第2話 ~名前も思い出せない誰か~
「魔物ってさ、怖くなぁい?」
歩きながらちおちゃんは私に問いかける。心配してくれているのだろう。でも……。
「なんだか私も魔物に襲われない気がして」
「なんで?」
「なんでだろう……」
それは一番私が聞きたい。
「ま、危険が無いに越したことはないわ」
「うん」
しばらく歩くとまたちおちゃんが口を開く。
「ねえ」
「なあに?」
「もし呪いの発作が出たらアタシにキスされる気はある?」
「……」
黙る私に、ちおちゃんは「そーよねー」と唸る。
「……私、好きな人がいる気がするの」
「気がする?」
「よく……思い出せなくて……」
「記憶障害か何か?」
「わかんない……」
頭にモヤがかかったみたいで。
「じゃ、なおさら嫌よねー」
ちおちゃんはまた唸る。
「でも、その人は『人工呼吸』みたいなものだ、って言ってた。キスにカウントされないって」
「アタシにキスされてもいいって事?」
「たぶんそう。それに」
「それに?」
「ちおちゃんならなんか嫌じゃない」
ちおちゃんは目を丸くする。
「アンタ言うじゃない」
私達は笑いあった。
「あー疲れたー」
夕方になって私達は森に腰を落ち着ける事にした。ここも……なんだか見た事がある気がする。
「今日のご飯は手抜き! いちごジャムとたまご、どっちが良い?」
前はたまごドッグを食べた。だから『今回』は……。
「いちごジャム」
「ほーい」
ちおちゃんはリュックからスーパーのいちごジャムサンドを出して渡してくれた。
包装を破って中身を取り出す。一口かじると、いちごジャムの甘さが疲れた体に染みた。
何か話したいな。そう思ってちおちゃんに聞いた。
「ちおちゃんの事、何か聞かせて」
「アタシの事? そおねえ……」
ちおちゃんは少し考えてから言った。
「二十六歳、前職バーテンダー。お酒はまだ早いけど、ジュースなら作ってあげられる」
「ミックスジュースとか作れるの?」
「きゆちゃんミックスジュース好き?」
「うん!」
ちおちゃんはにっこり笑って言う。
「今度作ってあげる」
「やった!」
「ふふ……こうしてみると、きゆちゃんもまだまだ子供ね~」
私はむーとむくれる。
「子供は子供扱いされると怒るの」
「そーいうところは大人!」
ちおちゃんは、あっはと笑った。
「あとはそーね、なんでオネエやってんの? って気にならない?」
気になる……けど聞いていいものなのか……。
私が悩んでいるとちおちゃんはからから笑う。
「そうたいそうな事じゃないわよ! なんかね……小さい頃からこれが自分、って感じがしたの。ただそれだけ」
それだけ。でもそれだけの事だろうと困難はついてくるだろう。
「嫌な事、言われなかった?」
「言われた言われた! 家族、同級生、教師、みーんなアタシを異常者扱い! だからそんな奴らこっちから縁切ってやったわ」
ちおちゃんは私に優しく微笑みかける。
「でも、きゆちゃんは言わなかった」
「え……」
ドキン……。
「だからアタシ、きゆちゃん好きよ!」
「あ、あ、ありがとう……」
私は下を向く。
「どしたの?」
「な、なんでもない……」
ちおちゃんにときめいた心は、嬉しさと、名前も思い出せない誰かへの罪悪感でぐちゃぐちゃした。
「ふぁ~あ。きゆちゃん、寝よっか~」
「うん、そうす……」
ドクン。
「あ……」
「きゆちゃん?」
ドクンドクン。
心臓が脈打って痛みが走る。呪いの発作だ。
「あ……ぐ……あ……」
「きゆちゃん!」
ちおちゃんはすぐさま体を折り曲げた私の頬を掴んでキスをした。
痛みは治まった。けど……。
「きゆちゃん……?」
「あ……ごめんなさい……ごめんなさい……」
私の目からは涙が零れた。
名前も思い出せない誰か。私はあなたに恋をしたのに。
ちおちゃん。嘘ついてごめんなさい。やっぱり駄目だった。
ちおちゃんはただ黙って私を優しく抱き締めた。私はわんわん泣いた。誰かの胸で泣くのは二回目だ。
「落ち着いた?」
ちおちゃんの言葉に私はうなずく。
「お水飲む?」
こくり。
ちおちゃんは水筒を出して私にお水をくれた。私はごくごくと飲み干す。
「ごめんね」
ちおちゃんは悲しそうに謝る。
「なんで……? なんでちおちゃんが謝るの……? 悪いのは……」
私、と言おうとしたらちおちゃんは私の唇に人差し指を当てて閉ざした。
「きゆちゃんは悪くない」
でも……!
「あのね、恋する乙女は複雑なの」
……そうだね。
「だから、今後アタシがきゆちゃんにキスしたら……」
したら……?
「おもいっきり殴んなさい!」
……。??
「そしたら示しがつくわ!」
ちおちゃんって案外男らしい……。
ちおちゃんは、私が深く悩んでも、ぱっとそれを取り払ってくれる。悩んでるのが馬鹿らしくなるくらいに。
私は口を塞ぐちおちゃんの指をそっと手でどかした。
「私、ちおちゃんの事殴らない」
「殴りなさいよ」
「その代わり……」
「?」
「おもいっきり泣いていい?」
ちおちゃんは呆れた様に笑う。
「そっちの方がきついわよ……」
「ごめんね」
「もう……」
こうして、ちおちゃんと私のおかしな同盟が組まれた。
これからの旅はどんなものになるのだろう。名前も思い出せない誰かさん、あなたはどう思うかな。




