表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
玉蘭花伝  作者: いろは
13/17

薫風は南より 一

 趙都督の使者が瑯に到着したのは、季節が逆戻りしたような冷たい雨が降る日のことだった。


 接見の場である官衙の堂で、伯英は床にひざまずいて使者を迎えた。


朱圭しゅけいと申します。どうぞお楽に、王都衛」


 朗らかな声に顔をあげた伯英は、ほうと目を見開いた。虞朱圭と名乗ったその使者は、伯英の想像よりひとまわりも若い男だった。


 年は文昌の下、迅風の上あたりか。上背はあるが全体的にひょろりとした体格で、南方の生まれとおぼしき浅黒い顔が陽気に笑んでいる。


「高名な王虎将軍にお目にかかれて光栄です。貴殿のご勇名、いまや幾南で知らぬ者とておりません。ことに先年の張三の討伐、あれは実に見事なものでした。ご存知ですか、あの一件は郡城で芝居の演目にもなっておりましてね。これがなかなか見ごたえのある……」


 よくしゃべる男だ、と伯英は呆れる思いで使者の顔を眺めた。同席している県令と県丞の永忠も、型破りな使者を前にして困惑の色を隠しきれていない。


 ひとしきり王家軍の活躍を称えると、使者はようやく伯英の審問にとりかかった。


「長徳からの訴えによりますと、夜半に正体不明の騎馬の一団が城門を破り、蔡という商人の屋敷を襲ったとか。その賊……ああ、失敬」


 使者は伯英の機嫌をとるような笑みを浮かべた。


「蔡家の主人を殺害し、屋敷に火を放って逃走した者たちが、瑯県預かりの王家軍の兵であり、さらにその指揮をとっていたのが王都衛、貴殿であったと。さて、こちらの訴え、事実に相違ございませんか」

「ございませぬ」


 伯英はあっさりと首肯した。


「ですが、ひとつ訂正を。われらが討ったのはただの商人ではございません。彼の者の名はしん大貴だいき、かつてこの瑯の県令であった者です。つけ加えるなら、八年前、守るべき民を見捨てた希代の卑劣漢」


 伯英の射るような視線を受け流すように、使者は何度かうなずいた。


「そのあたりの事情は存じております。ですが、それでは私戦のそしりを免れませんな。貴殿は王家軍の将でいらっしゃる。されど、戦う相手を決めるのは貴殿ではございません」


 使者の言は正しかった。たとえ義勇軍であろうと王家軍は官軍であり、伯英は武官である。しかるべき命なくして兵を動かすは重罪だ。


「そちらの県令どのがお命じになったというならともかく」


 さっと青ざめた県令の後ろから進み出ようとした永忠を、伯英はすばやく目で制した。


「県令どのの命ではございません」

「ならば、私戦であったとお認めに?」

「いや」


 伯英は首を横にふった。


「下命は、ございました。ただ、それが県令どのからではなかっただけのこと」

「では、誰から」


 使者の顔を真っ向から見すえ、伯英はその名を口にした。


「──趙都督から」


 沈黙が、堂を支配した。


「……馬鹿な」


 最初に反応したのは県令だった。


「そのような命があったこと、わたしは知らぬぞ」

「それも当然かと。なにしろ、限られた者にしか明かされなかった密命にございますれば」


 つまり、趙都督からの信は県令より自分のほうが厚いのだと、伯英は暗に語ってみせた。面目をつぶされた格好になった県令の顔から、みるみるうちに血の気がひき、次いで怒りの朱がのぼる。


 県令の隣では、永忠が渋面をこしらえている。何を企んでいるのかは知らぬがほどほどにしておけ、とその目が語っていた。


「先ほど使者どのも申されていた張三の乱でございますが」


 張三とは、昨年まで畿南の北辺を荒らしまわっていた賊の頭目である。


「かの賊の討伐の折、長徳の商人が、こともあろうに張一党へ武具を流していたことをつかみまして。その奸商こそ、辛大貴だったというわけにございます」

「なんと……」


 県令の口からあえぐような声がもれる。


「それはまことか、王都衛」

「無論」


 虚言うそである。辛が武具を商っていたということ以外は、すべて伯英の作り話だ。しかし、伯英はもっともらしい顔で話をつづけた。


「それをお知りになった趙都督が、われらに辛を討てとお命じになったのです。本来ならば、しかるべき法に則り罪人を裁くべきだったのでしょうが、やつめ、ほうぼうにまいないをばらまいて罪を免れようとしましてな。しかし、それも叶わぬと見たのでしょう。ひそかに長徳を脱しようとする動きがありましたゆえ、もはや一刻の猶予もならぬと、趙都督はご決断されたのです」


 われながら苦しいよなあ、と伯英は胸のうちでぼやいた。いささかどころではなく無理がありますね、とは、この策を打ち明けたときに文昌がもらした感想である。


 だが、無理だろうと無謀だろうと、ひとたびこうと決めた以上、伯英はどこまでもこの芝居を押し通すつもりだった。


 昔からよく言うではないか。喧嘩においては度胸とはったりが肝要だと。そして、伯英は自他ともに認める喧嘩上手であった。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ