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第66話:魔法競技祭当日――光を継ぐ者

「ヒカルくん……っ!」


 ヒヨリさんは震える声で俺の名を呼び、迷わず駆け寄った。

 すぐに水魔法を展開し、灼けた俺の身体を冷やしていく。


 ヒヨリさんが抱き起こしてくれたとき、震える手の感触が伝わってきた。


 その後、ヒヨリさんはミヤコの腰から通信機を取り出し、専用回線を起動すると、

 救護部隊の要請と戦闘の結果を簡潔に報告した。


 通信を終える頃、俺は荒い息を吐きながら、かすれた声で口を開いた。


「……俺は、一度絶望を味わいました」


 胸の奥に突き刺さった過去が、じりじりと疼く。


 それでも唇を噛みしめ、言葉を続けた。


「俺のせいで、親友が死んだんです。

 いや……俺が殺したようなものです」


 胸の奥に、熱くて苦いものがせり上がってきた。


「本当は、俺が死ぬはずだった。

 でも、あいつは言ったんです。

 “俺が魔女を倒すことに賭ける”って――。

 無属性の俺に、そんな訳の分からないことを言って……

 結局、俺の代わりに死にました」


 震える拳を強く握りしめる。

 その痛みが、俺の決意をいっそう鋭く研ぎ澄ませていく。


「俺は、魔女を倒さなきゃいけないんです。

 そうしないと、あいつが死んだ意味がなくなる。

 そこに光属性の重責が加わろうと……俺のやるべきことは変わりません。

 だから、人々の命も、希望も、未来も――全部、俺が背負ってみせます!」


 自分でも驚くほど、そこに迷いはなかった。


 俺はヒヨリさんをまっすぐに見つめる。


「そのために作り上げた力――それが新魔法“モラタ”です。

 ……俺は、“モラタ”と共に前に進み続けると決めたんです」


 言葉にした瞬間、モラタの最期の姿が脳裏によみがえる。


 魔法器を持たず、最初から諦めるしかなかったモラタが、

 自分の命を犠牲にして俺を生かした、あの瞬間――。


 風穴へ飛び込んだモラタは、微かに微笑んでいた。


『だから俺たちはこれからもずっと、“ひたすら前に進み続ける最強のコンビ”なんだ』


 その言葉は、いまも俺の胸の奥で、消えることなく刻み込まれている。


「ヒカルくんは……すごく強いんだね……」


 ヒヨリさんは静かに目を伏せた。


 その穏やかな声の余韻を残したまま、ゆっくりと顔を上げる。


「その力が光属性なのかどうかはわからないけど……

 さっき、確かに私は、ヒカルくんの中に光を感じたよ」


 胸の奥に、じんわりと温かいものが広がった。


 その一方で、ふと疑問が頭をよぎる。


「……あの、ひとついいですか?」


「えっ?」


 少し考えながら、俺は静かに口を開いた。


「消えたヒヨリさんの力って、本当に光属性だったんですか?

 実は違ってた可能性も……あるんじゃないでしょうか?」


 その瞬間、ヒヨリさんは小さく息を呑んだ。

 まるで、そんな発想をしたことがないと言いたげな表情だった。


「そっかぁ……。確かに、その可能性もあるのかぁ……」


 ヒヨリさんの表情が、ほんのわずかに和らいだ。

 胸の奥でずっと抱えていた重苦しい何かが、ほんの少しだけ軽くなったような気がした。


 二人の間に、静かな沈黙が流れる。


 やがてその静寂を破るように、遠くから複数の足音とざわめきが近づいてきた。


 救護部隊が到着したのだ。


「三名とも命に別状はありません。ただちに本部へ搬送します」


 隊長らしき人物がヒヨリさんに短く報告し、深く頭を下げる。

 ヒヨリさんは小さく頷き、隊員たちが慌ただしく動き始めるのを静かに見つめていた。


 担架に乗せられた俺は息が荒く、身体はまだ思うように動かない。

 それでも意識ははっきりしていた。ヒヨリさんと目が合うと、自然と微笑みがこぼれた。


「ヒヨリさん……また話、聞かせてください」


 かすれた声で言うと、ヒヨリさんも同じように微笑み返す。


「うん……またね」


 その言葉に胸がふっと軽くなった。

 安心したように、俺はゆっくりと目を閉じる。





 ヒヨリは、ヒカルたちの姿が完全に見えなくなるまでその場を動かなかった。

 静かな風が吹き抜け、彼女の長い髪をそっと揺らす。


「……ありがとう、ヒカルくん」


 誰にも聞こえないほど小さな声で呟くと、ヒヨリは一人、ゆっくりと墓地へ歩き出した。


 足を止めた先は――ミロの墓の前だった。


 実はヒヨリは、ルドルフの精神操作を受けている間、

 その力を逆手に取り、“相手の記憶を拾う”ことができていた。


 そして――知ってしまったのだ。


 拘置所に来ていたあの猫の正体。

 それが、幼い頃に自分をいじめていたミロだったこと。


 そしてミロがヒヨリを助けようとして、

 “魔女の嫉妬”に触れ、消えてしまったという事実を。


 ヒヨリの唇が、小さく震えた。


「ミロ君……ごめんね。私のせいで……本当に、ごめんね……」


 そして今もまた――

 自分が精神操作を解かなかったばかりに、仲間を傷つけてしまった。


 その責任を取らなければならない。

 これ以上、王血部隊に迷惑をかけられない。


 それに――

 この国の“光”は、もうヒカルにあるのかもしれない。

 そう思った瞬間、胸の奥にふと、これまで感じたことのない穏やかさが広がった。


 ヒヨリは静かに目を閉じると、

 自らの周囲に、美しくも冷たい結晶をゆっくりと生成し始めた。


 その透明な輝きは、孤独を照らす灯りのようであり……

 同時に、心を断ち切る刃のようでもあった。


 そして震える右手を、ゆっくりと掲げる。


「これで……やっと終われる……」


 囁くような声。

 小さく微笑んだ唇。


 輝きを放つ無数の結晶が、ためらいもなくヒヨリ自身へ向かって放たれる――その瞬間だった。


 凄まじい風が吹き荒れ、ヒヨリの身体は力強い腕に強引に抱き寄せられた。

 激しい風が結晶を次々とはじき飛ばしていく。


 だが、その嵐の中で――

 いくつかの結晶が、誰かの身体へ深々と突き刺さる鈍い音が響いた。


 嵐のような時間が過ぎ去り、静寂が訪れた。


 ヒヨリが恐る恐る目を開けると、そこは誰かの胸の中だった。

 その腕は温かく、力強い。

 張りつめていた身体の緊張が、ゆっくりと解けていくのを感じた。


「大丈夫か、ヒヨリ」


 その声を聞いた瞬間、ヒヨリの瞳に涙が溢れた。


 見上げれば――そこには、ヒヨリが最も信用している人物、シシンの姿があった。


「どうして……どうして助けるの……っ?

 やっと楽になれると思ったのに……!

 また大切な人を傷つけちゃったよぉ……もう、誰にも迷惑かけたくないのに……!」


 声は震え、涙は止まらない。


 シシンは何も言わず、ただ彼女をしっかりと抱きしめ、その涙を静かに受け止めた。


「私なんて……迷惑しかかけてない……

 誰にも……必要とされないんだよぉ……

 お願いだから……もうシシン君が……殺してよぉ……!」


 悲痛な懇願が胸から絞り出される。

 胸にこみ上げる悲痛な感情に耐えきれないかのように、

 ヒヨリは小さな身体を激しく震わせながら、シシンの胸にすがりついていた。


 シシンは深く息をつき、一度だけ目を伏せた。

 そして、抱きしめる腕にそっと力を込める。


「……ヒヨリ、よく聞け」


 その声は静かで、しかし驚くほど揺るぎなかった。


「俺のことは……信用できるか?」


 ヒヨリは、小さく――けれど確かに頷いた。


 シシンも静かに頷き返す。


「俺は、何があってもお前の味方だ。……何があってもだ」


 その言葉に、ヒヨリは震えながらももう一度しっかりと頷いた。

 その瞳には、かすかだが確かな安堵が浮かんでいた。


「だからヒヨリのことを迷惑だなんて思わない。

 助け合うのが仲間だからな。だから……もっと俺を頼れ」


「ありがとう、シシン君……。

 だけど……それだと私が頼ってばかりになるから、申し訳なくて……」


「……俺がヒヨリを必要としてるんだ。だから、それでいい」


「えっ……?」


 顔を上げたヒヨリと目が合うと、シシンはわずかに顔を背け、

 気まずそうに視線を逸らした。


「そ、その……当然、王血部隊の戦力としてだ。

 お、お前がいないと困るからな……」


 その耳元が微かに赤く染まっているのを見て、

 ヒヨリの胸に、ふっと温かいものが広がった。


 ――あぁ、私……シシン君に必要とされてるんだ……。


 “誰にも必要とされない”という恐怖が、ゆっくりと溶けて消えていく。


 胸の奥に残っていた冷たく重いものが、

 少しずつ温かな何かに置き換わっていく。

 完全に癒えたわけではないけれど――

 もう一度、前を向ける気がした。


 ヒヨリは静かに息を吐き、小さく微笑む。

 その表情は、まるで長い冬が終わりを告げ、

 春が訪れたかのようだった。


 ふとヒヨリは頬を赤らめ、小さく口を開く。


「あの……シシン君、もう一度だけ言ってもらえないかな……?

 そ、その……私が必要だってこと……」


 シシンは驚いたように目を瞬き、わずかに言葉を詰まらせた。

 しかしすぐに息を整え、照れ隠しをするように視線を逸らしながら言った。


「……ヒヨリが必要だ」


「あの……えっと……誰が私を必要としてくれてるんだったかなぁ……?」


 ヒヨリが軽く茶化すように言うと、シシンの表情がわずかに引きつり、

 耳の先まで真っ赤になる。


「……調子に乗るな」


 ぶっきらぼうな言葉とは裏腹に、その声はどこか優しかった。


 ヒヨリの胸の奥に、ふわりと温かなものが広がる。


 ――まだ私、頑張れるかもしれない。


 やがて二人はゆっくりと立ち上がり、

 穏やかな足取りで作戦本部へと向かっていった。


 柔らかな陽射しが、そっと彼らの背中を包み込んでいた。


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