第67話:魔法競技祭当日――勝機はあるか
本日、もう一話公開します。
ガブリエウは、一歩、また一歩とパイヤンへ歩み寄ってくる。
焦点の定まらない瞳。
ふらつく足取り。
――精神支配……。
勝機があるとすれば、
判断も動きも鈍っている“今”しかない。
だけど……それでも正面から勝てる相手じゃない。
――この状況で、僕にできることは……?
焦りで鼓動が跳ね上がり、思考が空回りする。
パイヤンは一度、深く息を吸った。
――なら……逆から考えてみよう。
ガブリエウ君に通用しない、僕の能力は……。
これまでの戦闘の記憶が一気に蘇る。
混合魔法に砕かれた、防御壁の光景――。
――風と土の混合魔法の前では、
僕の防御壁は、何の役にも立たなかった。
だったら……。
最初から、防御なんて捨てればいい。
パイヤンの瞳に、かすかな光が宿った。
視界の端には、いまだ地面に倒れ伏した少女の姿がある。
――風属性の最大の武器は、スピードと回避。
ケイトとメイナは、もう少しで安全圏まで逃げ切れるはず。
ガブリエウ君を引きつけ、混乱に乗じてあの子を奪取。
一旦離脱して増援を待つ――まだ、勝機はある。
拳に力がこもり、胸に小さな希望が灯る。
だが、その刹那――
ガブリエウの周囲に、新たな結晶が無数に展開された。
一つ一つが眩い光を放ち、視界を白く塗りつぶす。
胸に灯りかけた希望は、
瞬く間に、その圧倒的な光に押し潰されそうになる。
それでも――
――やってやる……っ!
額を伝う冷や汗。
パイヤンは焦りを振り払うように右手へ魔力を集中させ、風の刃を放った。
だが、刃が届くよりも早く、
結晶が鋭い音を立てて盾のようにせり上がる。
甲高い破裂音。
風の刃は、触れた瞬間に霧散した。
その間にも、ガブリエウは――
ゆらり、と前へ進み続けている。
「なら、これはどうだっ!」
パイヤンは魔力をさらに高め、唸りを上げる暴風を展開させた。
それは、激しい渦を巻いた竜巻となってガブリエウへと迫る。
だが――
ガブリエウは無数の結晶を高速回転させ、これに対抗する新たな竜巻を生み出した。
二つの竜巻が真正面から衝突する。
空気が引き裂かれ、凄まじい轟音が周囲を震わせた。
拮抗は、ほんの一瞬。
次の瞬間、パイヤンの暴風は力を奪われ、
粉砕されるように霧散した。
間髪入れず、鋭利な結晶が閃光のごとく殺到する。
――まずい……っ!
パイヤンは咄嗟に全身へ風を纏い、後方へと大きく跳び退く。
だが、高速で迫る結晶からは完全には逃れきれない。
結晶の先端が肌に触れかけた――その刹那。
目に見えない壁に弾かれたように、
結晶が甲高い音を立て、空中で不自然なほどぴたりと停止した。
パイヤンは息を呑み、その異様な光景を凝視する。
追撃はない。
結晶は、まるで糸を引かれるように静かに後退し、
ガブリエウの周囲へと収束していった。
「……攻撃範囲に、制限がある……?」
呟きながら視線を走らせる。
ガブリエウは依然として、緩慢な足取りのままだ。
「それなら……!」
パイヤンはわざと距離を詰め……かと思えば、すぐに後退する。
追わせるように、動きを誘った。
ガブリエウが一歩、踏み出す。
だが――
結晶は来ない。
やはり反応しなかった。
仮説は、確信へと変わる。
――これで、あの子は完全に攻撃範囲の外。
動きが鈍い今の君じゃ、僕のスピードには追いつけない。
パイヤンは大きく息を吸い込み、
全身へ爆発的に風の魔力を集中させた。
次の瞬間、
一気に上空へと跳び上がる。
視界が開けた。
眼下には、無防備に横たわる少女の姿。
――このまま滑空して抱き上げ、離脱する……!
風が唸り、景色が一気に後方へ流れていく。
加速する感覚。
作戦は、噛み合っている。
――はずだった。
視界に、あり得ないものが割り込んだ。
ガブリエウ。
すでに、真横にいる。
「……え?」
思考が停止する。
同時に、冷たく輝く無数の結晶が展開された。
刃の雨となって、パイヤンへ殺到する。
「なっ……なんで!?」
完全に虚を突かれた。
回避は――間に合わない。
次の瞬間――
腹部と肩を鋭い衝撃が無慈悲にかすめ、
切り裂かれる痛みが稲妻のように全身を駆け抜けた。
「ぐぁっ……!」
身体は空中で制御を失い、
叩きつけられるように地面へと激突する。
凄まじい衝撃。
世界が揺れ、土埃の中を何度も転がった。
激痛に顔を歪めながらも、
パイヤンは震える腕で地面を掴み、必死に上体を起こす。
視界の先――
ガブリエウは淡々と少女を抱き上げていた。
虚ろな瞳が、無感情にこちらを見下ろしている。
微かに動いた唇から、かすかな呟きが漏れた。
「任務……優先……」
激痛が全身を支配するが、違和感があった。
――致命傷じゃない。
あれだけの攻撃を受けたはずなのに、
身体は、まだ動く。
――そうか……。
ガブリエウも、風を纏っていた。
僕と同じように、速度強化に風属性を使っていたんだ。
つまり、さっきの攻撃は――
風と土の混合魔法じゃない。
土属性“だけ”の結晶。
そして僕は、
土に有利な風属性を纏っていた。
だから――致命傷には、ならなかった。
だが、地上に降り立った今は違う。
ガブリエウの虚ろな瞳に、
再び冷たい輝きが宿る。
その周囲で、風と土が絡み合い、
複雑な渦となって空間を歪ませていった。
無数の結晶が、音もなく浮かび上がる。
それらは静止したまま、
まるで空間そのものを覆い尽くすように配置されていく。
――これが、
風と土が完全に融合した、
ガブリエウ君本来の混合魔法……。
先ほどとは、明らかに別物だった。
――まずい。
パイヤンは歯を食いしばり、懸命に立ち上がる。
だが、もはや間に合わない。
視界を埋め尽くす結晶群は、
逃げ場のない弾丸の陣となって、
すでにこちらへ照準を合わせていた。
残された選択肢は、一つだけ。
風属性の防御壁を張り、
正面から耐えるしかない。
――でも……ガブリエウ君には通用しない
防御壁なんて出したらその時点で僕の負けじゃないかっ……!
「うああああぁぁっ!」
それでもパイヤンは、
悲痛な叫びとともに全身全霊の魔力を叩き込み、
全身全霊の魔力で、風の防御壁を展開するしかなかった。
身体を貫かれる未来を覚悟し、
全身が、硬直する。
だが――
予想していた衝撃は、訪れなかった。




