?」
「いや、俺は前回はコース料理だったから迷ってる」
「あんたそんな良い物食べたの?知らない所で好き勝手してないでしょうね?」
責められて困りそうな事になろうかと言う時、紫音さんがオススメを説明しに来てくれた。
「今日のメニューですと、お肉でしたらこちらのパイ包みフィレステーキが、お魚でしたらこちらの金目鯛の姿蒸しが仕入れ立てでオススメです、シェアもできますのでご参考に」
サラッと説明してくれて助かり、せっかくなのでそれを注文する。
「楽しみね」
「ああ、味は間違いないよ」
「ねえ宗馬」
「何?」
「あんた紫音さんと良い感じなの?」
危うく水を溢しそうになり堪える、いきなり何を言うんだ。
「何驚いてんのよ、何年も女性の縁が無かったのに突然あんなしっかりしてる綺麗な方出て来たら勘繰るわよ」
「そりゃ縁あってお知り合いだけどそう言う縁じゃなきてな…」
「ふーん、まあ良いわ後で紫音さんに聞いて見ましょ」
「勘弁してくれよ…」
結局、根掘り葉掘り聞かれる前に出会いの経緯とこれまでに至る流れを話した。
紫音さんのお父さん、悟さんを助けた事。
日が経ちお礼の為にこの店に招待された事。
快気祝いの贈り物選び中、偶然紫音さんと会い二人で選んだ事。
これらを話しそれ以外は無いと口を閉じた。
「は〜あんた近くに居て良かったわね、軽いとは言え脳梗塞は怖いわよ」
「だと思うよ、でもあれからリハビリして復帰されてるの凄い頑張られたんだと思う」
「いえいえ、私がまた料理出来てるのは間違いなく桐生さんのおかげですよ」
背後から声がして振り向くと、料理のお皿を持った店のオーナー悟さんの姿があった。
「こちら牛フィレ肉のパイ包みでございます、こちらは金目鯛の姿蒸しでございます」
「ありがとうございます月島さんオーナー自ら」
「紫音から桐生さんがお母様と来られると聞いてね、ご挨拶をと」
「宗馬の母でございます、以前に息子が大変良い物をご馳走になったようで」
「オーナーシェフの月島でございます、息子さんの宗馬さんには命を助けて頂き感謝の言葉がありません」
二人揃って深々お辞儀してる中で、宗馬はどうするのが正解かわからずオロオロしていた。
それを紫音さんに離れた所から見られてて笑われた。
「ささ、どうぞ冷めない内にお召し上がり下さい、腕を振いましたので!一度失礼します」
挨拶もそこそこに頂く事にした。
フレンチの技術と言うか、料理の技術と言うものを深くは理解していない。
だが確かに分かるのは「美味いと思わせる作品を安定して出せる」と言う事だろうか。
宗馬は前回もてなしを受けたフレンチのコースに感銘を受けた程だからこそ、母親を連れて来たのだ。
そして今回も感銘を受けている、親子揃って同じ様に。
「うっま…柔らかいし香りが凄い」
「本当に美味しいわね…お魚ふっくらで馴染みない味付けのはずなのに止まらないわ」
コースと違ってランチメニューとして、一皿メニューになる分前回よりボリューミーに感じる。
やはりコースの一皿は種類がある分少なめなんだろうか、ランチメニューは全然違う。
だが、若者がとにかく量を詰めるのとは違い、ゆったり味を楽しめる時間もある。
「大人になった風に見えるかな?」
「息子ながら見えちゃうわね、お昼だけどワイン頂いても良い?」
我慢できないとばかりに紫音さんにオススメワインを聞いている。
結局グラスで赤白一つずつ、名前は聞いてもグレードはわからないが、今の料理に合わせたワインを持って来て貰った。
それがまた料理と調和して満足度を引き上げる。
母の顔を見れば息を吐いて幸せモードだ。
「同窓会は立食パーティだったんだけど昔話がメインだから食べた気してなかったのよ、美味しかったけどね」
母は笑いながら、今回は自身の小中学校合同で人数もいたし、やはり皆変わってるから話メインになってしまうもんだと語る。
「あんたももう少ししたら小中学校辺りから案内来るんじゃない?」
「同窓会ねぇ…」
特に深く友誼を結んだ友はおらず、ふんわりと皆で遊んでいた記憶くらいしかない。
自身の進学上京も珍しい目でみられていた、だから覚えてる名前や顔も怪しい。
「まああんたは状況的に実家側帰って来て、都会の話する事になるんでしょうけどね」
実家は田舎だ、皆家業を継いだり地元で就職したりで皆は近場で会うのが多いだろう。
自分もそんな同窓会があれば実家に戻るんだろうな、宗馬はそう考えていた。
しばらく団欒しながら素晴らしい料理に舌鼓を打って、気付けば食べ終えてしまった。
「お召し上がり頂き嬉しいですわ!もう少しお待ち下さいね」
紫音さんが空の皿を下げまた戻ってきた。
「こちらは自家製ティラミスとコーヒーです、お二人様にサービスとの事でシェフから」
紫音さんは優雅に配膳を行い、宗馬にウィンク一つして持ち場に戻っていく。
何から何まで申し訳ない事だ、帰り際に挨拶しなければ。
お礼を言い軽く雑談して紫音さんが離れた後だった。
「やっぱあんた紫音さんと良い感じよ」
コーヒーを吹きそうになる。
ニコニコと良いもん見たわと言わんばかりの笑顔に、反応が困る。
「ちゃんと年相応の男になっててお母さんは嬉しいわよ」
顔が赤くなってるのはワインのせいじゃないのはわかっている。
「ありがとうね、連れて来てくれて安心したわ」
母親も数年に一度、下手したら数十年ぶりなので息子を心配していたのだろう。
約半年前までは疲れ果ててたが、今この姿を見せれたのは心身が癒されて活力が生まれているからだ、とてもじゃないが疲れ果てていた頃は見せれたもんじゃない。
(黒一にも感謝だな…)
宗馬は劇的に変わり、動き出した黒一との出会いから今までを思い返していた。
オーナーの悟さんが再度テーブルに挨拶しに来てくれた。
「お口に合いましたでしょうか?」
「ええ!とても洗練されたお料理嬉しゅうございました、ありがとうございますご馳走様です」
「ははは、良かった良かった!重ね重ねになりますが今こうやって腕を使い喜んで頂ける事が恩返しになれば幸いです!」
母と悟さんの会話に出た「恩返し」と言う言葉に反応する。
黒一からの恩返しも元になるものがあるはすだが、まだわからない。
紫音さんもやって来て混じり、少し談笑する。
「宗馬さん、今度私とお酒飲みに行きません?」
「良いですね、是非」
「ではまたスケジュール連絡しますね!」
そんなやり取りを聞いていた親達は、微笑みながら何も言わずに見守っていた。
店を出て母は言った。
「良いお店だったわね〜帰ったらもう食べれないのが残念だわ」
「…また来たら良いさ、父さん連れて」
「ふふ、そうね、先にあんたが年末年始実家に帰るのが先だけどね」
「ああ…」
歳を重ねて両親との付き合い方も変わったが、まあ歳相応に取ってる事なんだろう。
母親と二人ゆっくり語りながら自宅へと帰って行った。
——夕刻
「それじゃあ元気でね」
駅で母親を見送っていく、歳の割に若々しい方だと思うがやっぱり子供の頃から考えれば歳取ったなと思ってしまう。
それは向こうもなんだろうが……
改札を抜けて帰る母親の背を見届け、自宅へ帰る途中スマホが震えた。
「お母様と来てくださってありがとうございました!」
紫音さんからのメッセージだった。
(良い人か……縁も掴みに行かなきゃ繋がらないよな)
母からの遠回しにお付き合いしないの?と言った願望は感じるが……
とりあえず今度飲みに行きましょうと返して、夕暮れの空を見ながら家路を歩く。
少し風が冷たい、だが不思議と心は晴れやかで温い。
もうすぐ十二月がやって来ようとしていた。




