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玉蘭花伝  作者: いろは
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天川に星を逐う 二

「撃って出るだあ!?」


 大声をあげたのは軍議の末席に連なる迅風で、いつものことながらやかましいやつだと伯英は顔をしかめた。その一方、これはこれで役に立つとも思っている。迅風が騒いでいる間に、他の者は衝撃を受けとめ、考えをまとめることができるので。


「どういうことだよ」


 迅風は、たったいま出撃案を示した朱圭にかみついた。


「おれたちは餌だったんだろうが。趙都督から嚇玄の野郎の目えそらすための。その都督がやられちまったんだぜ。今更のこのこ出て行って、何の意味があるってんだよ」


 口から唾を飛ばしてまくしたてる迅風の左右で、王家軍の面々が同意のしるしにうなずいた。


 王家軍が嚇玄一党を引きつけている間に、趙都督が常陽を攻める。すでに破綻した朱圭の策を、伯英が迅風らに明かしたのは昨夜のことである。


 王家軍が捨て石扱いされていたと知り、迅風たちは烈火のごとく怒り狂った。それまで持ち前の愛想のよさで王家軍にとけこんでいた朱圭は、一転して周囲からとげとげしい視線を浴びせられるようになっている。

 

「まあ落ち着いてくださいよ」


 しかし、当の朱圭はいっこうにこたえた様子もなかった。いまこのときも浅黒い顔をへらりとゆるませ、ひらひらと手をふってみせる。


「今度は裏なんてありませんから」

「今度()!?」


 迅風たちの怒りに油をそそいでいる朱圭の隣で、四十がらみの男が先ほどから青い顔をしている。


 男の名はとう慈生じせい。江夏城の城主である。もとは文官の出らしく、血色の悪い顔と貧相な体格に、急ごしらえとおぼしき軍装がまるで似合っていない。


 伯英はその姿に瑯の県令をかさねつつ、こいつも考えようによっちゃあ気の毒に、と胸のうちでつぶやいた。


 王家軍に二千の兵を引きわたし、あとは後方支援に徹していればいいはずが、いきなり最前線に引き出されてしまったのだから。


 ただ、悠長に同情している暇は伯英にもなかったので、すぐさま思考をきりかえて、床にひろげられた地図をにらんだ。


 趙都督率いる三万の軍は、江夏から北へ五百里ほどの鐘口しょうこうという地で、待ち伏せていた嚇玄軍の奇襲を受けたという。乱戦のなかで趙都督は嚇玄軍の兵に討たれ、指揮官を失った都督軍は惨敗を喫した。


 嚇玄軍は勝利の余勢をかって一路この江夏へ向かっており、一方で都督軍の敗残兵たちは、逃走の道すがら罪のないむらを襲い、略奪と暴行をくりかえしている……とは、江夏の斥候兵と、襲撃を逃れてこの城へやってきた避難民からもたらされた報である。


 いつもそうだ、と伯英は苦い思いをかみしめていた。


 いつだって、まっさきに犠牲になるのは弱い者。そして、官軍は守るべき民を逆に狩りたてる。


「使者どの」


 文昌が鋭い視線を朱圭に突き刺した。


「そもそも、なにゆえ趙都督の進路が嚇玄の側にもれていたのです」

「そこはわたしも知りたいところでして」


 朱圭は頭をかいた。


「あちらの密偵がよほど優秀だったのか、あるいは、あまり考えたくはありませんが、われらの側に内通者がいたといったところでしょうか」

「その内通者が、あなたということはありますまいな」

「おっかないことをおっしゃいますねえ」


 朱圭は薄い笑みを顔にはりつかせた。文昌の両眼に怒気がゆらめき、迅風らが腰間の剣に手をかける。一気に張りつめた空気を、


「よせ」


 伯英の苦い声が断ち切った。


「くだらんことで揉めている場合か。だいたい、そいつが裏切者だとしたら、昨夜のうちにこの城から逃げ出していただろうよ」

「さすがは王虎将軍。話のわかる方ですね」

「無駄口はいいから、さっさと話をすすめてくれ。あんた、おれたちに何をさせる気だ」

「承知いたしました。では、こちらをご覧ください」


 朱圭の指が、地図の一点をさした。



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