意識
フレンチフルコースなんて、人生に縁のない宗馬だった。
最後のメインまで感謝の念すら浮かべて食べ終える。
最後の一口を頂き「ご馳走様でした」に対して、月島親子は「ありがとうございました」とまで返してくる。
本当に良いのだろうか。
「コーヒー頼むよ〜」
月島さんのお父さんは、中のチーフに声を掛けた。
三人分のコーヒーが運ばれるついでに、チーフからも「オーナーを助けて貰ってありがとうございます!ごゆっくりどうぞ!」
元気な若そうなチーフシェフだが、オーナーへの敬意を感じる。慕われているのだろう。
コーヒーを置いて去る後ろ姿をオーナーは優しい目で見つめている。
食後のコーヒーを囲みながら、月島さん親子と改めてテーブルを囲む。
「アイツにもスタッフ皆にも長い間迷惑掛けちまった」
遠くを見ながらオーナーとしての責任を感じているようだ。
「もう、父さんいつまで凹んでるのよ。皆喜んだのよ?復帰出来るぐらいに回復したって」
月島さんはパンパン背を叩く。
(良い家族、店だなぁ)
宗馬は心から思った。
味わった事ない料理と、良い経験をさせてもらった事に夢見心地でいるが、出すならここだろうと月島さんとアイコンタクトを取り、席下にあった荷物を取る。
「月島さんのお父様」
「悟で結構ですよ、是非そう呼んで下さい。」
「では……悟さん、快気おめでとうございます!こちらささやかですが快気復帰のお祝いと言う事で!」
悟さんは突然宗馬から伸ばされた手の物を見て、目がまんまるになる。
「私と桐生さんで選んだの、二人からって事で受け取って欲しいな」
「え……?え?え?」
悟さんは困惑しながら受け取り、見ても良いのか?と目で紫音さんに訊ねる。
もちろん、月島さんはそう目で返す。
言葉の要らない、信頼し合う父娘らしいやり取りだ。
丁寧にラッピングを取り、中の箱を開け、包装された袋を開けていけば中身が見えてきた。
渋く赤み掛かる、茶色の長方形の革製品が、お目見えとなる。
「これは…財布?しかもこれ……本革じゃないか?」
「お父さんがその革財布を長く育てるように、育てる身体が長くいつまでも元気で入れるようにね」
「革は手入れも必要ですが手を掛けて身に付けると年単位でその人のカラーが出ると聞きます、是非悟さんに育てて頂ければと」
二人で想いを伝えている最中、本日の料理と配膳の補助を担当してたチーフ、ウェイターも近くに来ていた。そして、自然と拍手が起こる。
悟さんは涙を流しだした。
「ううっ…桐生さんに助けて頂いただけじゃなく、こんな素敵な物まで…紫音も皆も心配かけたな、ありがとう」
紫音さんと目を合わせて、成功したなとアイコンタクトを取り互いに笑う。
「桐生さん、私がお返しするつもりが貰ってばかりで本当に本当に申し訳ない」
悟さんが深々頭を下げるものだから、宗馬は慌てながら恩返しをしっかり受け取った旨を伝える。
「いえいえ!快気されたからこそ、僕に今日素晴らしい料理に体験させて頂いて……感謝はこちらのものですよ」
宗馬も深々と頭を下げる。
「桐生さんには親子共々、大変お世話になり感謝の言葉がありませんわ」
月島さんも目に涙を溜めて頭を下げる。
間を置いて悟さんが語りだした。
「……あの頃、頭の痛みは感じながら我慢して、仕事ばかり優先していました、あの日桐生さんに助けて頂いてなければ、この世に紫音を一人にしてしまったかもしれないし、この店も無くなった事でしょう」
仕事にだけ打ち込んできたツケがきた、そう悟さんは語る。
「今回の事で色々と決心も付きました、今キッチンにいるチーフはまだまだ修行中ですが後進を育てる事、紫音もまたこの店に深く関わってくれる事、大きな転換期のきっかけになったと思います」
宗馬にも刺さる部分があった、仕事に打ち込み長年一人でやってきたから知らない事、気付かなかった事を知ってきた。
「桐生さん、重ね重ねありがとうございます、この革も育てこの先へと繋げて参ります」
「父とまた働ける事を大事に致しますね」
何度目になるかわからぬぐらい、頭を下げられる。さすがにもう、どう反応して良いかわからないまま宗馬もひたすら頭を下げていた。
その後、お店の事や悟さん、紫音さん、宗馬の事を談笑していれば時間も良い時間となり、別れの時間となる。
「素晴らしく美味しい料理感動しました!ご馳走様でした!」
「お気に召して頂き、この腕を振るえて良かったです、紫音!駅までお送りしなさい」
「勿論、最後までエスコートさせて頂きますよ!」
「また良ければお店来させていただきます」
「是非!あ、名刺をお渡ししておきます、紫音は連絡取り合ってるんだな?」
「ええ、だからまたお誘い致しますね」
「ありがとうございます紫音さん、今度お茶でもしましょう」
「是非!この辺りはテナント多く父の店以外にも良い店ありますので紹介しますよ」
「まあウチが一番だがな」
「もうお父さんたら!」
三人でひと笑いして解散となった。
帰り道、見送ってくれる紫音さんと話しつつゆっくり歩く。
「今日はありがとうございました、父はリハビリの辛さに落ち込んでたのです。ですが久しぶりに楽しんで料理をして、あんなに笑う父が見れました」
「悟さんの動きは見ていましたが、倒れたとは思えない元気さで安心しましたよ」
「あの、聞いて良いか迷うのですが桐生さんのご両親は……?」
紫音は恐る恐る聞いてくる、こればかりは自身の母を亡くされている経験からのものだろう。
「うちは徳島で農家やってるんで、歳はいきましたが身体は強いですね〜今の所ピンピンしてます」
「ほっ、良かったです」
「でも紫音さんの立場になったらパニックになるでしょう、やはり親ですもの」
自身の両親が脳梗塞で倒れる、考えたくはないが人間何があるかはわからない。
しかし怯えてるだけでは生きていけない事実もある。
少し思っていると、紫音さんが何か言いたげに見つめてくる。
「どうされました?」
「あ!いや…桐生さんが私を紫音と呼んでくれるようになって嬉しいなと」
そう言えばいつの間にか自然と呼んでいた。
店で悟さんが居たので、苗字より名前の方が話しやすかったからだが。
「……わたしも宗馬さんとお呼びして良いですか?」
少し驚きはあったが、特に拒む事もない。
「あ、勿論好きにお呼び下さい!僕だけ馴れ馴れしく下の名前で呼んでて申し訳ない!」
「うふふ、そんな謝らなくても、宗馬さんこれからも仲良くして下さい」
ふわっとした笑顔で言われ時が止まる、綺麗な笑い方をする。
「是非、宜しくお願いします」
互いの名呼びに発展して、今度はお茶しにいきましょうと次を計画し駅前で解散をした。
女性との交友経験が無いわけじゃないが、もう遠い記憶である。
少し引き出しの無さに情けなさを感じながら、これから頑張ろうと駅のホームへ入って行った。
改札を挟んで紫音さんと手を振り合いながら、電車の来る僅かな時間はお互いしか見えていなかった……




