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玉蘭花伝  作者: いろは
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暁に咲く 二

 甲高い鐘の音を遠くに聞きながら、船団の指揮官は早くも勝利を確信していた。


 いまこのとき、江夏城を守るは主力を欠いた烏合の衆と聞いている。兵力差に加え、河から攻めるという戦法は、完全に敵の意表をついたはず。狂ったように打ち鳴らされる鐘が、城内の混乱ぶりを物語っているようだった。


 灰色の城壁がせまる。岸辺には、江夏城の持ち物とおぼしき大型の船が三十隻ばかり並んでいた。噂に名高い王家軍とやらは、あれに乗って璃江をわたり、常陽へ攻め入るつもりだったのだろう。だが、その機会は永遠に訪れまい。


 ほくそ笑んだところで、指揮官はふと眉をひそめた。


 河岸に面した城門から、十名ほどの兵が走り出てきたのだ。その手には、火のついた松明がにぎられている。


 すでに夜は明けたというのに、といぶかしんだ次の瞬間、雷に打たれたような衝撃が身に走った。


「──とめろ!」


 絶叫は、熱風にかき消された。


 眼前に、炎の壁が出現していた。岸辺につながれていた船が、一斉に炎を吹き上げたのだった。


 おそらく船にはあらかじめ油でも仕込まれていたのだろう。そこに先ほどの兵が火をかけたのだ。轟々と燃えさかる火柱に、船団は自ら突き進んでいく形となった。


「とまれ! いや、もどせ! 船をもどせ!!」


 命じられるまでもなく、各船は必死に向きを変えようとするも、密集した陣形が災いして思うように動けない。さらに後続の船にも押し出され、不運な船はひとつ、またひとつと炎にからめとられていく。


 頃合いを見計らったように、城壁の上から矢が射かけられた。数百、数千の矢が死の雨となって江上に降りそそぐ。各処で悲鳴と叫声がはじけ、水面はたちまち赤く染まった。朝陽と炎と、血のあかに。


 火と矢の雨をかいくぐり、岸にたどりついた兵は、全軍のおよそ半数といったところだった。傷ついた身体を怒りと憎しみで奮い立たせ、小賢しい策を弄した敵にむくいをと剣を抜く。そのときだった。


 地が震えた。


 大地を轟かす馬蹄の響きに、猛々しい喚声がかさなる。驚愕と恐怖におののきつつ、西の地平を見やった兵は、曙光をあびてきらめく甲冑の光に眼を射抜かれた。


 土を蹴立て、奔流のごとく押しよせる騎馬の一軍。その先陣で矛をふりかざす将の姿は、獲物に躍りかかる猛虎にも似ていた。




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