紫音の心
——(宗馬さん、行っちゃった)
今の電車を待つ間が長く続いたらなぁ、なんて紫音は思ってしまう。
始まりはお盆前のあの日だった……
父のいつもの帰宅時間は大きく過ぎてた。父から連絡も無いし、こちらからの連絡にも出ない。
本人は言わないが、朝から不調も見受けられた。
店で集中している間は、いつも通り変わらない姿を見せるのに、休憩で間を空けた時にボーっとしていた。
それでもその日を営業やり切り、紫音は家事をする為、先に帰った。
帰宅して、まず亡き母の遺影に手を合わせる。
次に洗濯や料理等の家事に入り、一時間程で父が帰る。そのルーティンだった。
「遅いわね……」
いつもなら夜の晩酌をする時間なのに、父が帰らない。店でアクシデントがあったのだろうか?スマホを見てもメッセージは無いし、電話も出ない。
時間の経過と共に不安が大きくなる。
その時、スマホが鳴る。
知らない番号が表示されている……普段なら出ないが、嫌な予感がした。
「もしもし?」
「月島紫音さんの携帯番号でお間違いないですか?こちら警察です、悟さんについてご連絡があります」
警察?何の事かわからない。
「悟さんが倒れられて、現在市内の病院に搬送中です。すぐに来れますか?」
紫音は頭が真っ白になり、母の遺影を見つめた……
「……」
「あの?もしもし?」
「あ!すみません!父は大丈夫なんですか!?」
少し理解が追いつき声が荒ぶる。
心臓がバクバクする、手足が冷たく冷や汗が止まらない。
「現状我々は搬送されたとこまでとなります、同乗して介抱してくれた男性が居ます、市内病院より改めて連絡が入りますのでスマホを持って病院へお願いします」
「はい!すぐに!」
最低限の荷物だけを持ち、母の遺影に願う。
「父さんを守って!母さん……!」
夜道を走りながら見つけたタクシーに飛び乗る。
病院に急ぎでと伝えて祈る。
「父さん……!」
病院に着いて弾かれるようタクシーから飛び降り、中に入った。
(確か同乗してくれた方が待合室に居るって病院から電話貰ったけど……あ!)
ジッと玄関口を見ている男性が居る。
紫音は近くまで走り。
「あの!お父さんを助けて下さった方ですよね!?本当に!本当にありがとうございます!!」
この人が居なければ、ここに辿り着けない可能性だってあった。感謝してもしきれない。
「ご家族の方ですね?病室はこっちです」
顔色は白くベッドに横たわり、点滴を繋げられている姿に驚愕してしまった。
日中はいつも通りに動けていたのに、何故と言う気持ちで紫音は一杯になってしまう。
泣き崩れそうになる前に男性が言った。
「とりあえず危機は脱したそうです」
「え?」
「さっきお医者さんから、早い発見だったので大事に至らずに済んだと説明がありました」
紫音は全身の力が抜けた。
「良かったぁ……」
「いきなりで大変かと思いますが、どうか気をしっかり」
「うぅ……ありがとうございます、はっ!すみません見ず知らずの私の家族にここまで居て下さって!」
少し冷静さを取り戻し、たまたま居合わせた男性を拘束し続けたことに気付く。
紫音は何度も頭を下げて、男性に後は引き継ぐ旨を伝え帰宅して貰った。
失敗したと思ったのは、名前や連絡先を聞かなかった事だった。そこまでの余裕はまだ無かったのだ。
紫音は店の休業対応や、父の見舞いに入院準備をこなして、事件性は無いが念の為との事で、警察のヒアリングも受けた。
父が倒れてすぐは頭が一杯のまま、忙しなく動き回ったが父の意識が戻った時、全ての力が抜けた事を覚えてる。
病院と警察から助けてくれた男性の名前と連絡先、住所を聞けてすぐにお礼を言いたかった。
だが時期的にはお盆に入り、いきなり電話するのも迷惑かもしれないと手紙を書いた。
できれば直接会ってお礼がしたかった。
紫音はお盆の間で父の回復を見続け、手に麻痺があると聞いて落ち込みはしたが、処置が早く出来た為にごく軽い状態でリハビリでカバー出来ると聞いて安心した。
「父さん、もう我慢しちゃ駄目よ?」
「あぁ、すまんな心配掛けちまった」
麻痺のせいか少し呂律が回らないものの、言葉が交わせる。
もしかしたら、このやりとりが出来なくなっていたかも知れない。そう考えると本当に助けてくれた男性、桐生さんに感謝しかない。
そして、お盆が終わり九月になる頃メッセージを受信した。
あらかじめ登録しておいた桐生さんからだった、文面を見て父を気遣い自分の心配もしてくれている。
優しい人に助けられたんだと実感をする。
直接でお礼を言いたいと半ばゴリ押しに近い形で、約束を取り付けた。
カラン
待ち合わせに指定された喫茶店に入る。
利用客の中でこちらを見て手を上げる男性が居た。
病院で会ったきりだが、間違いなく桐生さんだ。
「すいませんお待たせして!」
「いえいえ来たとこですよ、お座り下さい」
初めて会った時はパニックに近かったので「男性」としか見えてなかったが、席に促す動作や話し方や雰囲気と優しい人なんだと、改めて実感した。
そこからは現在の父の回復状況や自分と父からの、店でお礼を是非させて欲しい旨を伝える。
父の希望であったが自分の希望もあった。
桐生さんがあの場に居なかったらと思うとゾッとする。出来る限りの恩返しがしたかった。
店のお礼で桐生さんは、少し躊躇いがあったようだが意を汲んで了承してくれた。
きっと、「お礼なんてそんな」と言った気持ちだろうがそうはいかない。
約束を取り付けて、雑談していく。
聞けば聞くほど仕事に振り回されてきたのだなと、感じた。てっきり既婚者だと思っていたからだ。
優しい性格だからこそ責任感で引き受けてしまうのだろう、なんだか父に似ている。
ひとしきり話をした後に、また連絡をする事で解散となった。
二回目に会った時は同じ喫茶店、十月が迫るも残暑感じる日だった。
この時には父の退院もあり、リハビリも進んで店の再開が決まっていた。
桐生さんとのスケジュール合わせで十月に招待が決まり、純粋に嬉しかった。やっとお礼が出来ると。
紫音含む店の全員が望んでいたのだ、「オーナーを助けた方に恩返しを」と。
今回の事で、父の人望も厚いと再認識できた。
起きた病気は仕方ないが、取り返しの付くラインで留め多くの事を学べた。
目の前の桐生さんのおかげである。
いつしか、紫音は宗馬を素敵な人として惹かれ出していた。
桐生さん招待当日。
夕方〜夜に掛けてだが、その前にと百貨店に出向いた。
目的は快気祝いにと、父へ何か贈り物がしたかったのだ。ただ、悩んでしまう。決め手が見つからない。
お酒はもちろんダメ、父の味の好みは知っているが塩分濃いのもダメ、飲食物がダメなら何か小物とかだろうが店に籠る癖がある父だと眠らせてしまう可能性も。
意外な難題に頭を捻っていた時だった。
「チリン」
(鈴……?)
どこからか鈴の音が聞こえた、人でざわめく中にしてはハッキリと自分に向けてのように。
一度気になったら次も意識を持ってかれる。
「チリン」
「……あら?」
人や店に混じりながら、そこだけ浮き出たような和装の女の子が見えた気がした。
あまりに不思議なオーラと珍しい和装、紫音は妙に気になり視線で追いかけた。
その時だった、女の子が見えなくなった所に何度か見た男性が居た。
「桐生さん?」
「え?月島さん?」
何故ここに桐生さんが?そもそも出会えたのが奇跡的な程、人が居て階層も広さもある場所だ。
お互いに驚きの顔で固まる、そしてなんだか笑ってしまった。
聞けば桐生さんも紫音と同じ考えで、快気祝いを探しに来ていたらしい。
(本当に優しい人……)
一匹狼のようで他者への想いを静かに形にしようとする、しかも見返りなんか考えてないだろう。
こうなればと流れで贈り物を一緒に選ぶ事に。
快気祝いとは言え、男性と二人で父の為にとは少し緊張感がある。
そんな中で入った革細工の店。
自分では候補にならなかっただろう、男性からの目線に助けられる。
どの品物も高級感がある。
桐生さんも値段が高すぎると、父を萎縮させてしまい釣り合いが取れないかと悩んでいるようだ。
ならばと自然に口から出た。
「なら、二人からにしません?」
「え?」
自分でも大胆な言葉だったと、後から気付くが桐生さんは乗ってくれた。
尊重してくれたのだろう、受け入れられた時に嬉しさが込み上げた。
(本当に素敵な人だ)
二人で選ぶ時間が楽しい。
一生物の革財布を選べた。
父は喜ぶだろうか?
この後に桐生さんが来店される。
緊張する。
様々な想いが巡る。
(父を救ってくれてありがとうございます)
心の中でもう一度桐生さんに、お礼を述べた。
その場は一度解散をして、互いの準備で別れる。
少し寂しかった。
すぐ会うと言うのに……
紫音はクスリと笑って宗馬を迎える準備をしに、店へと向かっていった。




