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第65話:魔法競技祭当日――背負うべき光

本日、もう一話公開します。

「こちらヒカルっ! 直ちに諜報部隊・五の救出に向かいますっ!!」


 一斉通信でそう告げた瞬間、

 胸の奥に――ふと、ラァラの姿がよぎった。


 パルロの報告では、ガブリエウに連れ去られたという。

 ラァラには聞き出したいことが山ほどある。


 それに――何より、救い出したい。


 だが俺の任務は、諜報部隊・五の救援だ。

 今は、その衝動を押し殺すしかなかった。


 ――パオタロ……お前たち、ニイチセンを信じる。

   だから……絶対に救い出してくれよ。


 奥歯を噛みしめ、正面へ視線を戻す。


「――モラタ!」


 一つの魔法器に込めた属性を、複数の魔法へ同時展開できる――

 “モラタ”の特性を最大限に解き放つ。


 全身に幾重もの風属性の魔力を纏わせると、

 身体がふわりと浮き上がった。


 ――この感覚……行ける!


 さらに集中を高め、火属性の魔力を風に何度も重ね合わせていく。

 風は熱を帯び、赤く燃え立つ炎の暴風へと変わった。

 烈火の推進力が背を押し、景色が一気に後方へと流れ去る。


 もはや無属性とは思えない速度だ。

 視界の端はぼやけ、風圧で涙が滲む。


「す、すげぇ……!」


 だが、代償はすぐに訪れた。


 呼吸が乱れ、肺が焼けつくように痛む。

 魔力の消費に比例して身体が悲鳴を上げ、心臓は破裂しそうなほど強く打ち鳴らされる。


「……さすがに何重も重ねると、魔力消費が激しいか」


 それでも速度を落とす気はなかった。

 すでに王血館の屋根が視界の先に見え始めている。


 だがその瞬間、胸の奥で心臓が跳ねた。


 ――煙……? 墓地の方だ……!


 脳裏に、あの声がよみがえる。


『こちら諜報部隊・五!

 外壁まで到達したものの、壁内に入れません! 不明な魔力に弾かれます!』


 諜報部隊・五――

 王血部隊が訓練場から外壁の外へ転送されたあと、

 シシンさんの指示で最初に外壁へ到達したと報告したのが彼らだった。


 あの時、俺は一瞬で分かっていた。

 あれは、ミヤコの声だ。


 諜報部隊・五は、カイトとミヤコの部隊に違いない。

 俺が必ず救い出す。モラタの二の舞にはさせない。


 ――頼む……間に合ってくれ……!


 視界は次第に霞み、呼吸は熱と痛みで掠れていく。

 それでも歯を食いしばり、魔力の消費など気にも留めず速度を維持した。


 王血館の上空を抜けると、眼下ではヒヨリさんとカイトが鋭く対峙しているのが見えた。


 カイトは魔力を限界まで高め、防御壁を必死に展開しようとしている。


 一方のヒヨリさんは、虚ろな瞳のまま右手を冷たく突き出し、

 膨大な魔力を容赦なく収束させていた。


「カイトォォオオオオ!!」


 叫んだ瞬間、ヒヨリさんの手から爆炎が解き放たれた。


 圧倒的な火力が空気を裂き、カイトの防御壁を粉砕する。

 轟音が響き、赤い閃光が周囲を呑み込んだ。


 ――防ぎきれない……!


 炎がカイトを飲み込み、地面ごと爆ぜた。

 その光景に、息が止まる。全身が凍りつく。


 ……だが、その刹那。


「……っ!?」


 爆炎の動きに違和感を覚えた。


 防御壁を破った直後、炎はまるで意図的に抑えられたように勢いを失い、

 熱量を残したまま、カイトへとゆっくり覆いかぶさっていったのだ。


 ――手加減……している……?


 混乱を押し殺し、俺は速度を落とさずにカイトのもとへ急降下した。


 着地と同時に水魔法を展開し、

 灼けた地面とカイトの身体を一気に冷却する。


「大丈夫か、カイト!?」


「っ、ああ……」


 掠れた声を聞いた瞬間、胸の奥の緊張が少しだけ解けた。

 意識は朦朧としているが、致命傷ではない。


 すぐにミヤコへ視線を移す。

 彼も焼け焦げた服のまま地に伏していたが、命に別状はなさそうだ。


 俺は大きく息を吸い、静かに立ち上がってヒヨリさんの方へ向き直った。


 彼女はそこにいた。

 虚ろな瞳で、俺をじっと見つめている。


 その瞳には感情の色がなかったが――

 微かに震えている。


 まるで、泣くのを必死で堪えているように見えた。


 沈黙が落ちる。


 風の音だけが、焦げた地面の上をかすめていく。


 ――“ハッタリが通用し易くなる魔法”


 あのオッサンの魔法が、一瞬、脳裏をよぎった。


 だけど、きっと今は違う。

 ヒヨリさんの心に届くのは、魔法の言葉なんかじゃない――そう思った。


 俺は、意を決して口を開いた。


「ヒヨリさん……本当は、精神の支配なんて受けていないんじゃないですか?」


 ヒヨリさんは何も答えず、ただ静かに俺を見つめ返していた。


「複数の属性を重ねた魔法がどれだけ凄まじいか……俺にはもうわかります。

 それなのにヒヨリさん……さっき、カイトを殺さないよう直前で威力を抑えましたよね?」


 その瞬間、ヒヨリさんの瞳が大きく揺れた。


 氷のように凍りついていた無表情が、ゆっくりと崩れていく。

 その瞳に、かすかな“意思”の光が戻り始めた。


 やがて、ヒヨリさんは小さく息を吐き、かすかに笑った。


「……ふふ、ヒカルくんにはバレちゃうかぁ」


 その笑みは自嘲めいていて、どこか諦めを帯びていた。

 それでも、声の奥には隠しきれない疲労と悲しみがにじんでいる。


「ちょうど強力な精神攻撃を受けていたの。

 だから、このまま支配されたフリをしていれば……誰かが、きっと“楽にしてくれる”って……そう思ったんだけどね」


 淡く儚げな笑みを浮かべながら、ヒヨリさんはぽつりと続けた。


「ヒカルくんが……このまま、私を殺してくれたらよかったのに」


 その一言で、胸の奥に何かが弾けた。


「な……何言ってるんですか、ヒヨリさん……」


 思わず声が震えた。

 怒りでも悲しみでもない、どうしようもない焦燥が胸を締めつける。


 それでもヒヨリさんは、穏やかな表情のまま、静かに言葉を紡いだ。


「ヒカルくんは知ってるかな?

 ――“光属性”は実は私で、その力を使って過去に戻っていたってこと」


「えっ……!?」


 思考が一瞬で真っ白になる。


 過去に戻れる能力の噂は聞いたことがあった。

 けれど、それが現実で――しかもヒヨリさんが“光属性”の力を持っていたなんて。


 理解が追いつかない。

 動揺と困惑が、胸の奥で渦を巻いていた。


「あ、知らなかったんだぁ……。

 そっか、まだ上層部の人間しか知らない秘密にされてるんだね」


 ヒヨリさんは力なく笑った。

 その瞳には、ひどく寂しげな色が宿っていた。


「でもね、私はもう過去には戻れないの。

 私のせいで、光属性の力は……消えちゃったんだよぉ……」


 声が震える。

 その震えは、隠しきれない自己嫌悪と、深い悲しみの混じったものだった。


「光を失った私なんて、もう何の価値もない。

 存在しているだけで、みんなを傷つける……。

 最初から、生まれてこないほうがよかったんだよぉ……」


 最後の言葉は涙にかき消され、

 ヒヨリさんの瞳には、諦めと孤独が滲んでいた。


 その姿を見た瞬間、胸に鋭い痛みが走る。

 呼吸が詰まり、胸の奥が締めつけられる。


 ――ヒヨリさん……。


 軍令府で初めて言葉を交わしたあの日、確かに『鐘の音』が鳴った。


 それは、彼女が魔女を憎んでいることの何よりの証だった。


 それにヒヨリさんは、ラァラを追い詰めるために俺たちの部屋へ押し入ったことも、

 自分の口ですべて正直に話してくれた。自分にとって不利になりかねない話を、だ。


 ――ヒヨリさんの行動は、たしかに不可解に見えるかもしれない。

   だけど、それは全部きっと、この国を、みんなを守るためにやったことなんだ。


 俺は拳を強く握りしめ、まっすぐにヒヨリさんを見据えた。

 抑えきれない想いをぶつけるように叫ぶ。


「俺は、ヒヨリさんのことを信じています!!

 それに、尊敬だってしてます!!

 軍令府で話したときから、その気持ちは一度も変わってません!!」


 ヒヨリさんは目を丸くして、小さく息を呑んだ。


 一瞬だけ、その瞳に光が戻ったように見えた。


 だがそれも束の間で、すぐに悲しげな微笑へと変わる。


「光属性はね……魔女を倒すことが責務なの。

 それなのに私のせいで、光を失った……。

 大賢人が予言した“世界を救う光属性”に、私なんかがなったせいで……みんなの希望を壊しちゃったんだよぉ……」


 嗚咽まじりの言葉が胸に突き刺さる。


 ヒヨリさんの悲痛な叫びに、俺は拳を握りしめた。


 彼女が背負ってきた責任の重さを、俺は本当の意味で理解できていないのかもしれない。それでも、これ以上彼女が苦しむのを見ていることなんてできなかった。


 恐怖とためらいが一瞬、胸をかすめる。


 俺が彼女を本当に救えるか――そんな不安が頭をよぎる。


 けれど、それでも。


「じゃあ……俺が光になります!!」


 その言葉を放った瞬間、ヒヨリさんの表情が一変した。

 穏やかだった瞳に激しい怒りと苛立ちが宿り、俺を射抜くように睨みつける。


「――軽々しく言わないで!!」


 ヒヨリさんが叫んだ瞬間、空気が張りつめた。

 その瞳には怒りと、長い間押し殺してきた痛みが宿っているように見えた。


 “光を背負う”という言葉が、どれほどの重みを持つのか――


 その一端だけでも、俺には痛いほど伝わってきた。


 きっとヒヨリさんは、誰にも理解されない孤独の中で戦ってきたのだろう。

 失敗も弱音も許されず、立ち止まることすらできなかった。

 それでも前へ進み続けるしかなかったんだ。


「だったら……その力を見せてよぉ……!」


 なのに――俺は、それを背負うと言った。

 光属性とは、きっと自分の意志だけで抱えられるほど甘いものじゃない。


 魔女に立ち向かい、絶望に沈む人々を救い、未来への道を照らす。

 希望という言葉に込められたすべてを、一人で背負う覚悟と強さが求められる。


 本当に、俺にそんなことができるのだろうか……。


 ヒヨリさんは次第に冷静さを取り戻し、

 悲しみと諦めを帯びた瞳で俺を真っ直ぐに見据えた。


「ごめんね、ヒカルくん。

 でも……無属性のあなたに、本当にそれだけの力があるの?

 光属性を背負うっていう重責が、どれほど重いか本当に分かってるの……?」


 俺はその問いを正面から受け止めた。


 自分でも背負えるのかわからない。

 それなら――その重さを唯一知る彼女自身に、確かめてもらうしかない。


「わかりました。さっきの言葉、撤回させてください。

 でも俺は、あなたが認めるまで絶対に諦めませんから!」


 言い終えると同時に、俺は火属性の魔法を発動させた。


 瞬間、全身が炎に包まれる。

 赤い輝きが皮膚を焼くように走り、周囲の空気が震える。


 ヒヨリさんは眉をひそめ、その光景をじっと見つめていた。


「……どういうつもり?

 そんな単純な魔法で、何を証明するつもりなの……?」


 だが次の瞬間、俺を覆う炎がさらに強く輝きを増した。

 そして――幾重にも、幾重にも炎が重なっていく。


「……え?」


 ヒヨリさんの表情に、困惑が浮かぶ。

 炎は赤々と燃え上がり、俺の輪郭をも呑み込む勢いだった。


 魔力の消耗が急激に増し、呼吸が荒く乱れていく。

 肩で息を繰り返すたび、吸い込む空気さえ熱に焼かれた。

 もはや自分の放つ炎の熱に耐えることすら、限界に近い。


 それでも――俺は歯を食いしばり、狂ったように炎を重ね続けた。


 ――まだだ……!

   光属性を背負うには、まだ……足りない……!!


 炎は幾重にも絡み合い、密度と熱を増していく。


 鮮やかな紅は深紅へ、やがて禍々しい赤黒へと変わり、

 空間そのものを歪ませるほどの熱を放ち始めた。


 視界が溶ける。

 音が、遠のいていく。


 自分の身体が限界を超えているのは、もう分かっていた。


 ヒヨリさんの瞳が、不安と焦りに揺れ始める。


「ちょ、ちょっと……ヒカルくん! もう十分だよぉ! やめて!」


 しかしその声は届かない。

 炎の唸りがすべてを飲み込み、耳鳴りのように頭の中で反響していた。


「ヒカルくん! もう分かったから!!

 お願いだから、やめてぇっ!!」


 悲痛な叫びが響いた瞬間、俺の力は尽き果てた。


 炎は徐々に収束し、静寂が戻る。

 俺はゆっくりと両膝をつき、そのまま崩れ落ちるように地面に倒れ込んだ。


 残響のように、荒い呼吸だけが場に響く。


 ヒヨリさんが駆け寄り、俺を覗き込む。

 その瞳は大きく揺れているように見えた。

 唇は震えている。


「ヒカルくん……っ!」


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