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第77話:魔法競技祭当日――試される絆

「ねぇ、誰から殺してほしい?

 ……決められないなら、私が“選んであげる”けど?」


 魔女が楽しげに首を傾げた、その瞬間――

 真っ先に口を開いたのは、ゲンジだった。


「あ、それならヨツビシからお願いします」


「お、おい……!?」


 あまりにも即答すぎて、ヨツビシの声が裏返る。

 だがゲンジは視線を逸らし、どこか気まずそうに眉をひそめた。


 魔女は、そのやり取りを見逃さない。

 愉快そうに目を細め、舌なめずりをする。


「あらぁ?

 仲間なのに、随分あっさり切り捨てるのね。

 あなたたちは、どうなのかしら?」


 視線がタカノハとオウギへ移る。

 タカノハは後頭部を掻き、乾いた笑みを浮かべた。


「……正直に言うと、俺もヨツビシからでお願いしたいかな、と」


 オウギも深く息を吐き、肩を落として頷く。


「悪い。俺も最初は嫌だ。

 ヨツビシでいい」


 ヨツビシは三人を順に見回し、呆然と呟いた。


「お前ら……ひどすぎるだろ……」


 その光景が、魔女にはたまらなく“可笑しい”らしい。


「あはっ……あははははっ!!

 最高ね! 本当に最高だわ、あなたたち!」


 腹を押さえて笑いながら、涙まで浮かべる。

 その瞳に宿る光は、愉悦と残酷さが奇妙に溶け合っていた。


「仲間を犠牲にしてでも生き残りたい――

 その、醜くて正直な欲望!

 とっても、とっても素敵よ!!」


 笑いがすっと収束し、

 魔女の瞳がまるで吸い込まれるようにヨツビシへと向いた。


 白い指先がふわりと持ち上がる。


「……これで、わかったでしょう?」


 冷たい死の気配が、空気を凍らせた。


「結局ね――

 “純粋で綺麗な感情”を持つ者から先に死んでいくの」


 冷たい断定。

 それは呪いのように、場に落ちた。


「そして残されるのは……

 不純で、邪で、醜い心を持つ者だけ」


 魔女の声が、かすかに震える。


「優しい気持ちは……

 必ず踏みにじられて、消えてしまうのよ」


 その瞬間だった。


 指先にまとわりついていた漆黒の風が、

 一点へ“吸い寄せられる”ように収束し始める。


 ――来る。


 イチヨンセンは、その“殺気の収束”を見逃さなかった。


 三人は同時に歯を食いしばり、

 傷ついた身体に鞭を打って――ヨツビシへ駆け出す。


 その動きを、魔女は視界の隅で捉える。

 赤黒い残光が揺れる瞳に、冷たい愉悦がゆっくりと灯っていく。


 ――動けない子に攻撃が向かうようにわざと誘導して、

   四属性の防御壁を重ねられるようにするつもりなのね。

   ふふ……ずいぶん狡猾で、“綺麗なふり”だけは上手な子たち。


 嘲りの笑みを浮かべながらも、

 魔女の胸の奥では――得体の知れない“痛み”が、静かに広がっていく。


 ――そんなに仲間が大事なら……いいじゃない。

   四人まとめて壊れてみせてよ。

   最後まで誰ひとり裏切らないで、綺麗なままで死んでくれるなら……

   私だって……ほんの少しは……救われるかもしれない……。


 狂気と哀しみの混ざった微笑みを浮かべたまま、

 魔女は鋭利な漆黒の刃を――


 ヨツビシへ向けて放った。


 空気が裂ける甲高い悲鳴。

 刃は一直線に、狙い違わずヨツビシへ高速で迫る。


「──くっ!」


 ヨツビシは激痛に歯を食いしばり、震える手で必死に水の防御壁を展開した。


 その瞬間、

 タカノハが風、

 オウギが火、

 ゲンジが土――


 それぞれの属性を、必死な形相で重ね合わせる。


 だが――。


 四属性が重なりきる、その刹那。


 バリィィィンッ!!!


 甲高い悲鳴とともに、防御壁が軋んだ。


 数度の直撃には耐えた。

 だが――最後の一撃が、すべてを粉砕する。


 防御壁は砕け散り、

 四人の身体は巨大な衝撃に弾き飛ばされた。


 土煙を巻き上げながら、地面へと叩きつけられる。


 ――まただ。


 魔女が指摘した“致命的な隙”。

 四属性を重ねる、その一瞬。


 イチヨンセンは、再び散開してしまう。


 だが、タカノハ、オウギ、ゲンジの三人は、

 誰一人としてその場に留まらなかった。


 激痛に顔を歪ませながらも――

 三人は、迷いなくヨツビシのもとへ駆け出す。


 その瞳に宿るのは、焦りではない。


 ヨツビシを失うわけにはいかない――

 ただ、その一念だけ。


 三人の視線の先には、

 不自然な角度に曲がり、

 痛みに震えながら地面を引きずるヨツビシの右足があった。


 その光景が――

 作戦会議の最後に交わされた言葉を、

 否応なく呼び起こす。


『なぁ……もう一つ作戦に加えたいことがあるんだが――』


『俺たちは四人で一人分だ。

 誰か一人でも欠けたら、イチヨンセンは成立しない。

 その時点で、全員死ぬってことだ』


『だから、誰か一人が倒れそうになったら――

 残りの三人は、命を懸けてそいつを守る。

 これも作戦に加えたいんだが』


 その時、三人は肩をすくめて笑った。


『そんなもん、俺たちにとっちゃ呼吸するのと同じだろ』

『いちいち作戦にする必要あるか?』

『ほんと、馬鹿だなヨツビシは』


 今、ヨツビシの目の前には、その言葉どおり――

 自分を守るために命を削りながら戦い続ける三人の姿があった。


 弾き飛ばされ、血を流し、呼吸を乱しながら――

 それでも三人は、迷わず前へ出続けている。


 ヨツビシを守るために。


 這うように身体を起こし、

 よろめきながら距離を詰め――

 再び、彼の前へと立ち塞がる。


 胸に焼きつくほど痛くて、

 苦しくて、

 それでも、どうしようもなく誇らしい。


 だがそれは、

 ヨツビシの胸を、容赦なく締め付けた。


 ――このままじゃ、こいつらが無駄死にする。

   今ならまだ間に合う……動けるうちに、撤退させるべきだ……!


「もういいっ!」


 ヨツビシは激痛に歯を食いしばり、

 振り絞るような声で叫んだ。


「お前たちは一旦撤退しろ!」


 だが、その叫びは三人の胸には届かなかった。

 彼らの瞳に宿る決意は、誰よりも強く、誰よりも揺るがない。


 この場でヨツビシを見捨てるだと――?


「ふざけんなっ!」


 ゲンジが怒号を響かせた瞬間、

 魔女の黒刃が炸裂し、彼の身体を大きく弾き飛ばした。


 だがゲンジは地面に叩きつけられた直後、

 血を吐きながらも、這うように身体を起こす。


「この作戦決めたのはお前だろうが!

 お前が最初に諦めてどうすんだよッ!!」


 その目には、折れる気配など微塵もない。


「俺たちは“四人で一人”なんだろ!?

 だったら誰かを置いて逃げるなんて選択肢――最初からねぇんだよ!」


 タカノハも満身創痍の身体に鞭を打ち、

 ヨツビシの元へ疾走する。


「『誰か一人でも欠けたら全員死ぬのと同じ』って、

 その台詞……お前が言ったことだろうが!!

 勝手に俺を殺そうとしてんじゃねぇよ!」


 オウギは震える脚で立ちあがり、

 砕けたはずの火の防御壁を再び展開する。


 三人の声に、ヨツビシの胸が激しく揺さぶられる。


「お前ら……!」


 息が詰まり、言葉が途切れた。

 それでも、どうしても言わずにはいられない。


「だけど……!

 こんなこと続けたって意味ないだろ……!

 無駄死にするだけだ……!」


 その言葉に、ゲンジは血の滲む口元で、かすかに笑った。


「……シシンの指揮を、信じるんだろ?」


 タカノハも荒い息の合間に、声を絞り出す。


「そうだぜ……救援が来るかもしれねぇ。

 お前が、そう言ってたんじゃねぇか……!」


 オウギが、思い出したように叫んだ。


「イチゴがもうすぐ復帰できるって言ってたろ!」


 ゲンジが、喉の奥で笑う。


「……イチゴか。

 くそ最高の救援じゃねぇか……」


 一瞬だけ、四人の間に苦笑が走った。


 死線の只中で生まれた、ほんの刹那の“温度”。


 ――それが。


 魔女の心を、決定的に逆撫でした。


 魔女の瞳が、憎悪に見開かれる。


「……うるさい」


 足元で、黒い風が蠢き始める。


「……うるさいうるさいうるさいうるさぁーーいッ!!」


 絶叫と同時に、魔力が爆発した。


 衝撃が地面を抉り、四人の身体は一斉に宙を舞う。

 砂煙の中へと、無惨に叩き落とされた。


 立ち上る土煙の向こう。


 魔女の氷のような視線が――

 “一人”を選ぶ。


 ゲンジ。


「あぁ……もう、本当に吐き気がする!!


 希望も、絆も、綺麗な感情も……

 “必ず”死ぬのよッ!!


 それを――

 あなたで証明してあげる」


 歪んだ笑み。


 次の瞬間。

 漆黒の刃が、矢のようにゲンジへと放たれた。


「ゲンジっ!!」


 ヨツビシも、タカノハも、オウギも絶叫した。

 だが――攻撃対象を突如として変えられた今、誰も間に合わない。

 ゲンジは、完全に無防備だった。


 死が、ゲンジの眼前に迫った、その瞬間――。


 ――空気が裂けた。


 轟音。

 暴風が爆発するように巻き起こり、砂塵が跳ね上がる。


「――な……っ!?」


 魔女は目を見開いた。

 理解を超えた風の奔流に、一瞬、思考が止まる。


 やがて風が凪ぎ、視界が晴れる。


 そこに――

 ゲンジの姿は、なかった。


 だが次の瞬間。


 砂煙の向こうで、風が逆巻く。


 そこに立っていたのは――

 片腕でゲンジを抱え、全身に暴風を纏った男。


 イチゴセン――レオだった。


「おい……お前ら――」


 レオは乱暴にゲンジを地面へ下ろし、

 イチヨンセンの三人へギロリと睨みを飛ばす。


「さっきオレたちのこと、“イチゴ”って呼んでたろ?」


 低く、腹に響く声。


「あとで確実にブッ殺す。

 覚悟しとけよ、クソ野郎ども」


 だが――次の瞬間。


 レオは、ゆっくりと魔女へ向き直った。


 獰猛でありながら、どこか余裕のある笑み。


「……でもよ」


 足元から風が噴き上がり、空気が震える。


「くそ最高の“救援”には――なったろ?」


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