表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉蘭花伝  作者: いろは
PR
26/29

暁に咲く 四

「文昌が探してたよ」


 子怜が告げると、浅黒い顔が笑みの形にゆがんだ。


「わたしは会いたくないんだけどなあ」


 その気持ちはよくわかった。


「怒ってた」

「だろうね」

「ものすごく」


 ──見くびられたものですね。


 そう文昌がつぶやいていたのは、伯英が城をつ直前の、ごく短い打ち合わせの場でのことだ。


 伯英どのさえいなければ、この城は簡単にちると思われているわけですか、と。


 めずらしく笑みなどたたえていた文昌を、伯英はうすら寒そうな顔で眺めていた。あいつにはしばらく近寄らないほうがいいぞ、とわざわざ子怜に耳打ちしてきたほどだ。その忠告にしたがって望楼に避難していたのに、あちらからやって来られたときは内心首をすくめたものである。


「はじめから、全部お見通しだった?」


 朱圭に問われて、子怜は首を横にふった。


「はっきりしたのは昨日」


 それまでは、ただ変だなと思っていただけだ。暇さえあれば王家軍の兵営をうろついて、誰彼かまわず話しかける。陽気でにぎやかで、少しばかりうっとおしい。だが放っておいても害はない。そう皆に思わせる男。


 そんな男を、あのひと変だね、と子怜は評した。養い子の感想を聞いた伯英は、そいつは同感だが、と前置きした上で尋ねてきた。なんでそう思う、と。べつにたいした理由はなかった。


 ──いつも数えてるもの。


 へらりとした笑みをたたえながら、愛想のよい言葉をふりまきながら、その目は常に、何かを数えているように見えた。


 厨房に積み上げられた米穀の俵を。ひっくり返した塩壺を持って入り込んだ倉庫の塩袋を。王家軍の隆盛ぶりを得々と語る古参兵が披露した武器庫の弓矢を。厩舎につながれた軍馬を。それから、おそらく己の歩数も。


 この男の歩幅は常に一定だった。一人のときも、誰かと連れ立っているときも。同じ歩幅で、歩んだ長さを測っているように見えた。瑯の城壁の四辺を。城門の幅を。そこから兵営までの距離を。


 変だと思った。知りたいなら訊けばいいのに、と。いちいち自身で測らなくても、伯英なり文昌なり、あるいはあの、いつか銅銭を握らせてくれた県丞にでも尋ねればいい。この城を丸裸にする、ありとあらゆる数を教えてくれと。


 子怜がそう説明すると、伯英はかるく目を見張り、それから苦い笑みをたたえて「そいつは難しいな」と返した。


「なんで」

「ひとにものを尋ねるときは、理由も必要だからさ」

「理由?」

「なんでそんなことが知りたいかってことだよ。訊かれたほうは、それこそなぜと思うだろ」

「じゃあ言えばいい」


 そうだな、と伯英はまた笑った。言える理由ならな、と。鋭さをひと匙含んだ笑みをひらめかせ、いまの話は誰にも言うんじゃないぞと伯英はささやいた。


 嚇玄という賊将が城攻めを得手とするという話を聞いたのは、その少し後のことだ。どんなに守りのかたい城も、嚇玄の軍の前では易々とその門を開いてしまう。あたかも城の弱点をことごとく見抜いているかのように。その城のすべてを掌に載せているかのように。


 養い親の言いつけどおり、ささやかな疑念をそれきり胸にしまっていた子怜だったが、昨日の軍議の席で、ああそうかと思った。嚇玄の軍が河から攻めてくるのではという予測を、朱圭は最後まで示さなかった。だから、確信した。


 この男、あちら側の人間かと。


「ぼくが考えつくことに、あなたが気づかないわけないもの」

「ほめられている気がしないね。それで? むこうの船をお相手する策を考えたのも、きみかい」

「それは伯英」


 敵船を阻むため江夏城の船を燃やすという戦法に、子怜はむしろ反対だった。


 江夏の船を焼いたら常陽へ渡る手段がなくなるではないか。そう訴えたが、養い親はとりあってくれなかった。あんまり欲をかくもんじゃない、と笑うばかりで。


 欲張りなのはどっちだと、子怜は思う。尭谷へ向かうと見せかけて途中で軍を返した伯英は、夜明けとともにこの城へもどってきた。その目的はただひとつ。


「嚇玄の首は、ここでとるって」

「とれないよ」


 さらりと朱圭は否定した。とれはしまい、でも、とらせてなるものか、でもない。ただ当たり前の事実を述べるように。


「あの男は、もう死んでいるから」



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ