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第70話:魔法競技祭当日――紡がれる想い

本日、もう一話投稿します。

 ――フゥ、フゥ……ダメだ……。

   母上の記憶が蘇ると、いつもこうなる。

   冷静でなんて、いられるはずがない……。


 こめかみを抉るような頭痛。

 視界が波打ち、世界が歪む。


 荒い息のまま顔を上げる。

 かすむ視界の奥に――

 まだ、一人、立っている影があった。


 ――なんだ……まだ終わっていなかったのか。


   いや……

   むしろ、都合がいい。


   王血部隊を、

   ボクの手で葬り去る日が……

   ようやく、来たんだ……!


 ガブリエウは混合魔法を練り上げ、

 無数の結晶を一斉に射出した。


 だが――


 鋭い金属音。


 結晶は、

 空中で、次々と叩き落とされていく。


 ――はぁ……!?

   ボクの混合魔法を……

   全部、撃ち落とした……!?


 胸の奥で、何かが音を立てて砕けた。


 ――ふざけるな……!!


   どれだけ耐えてきたと思っている……!

   母上は……ずっと……ずっと……。


   誰にも救われず、

   無念のまま、死んだんだ……!


   その時――

   キミたちは、何をしていた!!


   安全な城の中で、

   恵まれた暮らしをしていただけじゃないか……!!


   お前たちは……死んで当然なんだよ……!!


 全身が、激しく震えた。


 なぜか――

 視界が一瞬、鋭く澄み、

 次の瞬間には、また崩れ落ちる。


 だが、意識だけは異様なほど冴え切っていた。


 ――許さない。

   絶対に、許さない……!


 ガブリエウは、少しでも視界を取り戻そうと、必死に目を見開く。


「うあああああああああああああああああああああっ!!!!!」


 叫びと同時に、

 地を蹴る。


 烈風が全身を包み込み、

 霞む世界を引き裂きながら――


 男との距離を、

 一気に、詰めた。


 ――この男の戦い方なら……知っている……。


 その圧倒的な剣技は、強靭な足腰と、完璧な踏ん張りがあってこそ成り立つ。

 ならば、刀を抜く一瞬――足場を崩せばいい。


 ガブリエウは、右手を突き出した。


 男の足元が、泥のようにぐしゃりと沈み込む。


 ――狙い通りだ。


 男の体勢が、大きく崩れた。


 ガブリエウは全身を覆っていた風を解き放ち、

 その力を一気に両腕へと集束させる。

 鋭い風の刃が形を成し、二刀のように振り下ろされた。


 それでも男は、崩れかけた姿勢を無理やり立て直し、

 反撃の一太刀を放とうとする。


 その美しい構え――

 あまりにも、父そのものだった。


 だが、不完全な体勢では結果は見えている。


 ――その態勢では……父上でも無理です……!! 


 その瞬間、ガブリエウの意識が、凍りついた。


 ――……今……ボクは……何と……言った?


 だが、身体は止まらない。


 左腕の風刃が、正確無比な軌道で男の剣を弾き、

 間髪入れず、右腕の刃が胸元へと突き立てられた。


 肉を裂き、骨を断ち、内臓を貫く感触。


 鈍い衝撃が、腕を伝って全身へと広がる。


 ガブリエウの背筋を、

 氷のような戦慄が、一気に駆け抜けた。


 ――ま、待て……待ってくれ……!

   これ以上、ボクから大切なものを奪わないでくれ……!!


 その刹那、頭を覆っていた霞が、嘘のように消え去った。

 視界が一気に鮮明になり、目の前の男の顔がはっきりと映し出される。


「ち、父上……?」


 見間違えるはずがなかった。

 その凛々しき立ち姿、顔、纏う雰囲気――間違いなく父、エドワードそのものだった。


「ち、父上……ボ、ボクは一体……何をして……」


 呆然と視線を落とす。

 そこには、自分の右腕が、父の胸を貫いている光景があった。


 父の胸元からは、真紅の血が堰を切ったように溢れ出し、

 ガブリエウの腕を温かく濡らしながら、赤く染め上げていく。


 頭が真っ白になり、息が詰まった。

 耳を裂くほどの心臓の鼓動だけが、世界を満たしていた。


「み……見事な動き……だったぞ……ガブ……」


 エドワードは、微かに微笑むように口元を緩めた。

 だがその直後、吐息とともに鮮血がこぼれ落ち、

 地面へ滴り落ちる音が、やけに大きく響いた。


 その赤い雫がガブリエウの指先へ温かく沁み込んだ瞬間――

 全身が、音もなく凍りついた。


『こちら本部――。

 魔法陣の破壊、確認した。よくやった、イチサンセン。

 これで精神操作の影響は消えるはずだ。

 直ちに救護部隊を向かわせる。

 その場で待機しろ。絶対に無理はするな。いいな?』


 エドワードの腰にある通信機から響いたその声は、

 今のガブリエウにとって、まるで別世界の出来事だった。

 意味も輪郭も持たない音が、ただ耳を通り過ぎていく。


 エドワードは、かすかに息を吐き、震える腕でガブリエウの肩に触れようとした。


「ガブ……よく聞け……。

 お前はルードヴィヒに……その未熟な心を利用されたのだ……。

 精神を支配され、自分自身を見失った……。

 それはお前の弱さであり……父である私の……至らなさでもある……」


 途切れ途切れの言葉。

 それでもエドワードは、弱りゆく身体に残る力のすべてを込めて、息子を見つめ続けた。


「だが……それでもなお、この過ちを乗り越えてみせろ……。

 真の強さとは……傷を負わないことではない……。

 傷を負ってなお……立ち上がる、その力のことを言うのだ……。

 ガブ……決して忘れるな……」


 ガブリエウは震える身体のまま、父の顔を見返した。


 エドワードの眼差しは、痛みと悲しみを湛えながらも、

 息子をまっすぐに見つめている。


 その鋭い眼差しの奥には――叱責でも、絶望でもなく。

 父としての深い愛情が、確かに宿っていた。


 だがガブリエウはその眼差しに耐えきれず、激しく頭を振った。


「嫌だ……!!

 ボクたちは――ずっと耐えてきたじゃないかッ!!

 誰よりも耐えて……それでも報われなかった!!

 母上が堪えてきたあの日々に……意味なんて……なかったんだ……!!」


 叫びはほとんど悲鳴だった。

 胸の奥に積もり続けた怒りと悲しみが、ついに抑え切れずに溢れ出したのだ。


 エドワードは、その慟哭を一身に受け止めた。

 傷ついた身体のまま、ゆっくりと――それでも確かに、父として微笑む。


「ガブよ……。

 お前の母、セシリアは……確かに無念のうちに逝った……。

 だが……それは、セシリアの耐えた日々が……無意味だったということではない……」


 エドワードは一瞬だけ目を閉じ、

 浅く、苦しげな呼吸を整え、再び言葉を紡いだ。


「セシリアは……自分の夢を……お前たちに託したのだ……。

 あの人が……あれほど優しく、そして強かったのは……

 お前たちを……信じていたからだ……」


 その瞬間――

 ガブリエウの脳裏に、母セシリアの声が雪崩のように押し寄せた。


『ガブ、アーヴ。今は堪える時なの。

 誰かを恨んでも幸せにはなれないわ。

 未来はね、自分たちの手で切り開くものなのよ』


『あなたたちは――いつか必ずダーマンベルクを取り戻すの。

 その日のために、たくさん食べて、強くならなくちゃ。

 ……お母さんのことは心配しなくていいのよ』


『ああ……でもね……。

 もう一度だけ、ダーマンベルクの……

 あの美しい景色が見られたら……

 どんなに、幸せでしょうね……


 ガブ……。

 いつか……私たちのダーマンベルクを……

 取り戻してね……』


 胸を貫くように、母の声が重なる。

 ガブリエウの瞳が激しく揺れ、呼吸が詰まった。


 その様子を見据え、エドワードは静かに――

 しかし、揺るぎなく告げる。


「セシリアが……耐えてきたことに……意味があったかどうかは……

 まだ誰にもわからない」


 一拍。


「なぜなら――

 それを“意味のあるもの”にするか、

 “無意味だったもの”にするかは……


 ガブ……

 これからのお前の行動が、決めることだからだ……」


 その言葉が落ちた瞬間――

 世界が、止まった。


 音も、光も、遠ざかる。

 ただひとつ――


 自分が、恨みに囚われることで、

 母の願いを踏みにじってきたという事実だけが、


 激しい後悔となって、

 容赦なく胸を打ち抜いた。


「ぅぅ……うあああああああああああっ……!!」


 声にならない絶望が、

 喉の奥から引き裂かれるように噴き出した。


 視線を落とせば――

 自分の右腕が、父エドワードの胸を、今も深々と貫いている。


 父の温かい血が、腕を伝い、

 指先まで赤く染め上げていく。


 逃げ場のない現実。


 その赤は、

 罪そのもののように、あまりにも鮮烈だった。


 視界が滲み、思考が音を立てて崩れていく。


「父上……父上……!」


 震える唇から零れ落ちた声は、

 助けを求める幼子のように、か細く、弱かった。


 許しを乞うように手を伸ばし――

 ガブリエウは、その場に崩れ落ちる。


 涙が止まらない。

 嗚咽が喉を震わせ、呼吸が壊れていく。


 やがて、その泣き声さえも、

 虚しい静寂に、ゆっくりと飲み込まれていった。


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