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第79話:魔法競技祭当日――瞬間移動を超えて

「次から次へと……なんなのよ、あなたたち……!

 もう、いい加減にしてよっ!!」


 魔女は激情のまま叫び、美しい顔を怒りで歪ませた。


「もう嫌っ!!

 こんな体じゃなければ……あなた達なんて……!!」


 ヒステリックな声が反響する。


 レオは露骨に眉をひそめ、

 片腕にぶら下げていたゲンジを、乱暴に地面へ投げ捨てる。


「……なんだこいつ。

 ごちゃごちゃと、うるせぇな」


 転がったゲンジは即座に体勢を立て直し、

 イチヨンセンの三人と鋭く目配せを交わす。


 レオは一瞥すらくれない。

 ただ冷ややかな視線で魔女を見据えた。


「はぁ……?

 信じらんない!!

 なによ、その言い方!!」


 唇を噛みしめ、涙を滲ませながら叫ぶ。


「私のこと馬鹿にして……許さない!

 絶対に許さないんだから!!」


 怒りに呼応し、漆黒の魔力が空気を歪ませる。


 ――だが。


 レオは、眉ひとつ動かさなかった。


 短く、息を吐く。


「……付き合ってらんねぇわ」


 鬱陶しげに頭を掻く。

 その何気ない仕草一つで、魔女のプライドが深く抉られる。


 ――その隙を逃さず。


 ヨツビシを背負ったタカノハが合図を送り、

 ゲンジとオウギが即座に合流した。


 イチヨンセン、終結。


 脱出用トンネルへ飛び込む直前、

 ゲンジが振り返り、軽く手を振りながら、簡潔に言い残す。


「魔女は瞬間移動を使う。時魔法というらしい。

 ――あとは任せた!」


 残りの三人も、次々と地中へ消えていった。


「……勝手に逃げやがって」


 レオは小さく舌打ちした。

 だが、その表情に焦りはない。


 ゆっくりと顎を上げ、

 再び、魔女を正面から捉える。


「あらあら……仲間に置いていかれちゃったのね。

 可哀想に」


 魔女はひとり残されたレオを見下ろし、妖しい笑みを浮かべた。

 先ほどまで揺れていた悲しみも、不安も――もうない。


 そこにあるのは、

 歪んだ優越感だけだった。


「……うるせぇな。

 勝手に話しかけてくんな」


 吐き捨てるような一言。


 その瞬間、魔女の表情が“醜く”歪む。


「……せっかく遊んであげようと思ったのにッ!

 さっきから、なによこの子……!

 絶対に死ぬべきだわ……ここで、今すぐッ!!」


 叫びと同時に、右手へ漆黒の魔力が一気に収束する。


 レオは反射的に腕を構え、風を纏わせようとした――


 だが。


「……なっ!?」


 魔力が、立ち上がらない。


 いや、正確には――

 “立ち上がりが、異常に軽い”。


 背筋を冷たい汗が這い上がる。


 ――おい……嘘だろ。


 全身の感覚が、一拍だけ遅れた。


 次の瞬間、

 理解が、嫌になるほどはっきりと胸に落ちる。


 イオとテオから、離れすぎている。


 一卵性ボーナスが――

 完全に、断たれている。


「……っ、ちぃ……!」


 気づいた時には、もう遅かった。


 漆黒の霧が膨張し、

 形を歪め、殺意の奔流となって――


 レオを、丸ごと呑み込もうと迫っていた。


 避ける余裕はない。

 受け止める力も、今のレオにはない。


 ――終わった。


 そう思った、その刹那。


 地鳴りにも似た振動が走り、

 レオと魔女の間に、巨大な土壁がせり上がった。


 漆黒の霧が、壁に噛みつく。

 削り、侵し、崩し――

 土は瞬く間に砂へと変わっていく。


 だが。


 その崩落より、さらに早く――

 レオの足元が、唐突に“消えた”。


「うおっ――!?」


 思考が追いつく前に、土砂が崩れ落ち、

 レオの身体は抗う間もなく、

 暗闇の底へと引きずり込まれた。


 魔女が目を凝らした時には――


 もう、そこにレオの姿はなかった。


「逃げ……られた?」


 苛立ちを孕んだ声が、低く震える。


 追撃のため、魔力を収束させた――その瞬間。


 爆ぜる炎。


「――っ!」


 咄嗟に展開された漆黒の防御壁。

 灼熱が叩きつけられ、轟音とともに四方へ弾け飛ぶ。


 爆風が地表を抉り、

 土煙が渦を巻いて、視界を完全に奪った。


 一方――


 地下深く。


 土砂とともに落とされたレオは、

 湿った冷気の満ちる暗闇へと転がり込んでいた。


 鼻を刺す土の匂い。

 肌に絡みつく、冷たい空気。


 その直後。


 脇の壁が、ごそりと崩れる。

 開いた横穴から、険しい表情のテオが顔を出した。


「あ、あんなに離れて……

 ひ、一人で戦うなんて、ダメだよ……!」


 珍しく、はっきりと怒りを含んだ声だった。


「ああ……悪かったよ。俺が油断した」


 レオが頭をかく。

 そのすぐ横から、イオがひょいと顔を出す。


「まぁまぁ。助かったんだし、結果オーライってことで!」


 軽い調子に、レオは一瞬だけ苦笑した。

 だが、すぐに目つきが鋭く変わる。


「あの女……時魔法で瞬間移動を使えるらしい。

 気をつけろよ」


 二人は短く息を呑み、無言で頷いた。





 地上へ戻ったレオたちを、

 魔女は冷たく歪んだ笑みで迎え撃つ。


「何よ……?

 また数が増えてるじゃない。

 まるで虫みたい。ほんと、不快だわ」


 だが、レオの表情に焦りはない。


「安心しろ。

 その“虫”に潰される気分を――

 これから、たっぷり教えてやる」


 魔女の唇が、狂気じみて吊り上がった。


「バカみたい。

 でも――ちょうどいいわ。

 まとめて、消し飛ばしてあげる!!」


 叫びと同時に、

 魔女の全身から黒い暴風が噴き上がる。


 だが――テオは、一歩も引かない。


「お、俺に合わせて!」


 その声が届くより早く、

 レオとイオは、すでに動いていた。


 思考を介さない。

 三つ子だからこそ成立する“本能の同期”。


 自然と陣形が組まれ、

 テオを中心に、魔力の流れが一気に収束する。


 そして――


 三人の魔力が、完全に重なった。


 一卵性ボーナス、完全発動。


 風が咆哮し、

 大地が低く唸り、

 大気を裂くように青白い稲妻が走り抜ける。


 その出力は――

 魔女が想定していた“魔力の上限”を、

 明確に、踏み越えていた。


「な……なに……それ……!?

 ありえない……!

 そんな、魔力……っ!!」


 魔女は動揺を押し殺すように両手を広げ、

 漆黒の霧を強引に暴発させようとする。


 だが――


 テオは、その動きすら織り込み済みだった。


「今だっ……!!」


 ドガァァンッ!!


 爆ぜる大地。

 地面が割れ、複数の岩柱が一斉に隆起する。

 蛇のようにうねりながら絡みつき、

 魔女の四肢と胴を、容赦なく締め上げた。


「きゃあああっ!?」


 悲鳴が上がった、その瞬間。


「レオ、今だ!」

「任せろッ!」


 レオの旋風が爆発的に加速する。

 渦は巨大化し、散っていた漆黒の霧を強引に巻き取っていく。


 そして――


 テオの魔力が、地面そのものを歪めた。


 魔女を中心に、

 巨大な球体が形を成す。


 土の魔力で編まれた、

 逃走も転移も許さぬ――“封印核”。


「ま、待って……!

 お願い――!」


 完全に包囲された魔女の声は、

 もはや威圧でも嘲笑でもない。


 焦りと恐怖だけに、震えていた。


「イオ、仕上げ!」


「任せろっ!」


 イオの両手から灼熱の炎が噴き出し、封印核を包むように渦を巻く。

 巨大な火柱が轟音を上げ、真紅の奔流が空間ごと焼き尽くす勢いで荒れ狂った。


「いやっ! いやああああああああ――ッ!!」


 悲鳴が空間を裂く――が、その叫びは次の瞬間、


 ぷつり。


 音が、切れた――。

 まるで世界から切り落とされたように、突然途絶えた。


 世界が一拍だけ息を潜めたような、不自然な沈黙。

 まるで“存在そのもの”が時間から切除されたような気配。


 テオの背筋に、鋭い悪寒が走る。


 ――……これが時魔法!


 直感が叫び、テオの視線が周囲を鋭く走った。

 その視界の端で、空間がほんのわずかに“揺らぐ”。


「み、見つけた! 後ろだ!」


 叫びと同時、

 空間が裂けるようにして魔女の姿が現れた。


 炎から逃れた直後の魔女は、息を荒げ、顔には隠しきれぬ焦りと怯え。

 だが怒りがそれを上塗りするように表情を歪める。


「し、死ねぇ!」


 苦し紛れに振り絞るように、黒い風が刃となって放たれる。


 しかし――


「遅ぇよ」


 イオは微笑すら浮かべ、悠然と踏み込む。


 手を軽く払っただけで炎の旋風が巻き起こり、

 黒刃は触れた瞬間に蒸発し、跡形もなく散った。


「こ、この世界に……これほどの魔力を持つ者がいるなんて……!」


 魔女の声は震え、瞳には絶望が濃く滲む。


 戦意は――完全に折れた。


 それでも最後の意地のように、震える唇で呪詛を吐き捨てる。


「……おぼえてなさい……ッ!」


 漆黒の風が魔女の身体を包み、

 次の瞬間――音もなく、空へと飛翔した。


 黒い残光が空の彼方へ伸びる。


 だが――その退路は、すでに読まれていた。


 レオを核に形成された土の球体。

 その背後で、テオが生成した“巨大な砲身”が軋む。


 照準は、魔女の逃走軌道――。


 イオの右手が静かに上がった。


 爆炎。

 大地が雷鳴のように揺れ、主砲級の衝撃が砲身を撃ち抜く。


 風そのものを弾丸と化したレオが、空へ射出された。


「逃がすかよっ!」


 レオは魔女との距離を一気に詰める。


 背後の“殺意”に気づいた魔女が振り返った、その刹那――


「ッ!?」


 すでに、レオの右腕は風の刃と化していた。


 研ぎ澄まされた一閃が、魔女の胸を貫く。


「がはっ……!? な……なんで……ッ」


 血が霧のように散り、

 驚愕と恐怖が瞳に浮かんだ。


「言っただろ。――絶対に逃がさねぇってな」


「ま、待っ――」


 魔女の言葉は、最後まで届かない。


 横薙ぎに振るわれた左腕。

 風の刃が軌道を描き、魔女の首を静かに断ち切った。


 ふわり――。


 魔女の首は弧を描いて宙を舞い、

 力を失った胴体は、時間が引き延ばされたかのように、ゆっくりと落ちていった。


 一瞬の静寂。


 レオは空中で振り返り、

 遠く大地に立つイオとテオへ向けて拳を突き上げる。


「レイテセンがやったぞぉぉおおっ!!!!」


 イオとテオは歓喜のままに駆け寄り、

 強く抱き合った。


「や、やったぁ!!」

「俺たち、本当にやったんだな……!」


 その瞬間――

 周囲で見守っていた乙種諜報部隊の隊員たちが、ついに堪えきれず声を上げた。


「イチゴセンが……魔女を倒したぞ!!」

「見たか、あの攻撃……!」

「イチゴセンが光属性だったって、マジなのかよ……!?」


 驚愕と興奮。

 そして称賛の声が次々と吹き上がる。


 グロリア修道院跡地は――

 レイテセンの勝利を祝う、熱狂の渦に包まれていった。


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