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第74話:魔法競技祭当日――イチヨンセン、その後

「じゃあ――バイバイ」


 その言葉が通信機を震わせた瞬間、作戦本部に悲鳴のような声が広がった。


「ヒヨリ……!!」


 シシンは蒼白となり、震える拳を締め付けた。


 ただ声を聴いているだけで何もできない――

 その無力さが胸を引き裂くようだった。


 絶望が作戦本部を飲み込もうとした、その直後。


 通信機から、

 予想を裏切るほど強く、鋭く、熱い声が叩きつけられた。


『――バイバイなんて言うなよ!!』





 ――その少し前。


 イチヨンセン――

 ヨツビシ、タカノハ、オウギ、ゲンジの四人は、

 通信機補充のために作戦本部へ向かっていた。


 しかし扉に手をかけた瞬間、中から響いたのは切羽詰まったカエイの怒号だった。


「イチヨンセン、応答しろ! 聞こえないか、イチヨンセンッ!」


 四人はその場で完全に硬直した。


 視線だけで意思を交わすと、そっと扉から手を離し――

 彼らは示し合わせたように静かに扉から離れ、その場を立ち去る。


 安全圏まで下がったところで、ヨツビシが天を仰いだ。


「いやいやいや……無理無理。

 あんな空気の中で『通信機壊れました』なんて言えるわけないって……」


 タカノハが腕を組んで唸る。


「だけど、通信機がないと完全に孤立することになる。さすがにマズくないか?」


「だからって、今あそこに行くのはな……」


 オウギが力なく首を横に振ると、ゲンジも深く頷いた。


「ここは一旦落ち着くまで待つか……。

 その間、通信機をどうするか作戦を練るのはどうだ」


 ゲンジの提案を全員一致で受け入れ、

 イチヨンセンは草むらに陣取って“緊急通信機対策会議”を開始した。


 ――しかし数十分後。


 堂々巡りの末に残った結論は、

 「通信機はやっぱり必要」という、

 あまりにも当たり前の現実だけだった。


 そして、多数決(実質責任押し付け合い)により、

 通信機を壊した張本人・ヨツビシが本部に送り込まれることになったのだが――。


 肩を落とし、気まずそうな顔で戻ってくるヨツビシを見るに、

 任務が成功したとは到底思えない。


「やっぱ俺には無理だったわ……。

 中、さっきよりもめちゃくちゃ緊迫しててさ……

 『通信機壊れました』なんて、言える空気じゃないって」


 情けない声で訴えるヨツビシに対し、三人の反応は冷たい。


「おい待てよ、ヨツビシ。

 お前、何があっても謝って通信機もらってくるって言ったよな?」


 ゲンジが苛立ちを露わに詰め寄る。


 タカノハとオウギも、険しい顔で頷いた。


「そうだぞ? 自分で壊したんだから責任とるって言ってただろ」


「『男に二言はない』って、あんなにキリッとしてただろうが」


 次々と浴びせられる“理不尽な正論”に、

 ヨツビシは唇を噛みしめ、拳をぎゅっと震わせた。


 そして――堰を切ったように顔を上げる。


「だってよ……!」


 三人の動きが止まる。


 ヨツビシは涙目で叫んだ。


「俺が扉を開けようとした瞬間、

 エンジャクさんが沈痛な声で言ってたんだよ――


 『イチヨンセンはあれから応答がなく……おそらく全滅だ』ってさぁ……!!


 そんな空気の中で

 『通信機壊れました』なんて言えるわけないだろ!!!」


 ヨツビシの絶叫に、三人は思わず顔を見合わせた。

 重苦しい沈黙が落ち、誰もすぐには言葉を返せない。


 やがてタカノハが、深いため息とともに呟く。


「まぁ……そうなるとカエイさんもまた『イチヨンセン!』『イチヨンセン!』って動揺してただろうしな……」


 オウギとゲンジも険しい表情で頷く。


「全滅ともなれば……慌てるのも無理はないか」


「まずはカエイさんを落ち着かせるところから、だな……」


 だがヨツビシは何か引っかかったように顔を上げた。


「いや……あの……」


 控えめに手を上げ、遠慮がちに続ける。


「いや、カエイさんは完全に落ち着いてたぞ……?

 それに本部の人たちも……その、『全滅』って言われても……特に反応してなかったし……」


 その瞬間。


 三人の表情が、見事に止まった。


 タカノハとオウギが困惑を隠せず、声を上げる。


「……なん……だと?」


「は? いや、待て……え?」


 ゲンジはわずかに眉をひそめたが、すぐに無理やり平静を装う。


「お、おい……二人とも慌て過ぎだ。

 ヨツビシが何か聞き間違えただけだろ? な? そう……だよな?」


 疑いの視線を向けられたヨツビシは、気まずそうに目を逸らすだけだった。


 ゲンジの額を、冷たい汗がつうっと伝う。


「……そんな……はず……な……」


 言葉は途中で力なくしぼみ、消えた。


 再び息苦しいほど重い沈黙が四人を包んだ。


 そして――ややあって四人は全員一致で、ある“妙案”にたどり着いた。


 それは、

 『どこか別の戦場で劇的に現れ、華麗に活躍して感動的な復活をアピールし、通信機の件は全部うやむやにする』

 という、我ながら完璧すぎる作戦であった。


 ――のはずだった。





 だが実際にヒヨリを追って到着したグロリア修道院・跡地で、

 彼らが目にしたのは――想像を遥かに超える現実だった。


 敵は、まさかの“魔女”。


 しかも、あのエドワード公がすでに討ち取られているという衝撃。


 四人は顔を見合わせ、深く、深く、溜息を吐いた。


 ……もう、腹を括るしかない。





 そして今、彼らは修道院跡の周辺で乙種諜報部隊と合流し、

 通信機から聞こえてくるヒヨリと魔女の緊迫した会話に耳を澄ませながら、

 苦肉の作戦会議を開いていた。


 基本方針は決まっている。


『ヒヨリとの連携経験がない以上、ヒヨリが明らかに劣勢になるまでは手を出さない』


 その上で、一通りの作戦もまとまりつつあった頃――

 ヨツビシがふと真剣な表情で呟いた。


「なぁ……もう一つ作戦に加えたいことがあるんだが――」


 その提案について四人で短く意見を交わしていた、その矢先だった。


 通信機から、ヒヨリの苦痛に満ちた声が鋭く響いた。


『がっ――は……っ!』


 空気が凍りつく。


 ――誰が聞いても、それが“致命的な一撃”だと分かる声だった。


 四人は互いに顔を見合わせ――無言で頷く。


 同時に、それぞれの持ち場へ向かって素早く四散した。


 ――作戦開始だ。


 ヨツビシは目を閉じ、固く拳を握りしめる。

 心臓は早鐘を打ち、背中を冷たい汗が伝った。


 だが、迷う暇など――もうない。


 その時、通信機から魔女の冷酷な声が響いた。


『じゃあ――バイバイ』


 ヨツビシの身体が、弾かれたように飛び出した。


「バイバイなんて言うなよ!!」


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