第3話 ~決別と新たな門出~
「星月さんはどうやって旅をしてきたんですか? 魔物とか……」
私は至極真っ当な疑問をぶつけた。
「医者はな、やらしい話、儲かるんじゃ。通貨が同じ所から買い物しとった」
星月さんは顎を擦る。
「魔物はのぉ、わしは剣術の心得があるからなんとかなるかと思っとったんじゃが……」
「じゃが?」
「何故かわし、魔物に襲われんくて」
魔物に襲われない? 呪いと何か関係があったりするのだろうか……。
「季行の事はちゃんと守るから安心せえ!」
「は、はい」
なんだかドキドキする……。なんだろう、この気持ち……。
「さて」
星月さんは立ち上がる。
「親御さんに季行を貰う話をつけんとな」
胸に重りを入れられたかの様に気分が沈む。
そんな私を見て星月さんは頭をぽんぽんと撫でる様に叩く。
「きっちり貰い受けるから心配せんでええ。けど……」
星月さんは私と目線を合わせて言う。
「もうここには戻って来れんかもしれないが、それでもええか?」
こんなところに未練も何も無い。私は告げる。
「はい」
「ここがお前さんの家か」
近づく度に重くなる足取り。星月さんは安心させる様に私の手を取って歩いてくれた。
私はそれに応えたい。家の鍵を取り出して……扉を開けた。
「ただいま……」
シーン。
「ただいま!」
シーン。
……わかっている、いつもの事だ。なのにどうしようもなく……。
「すいませーん! 天川 星月という者ですけどー!」
私は星月さんの突然の大声にびっくりした。リビングからお母さんが出てくる。
「どちら様でしょうか?」
にこにこにこにこ笑顔で。お母さんは外面だけは良い。だから誰も私の苦悩に気づかない。
「羨ましい」「良いお母さんじゃん」「あなたがわがままなだけでしょ」。ずくずくずくずく……お母さんが笑う度に心が荒む。
「こちらのお嬢さん、季行さんを貰い受けようと思いまして」
星月さんはにっこり笑う。
お母さんは一瞬目を丸くしたが、すぐに笑って私の手を引っ張った。
「何すっ……!」
「うちの子が何か変な事言ったんですかね? ご迷惑おかけしてすみませ~ん」
もう一度言おう。お母さんは外面だけは良い。なので、世間のレールから反れる事、例外なんてものは許さない。つまり世間体をとにかく気にする。私の気持ちなんてお構い無しに。だから私の不登校についても毎日激しく怒鳴られる。泣こうが喚こうがお母さんの気分には関係ないのだ。
最近は怒る以外に私に無関心だ。なのに執着する。意味がわからないが、これが親というものなのだろう。
「嫌だっ……!」
「他所様を困らせちゃダメでしょ?」
その時。
「あら? 何か?」
星月さんが私を引っ張るお母さんの手首を掴んだ。
「ご母堂様、あなたは季行さんの呪いについてどうお思いで?」
お母さんは甲高い声を上げる。
「あ~あ! 季行ったらまーた嘘ついて! そんな事しても学校休ませ……」
そこまで言った時、お母さんの手が私から離れた。
「あの、痛いんですけど」
星月さんが手に力を込めたのだとわかった。
「よくわかりました。あなたの側に季行さんは置いておけない」
「は?」
「季行さんは連れていきますね」
星月さんは「行くぞ」と声をかけて手を引く。
「待ちなさいよ!! そんな事許されると思ってるの!? 季行は私の娘よ!!」
星月さんは冷ややかな目でお母さんを見る。
「その季行にあなたは何をした?」
お母さんは怯む。
「ご飯を作ってあげて、家もあって、物だって買って……私は立派に……」
「『人はパンのみに生きるにあらず』」
なんだっけ、有名な、神様の……。
「……」
私は黙って家の鍵をお母さんに向かって放り投げた。
もう帰ってくる事はないよ。バイバイ、くそばばあ。
私は星月さんの手を取って玄関の扉を閉めた。それは、決別だった。私の中で大きく何かが変わった気がした。
それから、なるたけ早く旅の準備を整えて、私達は安全地帯と危険地帯をぐるりと隔てる大きなフェンスの前に来た。
「嫌な思いをさせたの」
「え、生理がまだきてない事ですか?」
「いや、それじゃなくて……」
「お母さんの?」
「まあ……」
星月さんは優しい。
「むしろすっきりしました」
私は笑顔で言う。星月さんは目を丸くする。そして笑った。
「うむ、お前さんには笑顔が似合う」
ドキリとした。まただ。私はこの感情に名前を付けられずにいた。
誤魔化す様に星月さんに尋ねる。
「そういえば星月さんって何歳なんですか?」
「お? えー、年取ると数えるのも忘れるからの」
星月さんは指折り、ひーふーみーと呟き答えを導き出した。
「八十六」
「……元気ですね」
星月さんはからからと笑う。
「かっかっか! 元気なのが取り柄じゃ! そういう季行はいくつじゃ?」
「十二歳です」
「孫……いや、曾孫じゃの」
何故か胸がズキリと痛んだ。
「では、わしらの新たな門出じゃ!」
でも、ワクワクするから。
「しゅっぱーつ!」
「おー!」
共に拳を上げて、今は笑いあった。




