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第78話:魔法競技祭当日――最高の救援

 話は少し前――

 イチゴセンの前から、エドワード公が去った直後まで遡る。





『特殊な剣技で、君たちの神経を一時的に麻痺させただけだ。

 数十分もすれば、痺れも引く』


 地下牢へ続く通路。

 第一貴族エドワード公と対峙した末――

 イチゴセン、レオ・イオ・テオの三人は、あまりにも無力に敗れていた。


 身体は動かない。

 ただ胸の奥に、悔しさと情けなさだけが、じわりと広がっていく。


 天井を見つめることしかできない三人の耳に、

 エドワードの言葉が、何度も反芻された。


『君たちには、確かな可能性がある。

 だが今は――噛み合っていない。


 テオ殿が無理をして他の二人に合わせるのではなく、

 彼自身の強みを軸に戦う道を、考えてみてはどうだろうか』


 何が問題なのか。

 それは、三人とも痛いほど理解していた。


 このままでは、王血部隊として通用しない。

 その現実が、動かぬ身体とともに、胸へ沈み込んでいく。


 やがて――

 指先に、微かな感覚が戻り始めた。


 三人は痺れた身体を無理やり起こし、

 互いの顔を、真剣に見つめ合う。


「……じゃあ、テオを中心に動く、ってことか?」


 レオの問いに、イオは迷いなく頷いた。


「ああ。そのほうがいい。

 テオが班長として指示を出す。

 俺たちは、それに全力で従う。


 そうすれば、テオの頭脳を最大限に生かせるし、

 一卵性ボーナスの効果も、限界まで引き出せるはずだ」


 テオは不安そうに視線を落とす。


「で、でも……

 俺が班長なんて……

 レオは、嫌なんじゃ……」


 その言葉を、レオの豪快な笑い声が吹き飛ばした。


「はぁ? 馬鹿かよテオ!」


 レオは呆れたように、だが楽しそうにテオの肩を叩く。


「俺がやりたいのは――イチゴセンを、最強にすること。


 それだけだ!


 肩書きなんてどうでもいい。

 むしろお前が班長やってくれたほうが、

 俺は思いっきり暴れられるってもんだろ!?」


 テオはその言葉に目を丸くし、ぽつりと漏らす。


「な……なんだ……そうだったのか……

 それなら、も、もっと早く言えばよかった……」


 あまりにも予想外なテオの返答に、三人の間に奇妙な沈黙が降りた。


 やがてイオが、疑わしげにテオを覗き込む。


「……テオ。

 まさかずっと、『こうすれば俺たち強くなれるのに』って……わかってたのか?」


「う、うん……」


 気まずそうに小さく頷くテオ。


 イオは呆然としてレオを見る。レオもぽかんと口を開けた。


 次の瞬間。


「――ばっっかやろ!! わかってんなら早く言えよ!!」


 レオが叫びながら、テオの脇腹を容赦なくくすぐる。


「ぎゃはははっ! レオ、やめっ……やめてよっ……!!」


 笑い転げるテオ。

 それを見ていたイオの口元にも、自然と満足げな笑みが浮かんだ。


 こうした他愛ないやり取りひとつで、

 イチゴセンの空気は、驚くほどすぐに明るくなる。





 そして――麻痺が完全に抜けた今。


「す、すげぇ……っ!!」


 地下牢へと続く通路で、レオ・イオ・テオの三人は、

 新戦術の手応えに、思わず声を上げていた。


 その時だった。


 足音を響かせ、地下牢の護衛に就いていた

 イチイセン――ユラ、サラ、シシカの三人が駆け込んでくる。


「作戦本部から、予備チャンネルで緊急通信です!」


 シシカが言い終わるより早く、通信機からシシンの鋭い声が叩きつけられた。


『イチゴセン、聞こえるな!?

 グロリア修道院・跡地に“魔女”が出現!

 エドワード公は討ち死に、ヒヨリも負傷して撤退。

 現在、イチヨンセンが単独で戦闘中だ――状況は把握しているか!?』


 空気が、一瞬で凍りついた。


 誰も言葉を返せない。

 レオたちは――完全に、言葉を失っていた。


 魔女の出現。

 自分たちを一瞬でねじ伏せたエドワード公の死。

 そして、ヒヨリですら退かされたという現実。


 信じ難い情報が、次々と突き刺さる。


 心臓だけが激しく脈打ち、

 恐怖と混乱が、頭の中を駆け巡った。


 だが――。


 今この瞬間も、イチヨンセンは戦っている。


 考えるべきは、ただ一つ。

 自分たちが、王血部隊として何をすべきか。


「パンッ!!」


 レオは両手で自分の頬を強く叩いた。

 鋭い痛みが、濁った意識を一気に引き戻す。


 レオは唇を噛み締め、即座に通信機へ向かって叫んだ。


「俺たちの通信機はエドワード公に持ち去られていた!

 一斉通信の情報は、何も届いてない!

 他の部隊はどうなってる!?

 イチヨンセンだけで魔女とやり合うなんて、無茶すぎるだろ!!」


『……他の部隊は、イチイセンとお前たちを除いて――

 全て戦闘不能、もしくは出撃不可だ』


「……っ!」


 三人は同時に息を呑んだ。


 だがその瞬間、

 レオの瞳だけが、迷いを焼き払うように鋭く光る。


「だったら――俺たちを行かせろ!」


『ダメだ。

 イチゴセンは行かせられない。

 イチイセンを向かわせる。

 お前たちは陛下の護衛を引き継ぎ――』


「違う!」


 レオが即座に割り込んだ。


「“一卵性ボーナス”を――

 三人分、完全に引き出す方法がわかったんだ!!」


 一瞬、通信の向こうが静まり返る。


 レオは畳みかけた。


「しかも実際に試して確信した。

 一卵性ボーナスは、足し算じゃねぇ。

 掛け算だ。


 人数が増えるほど――

 強さは“指数関数的”に跳ね上がる!」


 それは――

 双子なら属性値最大+40%だが、

 三つ子なら――最大+96%まで跳ね上がる、ということを意味していた。


 理論通りなら、

 イチゴセンの属性値は、軽く100を超えることになる。


 通信機の向こうで、

 シシンの息遣いが、わずかに揺れた。


 短い沈黙。

 だが、それは迷いではなく――決断の重さだった。


『……テオ。お前の意見を聞かせてくれ』


 テオは迷うことなく答えた。


「い、今……王血部隊で一番強いのは……お、俺たちだよ、シシン」


「それに……イチイセンは風属性が使えない。

 い、一刻を争う状況なら……俺たちのほうがて、適任だ」


 その瞬間、シシンの声色が変わった。


『……シシカ、通信機をイチゴセンに渡せ。

 イチゴセンは、直ちに出撃だ』


 シシカは即座に頷き、腰の通信機を外すとテオへ渡した。


 だが、シシンの指示はそこで終わらなかった。


『イチイセンも準備に入れ。

 救護部隊で治療を終えた者の中から、動ける者だけ選抜してそちらへ向かわせる。

 陛下の護衛を引き継ぎ次第、イチイセンも救援に向かえ』


「うん、わかった!!」


 ユラとサラが、まったく同じタイミングで明るく返事をした。

 その双子の瞳の奥には、揺るぎない使命感が宿っている。


 テオが通信機を腰に固定し終えるのを見届け、レオが強い口調で告げる。


「シシン――もし俺たちが魔女を倒したら、

 例の件、認めてもらうからな?」


 その真剣な響きに、通信機の向こうから微かに笑いを含んだ声が返る。


「……イチゴセン、何のことかわからないな」


 レオは苛立ちを隠さず舌打ちした。


「イチゴセンじゃねぇ! レイテセンだっつってんだろ、馬鹿やろうが!!」


 吐き捨てると同時に、レオは三人の身体へ風を纏わせた。

 そのまま三人は、疾風のごとくグロリア修道院・跡地へ駆け出す。





 先頭を走るのは、判断力に長けるテオ。

 すぐ背後には、テオの癖・思考を完全に理解するイオ。

 最後尾では、二人の動きを読みながら全体を掌握するレオが疾走している。


 一卵性ボーナス──。


 それを限界まで引き出した今、

 三人の魔力は、まるで別の生命体のように脈動し始めていた。


 風がうなり、

 空気が弾け、

 周囲の景色が後方へ置き去りになっていく。


 レオは全身の細胞が総立ちになるような感覚に、背筋を震わせた。


 ――これが……

   俺たち“レイテセン”の本当の力……!


 長年一緒に戦ってきた三人。

 だが「班長はリーダーシップがある者がやるべきだ」という固定観念に囚われていたせいで――

 テオの本当の才能を、ずっと見逃していたのだ。


 高揚感と同時に、レオは自分の視野の狭さに悔しさを覚えずにはいられなかった。


 その直後だった。


『もういいっ!

 お前たちは一旦撤退しろ!』


 テオの通信機から、イチヨンセンの苦痛に満ちた声が響いた。


「このままじゃ間に合わないぞ!」


 レオが焦って叫ぶと、先頭のテオが即座に返す。


「も、もう少し走ったら……レオだけ、き、切り離す!」


「レオだけ先に!? どうやって!」


 イオが裏返った声を上げた。


 テオはためらいゼロで答える。


「レ、レオを……爆発で吹き飛ばす!!」


「はぁぁぁっ!?!?」


 イオの脳が止まる。


 レオも固まる――だが数秒後、覚悟を決めた震え声を絞り出した。


「お、おう……や、優しく頼むな……?」


 数秒走ると、テオは土属性の魔力を解放した。


「よ、よし……レオだけ切り離すっ!」


「だから優しくだぞっ!!

 まだ心の準備できてねぇんだからなっ!!」


 レオの悲壮な叫びと同時に――


 地面から巻き上がった土砂が一気に凝固し、

 レオを包み込む“球体”へと変わる。


 さらにテオは、球体後方に“筒状の砲身”を生成。

 その照準は――一直線にグロリア修道院・跡地。


 まさに狙いを定めた、その時。


 テオの通信機から、聞き覚えのある声が響いた。


『……イチゴか。

 くそ最高の救援じゃねぇか……』


 その一言で、球体の中のレオの額に青筋が浮かんだ。


「だからイチゴじゃねぇって言ってんだろうがッ!!」


 レオは球体の中から怒鳴り散らすが、

 外のテオはまるで意に介さず、淡々と作業を進めていた。


「イ、イオ、頼む!」


「こいつを飛ばせばいいんだな!?」


 テオが縦に何度も小刻みに頷くのを確認したと同時に、

 イオの掌に濃密な炎がぎゅうっと凝縮されていく。


 ――そして。


「いっけぇぇぇっ!!」


 炎弾が砲身に叩き込まれた瞬間――

 大地が割れるほどの爆音が響き、球体は砲弾のように射出された。


 大地が揺れ、空気が悲鳴を上げる。

 球体は弧を描きながら空を切り裂き――

 次の瞬間、空中で砕け散った。


 破片を突き破り、勢いそのままに飛び出す一人の影。


 レオだ。


 風を纏い、腕を振った瞬間、空気が線を描いて裂けた。


 眼下で、グロリア修道院・跡地が一気に広がっていく。


 その中心部――

 魔女が漆黒の刃を構え、無防備なゲンジへ向けて放とうとしている姿が、鮮明に見えた。


 ――あのバカ、完全に丸腰じゃねぇか!


 レオは、風の魔力を極限まで高める。

 空気が火花のように爆ぜ、軌道に白い稲妻が刻まれた。


「ゲンジっ!!」


 地上でヨツビシたちの絶叫が上がる。

 だがすでに魔女の黒刃は放たれていた。


 ――間に合え……ッ!!


 死が、ゲンジの目の前で形を成したその刹那――


 空気が“破裂”した。


 暴風が地を抉り、砂塵が宙へ跳ね上がる。

 視界が白い渦に包まれた。


「なっ……!?」


 魔女の瞳が大きく見開かれた瞬間。

 渦の中心に“影”が立っていた。


 ゲンジの腰を片腕で抱えたレオだ。


 砂埃が凪ぎ、白い靄がゆっくりと晴れていく。


「…………え?」


 ゲンジは宙づりにされたまま、何が起きたのか理解できず、ただ瞬きを繰り返していた。


 レオはゲンジを片腕で抱え直すと、

 ヨツビシたちへ向けて怒鳴り散らす。


「おい、お前ら……!」


 逆立つ髪。

 血走った目。

 殺気と怒気が、空気ごと震わせる。


「さっきオレたちのこと、“イチゴ”って呼んでたろ?」


 肩が怒りで上下し、額に太い青筋が浮かぶ。


「あとで確実にブッ殺す。

 覚悟しとけよ、クソ野郎ども」


 吐き捨てるように言い切ると、

 レオはゆっくりと魔女へ向き直った。


 足元で風が爆ぜ、瓦礫がふわりと浮き上がる。


 次の瞬間――

 その表情が、獰猛さを残したまま“余裕”に変わる。


「……でもよ」


 風が唸り、大気が震えた。


「くそ最高の“救援”には――なったろ?」


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