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玉蘭花伝  作者: いろは
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暁に咲く 三

 ──なぜ、


 全身を焦燥に焼かれつつ、先ほどからその問いだけが頭の中を駆けめぐっていた。


 なぜだ。なぜ、こんなことになった。


 手抜かりなどなかった。すべてが順調だった。あの男も、じつによく踊ってくれた。


 なのに、なぜ。


 捕らえられたのは昨夜のことだ。背後から頭を殴られ、意識を手放した。次に目覚めたとき、手足を縛られて物置のようなところに転がされていた。


 袖の縫い目に隠しておいた薄刃で縄を切り、ついでに見張りの兵の喉笛も裂いて外に出ると、甲高い鐘の音が響きわたった。


 まばゆい朝日とあいまって、耳障りなその音は、ずきずきと痛む頭に追い討ちをかけてくる。後頭部に手をやれば、見事なこぶができていた。まったく、遠慮なくやってくれたものだ。


 鐘の音に重なって複数の足音が近づいてくる。とっさに物陰に身を隠したところで、武装した兵の一団が走り過ぎていった。慌ただしくも整然としたその足どりに、胸に苦いものがじわりと広がっていく。


 負けた。疑う余地もない、まったき敗北だった。


 いつしか鐘の音はやんでいた。かわりに聞こえてきたのは遠い喚声。悲鳴と怒号。馬のいななきと剣戟の響き。戦の音だ。そのすべてに、風のうなりが重なる。血臭をはらんだ暁風が。


 よろしい、と胸のうちでうなずいた。


 今回は負けた。完敗だ。ならば、次にやることは決まっている。なんとしてでもこの城から逃げおおせること。疑問も悔恨も、しばらくは封じておこう。命さえつながれば、再起の道は必ずある。


 心を決め、ひそんでいた物陰から歩み出たときだった。


「──朱圭」


 背中で細い声がした。


 立ち止まり、深く息を吸って吐く。驚きよりも、納得がまさっていた。


 そうか、と。そういうことか。


「……きみか」


 ふりむいた先に、一人の少年がたたずんでいた。その玲瓏たる面差しには、常のごとく一片の感情も浮かんでいなかった。



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