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玉蘭花伝  作者: いろは
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天川に星を逐う 一

 ぬるい風が、川べりの葦をゆらす。丈高い草の間にたたずんで、子怜は霧雨にけぶる対岸をながめていた。


 眼前を悠々と流れる大河の名は璃江りこうという。半月前に瑯を発った王家軍が、この河のほとりの江夏城に至ったのは昨夕のことだった。


 水面をさまよっていた子怜の視線が、ふと一点に止まった。河の上流から、小さな草舟が流れてきたのだ。


 身をかがめて舟をすくいあげ、あたりを見渡すと、すこし離れた岸辺で大柄な男がゆったりと手をふった。


 筋骨たくましいその男の名は蘇丁そてい。王家軍の一員で、出征中は何かと危ないからと、伯英があてがった護衛役だった。


 子怜が草舟を再び河に浮かべると、自由になった舟はすいと下流へ運ばれていった。しばらくその行方を見守っていた子怜だったが、背後から近づいてきた物音にふりむいた。


「みいつけた」


 葦の間から浅黒い顔がのぞく。畿南郡都督の使者にして王家軍の居候いそうろう、虞朱圭だった。


「師父」


 子怜の声に、わずかながら不本意そうな響きがにじみ、朱圭はにんまりと笑った。


 はじめの囲棋勝負で朱圭に敗れて以来、子怜は毎日のように再戦を挑んでいるのだが、置き石五つの差はどうにも埋まる気配がなかった。一方、朱圭は勝負を受けるかわりに、負けた方は勝った方を翌一日「師父」と呼ぶこと、という条件を子怜に呑ませ、連日師匠風をふかせてはご満悦の様子である。


 ちなみに、「だったらおれのことは師兄と呼べ」とのたまった迅風は、子怜に置き石なしの勝負をもちかけられ、完膚なきまでにたたきのめされてからは何も言わなくなった。


 後日その一件を聞いた伯英は、しげしげと養い子の顔を眺め下ろし、「そりゃおまえ、八つ当たりってもんだ」と感想を述べたものである。


「きみ小さいからねえ。目印がなかったら見つけられなかったよ」


 目印こと蘇丁は相変わらず黙然とたたずんでいる。機嫌を損ねているわけではない。もともとたいそう無口な男なのだ。


「すっかり濡れちゃって。こんなところで何してたんだい」

「……河を見ていた」


 そうかい、と朱圭はうなずき、子怜と並んで対岸をながめやった。


「どうするの」


 今度は子怜が尋ねると、朱圭は物思いから覚めたようにまばたきをし、次いで口元をほころばせた。


「さすがにきみも無関心ではいられないようだね。よかったよ、探しにきて」


 軍議を開く、と朱圭は言った。


「きみも特別に同席させてあげよう。よく見て聞いて、学びたまえ」


 そう言って朱圭は笑ったが、今がとても笑っていられる状況でないことは、子怜にもよくわかっていた。


 昨日、江夏城入りをはたした王家軍を待っていたのは、耳を疑うような凶報であった。


 趙都督、敗死の報である。



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