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第64話:魔法競技祭当日――諜報部隊・五

「こちら諜報部隊・五――!!

 王血館、敷地内の墓地付近でヒヨリさんから攻撃を受けています!

 指示をお願いします!」


 通信機に叩きつけるように報告するミヤコの声は、明らかに切迫していた。

 隣では、カイトが荒い息を整えながら、不気味なほど静止したままのヒヨリを睨み据えている。


 その周囲だけ、風が不自然に渦を巻き、空気が軋んでいた。





 王血部隊・乙種として諜報部隊・五を任されている双子は、

 例の少女を捜索中のニイチセンとニイニセンを支援するため、

 訓練場周辺の索敵任務に就いていた。


 その任務の途中、王血館の敷地内で見つけたのは――

 墓前に立ち尽くし、無言のまま動かないヒヨリの姿だった。


 その表情は冷たく、瞳には生気がない。


「ヒヨリさん……?」


 カイトが恐る恐る声をかけた、その瞬間――


 ヒヨリの身体が、かすかに震えた。

 次の刹那、敵意を孕んだ魔力の奔流が解き放たれる。


 空気が爆ぜ、風が唸る。


 二人は反射的に飛び退いたが、

 地面を抉る衝撃波が、背後を凄まじい勢いで駆け抜けた。





 そして――現在。


『待て……ヒヨリが本当に攻撃しているのか!?

 諜報部隊・五、状況が理解できない!』


 作戦本部から響くカエイの声にも、混乱と動揺が滲んでいた。


 だが、カイトもミヤコも、その通信に応じる余裕はなかった。


 さっきまで遠くで静止していたヒヨリが、突風のような勢いで動き出していたのだ。


 全身を包む風の奔流が砂塵を巻き上げ、猛烈な勢いで距離を詰めてきている。

 右手には、空気が震えるほどの魔力が凝縮されている。


 ――……速すぎる!


 ミヤコは息を呑み、即座に判断を下す。


「カイト、防御壁だ! 二人の呼吸を合わせるんだっ!」

「了解!」


 双子の魔力がほぼ同時に爆ぜた。

 鼓動が重なり、呼吸が一つになる。

 その瞬間――体内の魔力回路が共鳴を始めた。


 一卵性ボーナス。


 血の奥底で、同じリズムの鼓動が響く。

 熱と圧が全身を駆け巡り、魔力が一気に膨れ上がる。


 乙種所属でありながら、カイトには火の加護があり、ミヤコには土の加護がある。

 いずれも属性値は高く、一卵性ボーナスによる魔力増幅も見込める。

 本来なら、甲種に配属されてもおかしくない実力だ。


 だが、二人とも魔法器を二つしか持っていなかった。


 甲種は三つ以上の魔法器を持つ者が選抜される。――多様な戦術に対応する“柔軟性”が求められるからだ。


 その条件を満たせず、乙種に留められた。


 けれど今この瞬間、

 誰も彼らを“支援要員”だとは思わないだろう。


 カイトの炎が轟音を立てて渦を巻き、

 赤々と燃え盛る防御陣を描く。


 ミヤコはすぐさま地面に手を突き立て、

 大地の魔力を呼び覚ます。


 震える地面から隆起した土壁が炎を包み込み、

 焼かれながらもさらに硬度を増していく。


 炎と土が互いを鍛え合うように融合し――

 燃える岩のごとき土壁が、巨大な障壁として姿を成した。


 しかし次の瞬間。

 轟音とともに爆炎が防御壁を飲み込んだ。


 耳をつんざく衝撃が走り、視界が真紅に染まる。

 壁はかろうじて形を保ったが、表面は激しく揺らぎ、衝撃波によって足元が揺れ動いた。

 肌を焼くほどの熱風と内臓を震わせる衝撃が同時に襲いかかる。


「ヒヨリさん……! どうして俺たちを攻撃するんですか!?」


 カイトの叫びには、怒りよりも戸惑いが濃く滲んでいた。


 だが、返答はない。


 煙が風に流れていく――だがそれは、明らかに逆方向へ。

 ミヤコの背筋を、冷たい違和感が走った。


「カイト、後ろだッ!」


 警告とほぼ同時に、背後から爆発的な風圧が襲う。


 振り返ったカイトの視界に、

 風を纏ったヒヨリの姿が、疾風のごとく迫っていた。


 周囲の草木が千切れ、土が舞い上がる。

 その軌跡は、まるで嵐そのものだった。


 カイトは反射的に炎を放ち、

 同時にミヤコも土の魔力を重ねる。


 二人の攻撃が完全に同期し、衝突点で爆光が激しく弾けた。


 圧縮された炎と土が爆ぜ、無数の破片と衝撃波が四方へと拡散する。

 地面が鳴動し、空気が震えた。


「ば、ばかやろ……ミヤコ、やりすぎだ!

 ヒヨリさんが死んじまうぞ!!」


 カイトの声が裏返る。

 顔は青ざめ、瞳が焦りに揺れていた。


 だが、ミヤコは額の汗を拭うこともせず、

 煙の向こうを鋭く睨み続けている。


「カイト、俺たちが相手にしているのは、あのヒヨリさんだよ。

 僕たちの一撃で致命傷を負うような相手じゃない。

 それより今――

 僕たちは生き残れるかどうかの瀬戸際にいるんだ。一瞬も気を抜くなよ」


 その言葉にカイトは唇を噛み、再び構えを取った。


 やがて、煙が晴れる。


 そこには、風と火を纏いながら立つヒヨリの姿があった。

 虚ろな瞳。無表情。

 だが、その視線だけは冷たく、確実に二人を捉えていた。


「あの目……俺たちを認識しているのかも怪しい。

 カイト、あれはおそらく精神操作だよ。市街地で見た民衆よりも、ずっと深く、複雑な魔法をかけられているんじゃないかな」


「精神操作だって……!? そんなもの、どうやって止めればいいんだよ!」


 カイトの声が震えた。

 焦りと恐怖が入り混じり、喉がひりつく。


「……戦闘から離脱しよう。

 俺たちの任務は甲種の支援だ。ヒヨリさんを甲種から遠ざけるように誘導する」


 ミヤコがそう言った、その時――

 腰に取り付けてあった通信機から、鋭い声が割り込んだ。


『甲種部隊長シシンより、全部隊へ通達。

 エドワード公とヒカルは無実だ。繰り返す――両名は無実である。

 各隊、両名と接触次第、その行動を全面的に支援せよ!』


 通信は続く。


『それからヒカル!

 新魔法“モラタ”を使用した状態なら、支援が可能なはずだ!

 すぐに諜報部隊・五の救出に向かえ! 俺もすぐに合流する!』


 ――ヒカルが来る。


 ベイグレッド(モラタ)が犠牲になった、あの事件以降。

 図書館に籠り切ったかと思えば、第一貴族エドワード公のもとで修行するようになり、

 まともに言葉を交わす機会もなくなっていたヒカルが――今ここへ向かってくる。


 その予想外の言葉に、カイトとミヤコは思わず顔を見合わせた。

 わずかに口元が緩む。


 だが、その刹那。


 風が唸りを上げた。

 ヒヨリの纏う魔力が一気に膨れ上がり、

 爆ぜるように周囲の空気を弾き飛ばした。


 ――しまっ……!!


 ミヤコは反射的に魔力を叩き込む。

 地面を割り、巨岩の壁を瞬時に隆起させた。


 カイトも同時に動こうとする――が、

 わずかに遅れた。


 岩壁に炎を重ね、硬化させる前に、

 ヒヨリの身体が閃光のように突き抜けた。


 轟音。

 防壁が粉砕される。


 破片と衝撃波が嵐のように巻き起こり、

 カイトとミヤコの身体を容赦なく叩きつけた。


 地面が軋み、空気が唸る。

 二人は何度も転がりながら、土煙の中へと消えた。


 その時――ミヤコの通信機から、勢いのある声が飛び込んだ。


『こちらヒカルっ! 直ちに諜報部隊・五の救出に向かいますっ!!』


 カイトは必死に顔を上げた。


 通信の声に誘われるように、ヒヨリが倒れ伏したミヤコへと狙いを定めるのが見えた。

 右手を掲げ、その指先に灼けるような魔力が凝縮していく。


「ミヤコォォォッ!!」


 カイトは絶叫しながら立ち上がる。

 だが、ヒヨリの腕はすでに振り抜かれていた。


 閃光――そして爆炎。


 ミヤコは目を見開いたまま、防御の構えを取る間もなく業火に呑まれる。

 悲鳴が響き、炎が肌を焼き、空気が裂けた。


「――てめぇぇぇっ!!!」


 怒りがカイトの全身を貫いた。

 胸の奥で、何かが弾ける。


 魔力が逆流するように暴れ出し、体の芯を灼く。


「ミヤコに何しやがった! 絶対許さねぇっ!!」


 双子の絆が痛みと怒りに反応し、一卵性ボーナスが暴走的に発動した。

 抑えきれぬ魔力が体内から溢れ出し、全身を真紅の炎で包み込む。

 地面が焦げ、空気が沸騰した。


「許さねぇ……絶対に許さねぇ……!」


 カイトが踏み出すたびに、足跡が黒く焦げ付く。

 その異様な気配を察知し、ヒヨリはすぐに後退。

 両手を掲げ、風と炎を圧縮して混合防御壁を展開した。


 だが、カイトの瞳はもう理性を映していなかった。

 そこにあるのは、怒りと恐怖が混ざり合った、歪んだ光だけ。


「っんなもん、灰にしてやる……!!」


 咆哮とともに、灼熱の奔流が放たれる。

 炎の渦が何重にも重なり、空間が歪むほどの熱量を生み出した。

 大地が軋み、風が悲鳴を上げる。


 防御壁が轟音とともに崩壊した。

 ヒヨリは表情ひとつ変えずに後退を試みたが、

 カイトの炎の渦は執拗に追いすがる。


 獲物を狙う蛇のように絡みつき、

 ヒヨリの細い身体を、炎の中心へと引きずり込んでいった。


 完全に炎に呑み込まれたのを見届けると、カイトは荒い息のまま右腕を掲げた。


 ――ここで終わらせる。


 直後、爆発的な炎が再びヒヨリを襲った。

 轟音とともに爆風が吹き荒れ、土埃が巻き上がって視界を奪う。


 そして、静寂が訪れた。


「……しまった……やり過ぎた……!」


 我に返ったカイトは、拳を握り締めたまま息を呑む。

 心臓が不規則に脈打ち、焦燥が胸を締め付ける。


 煙がゆっくりと晴れていく。


 だが――そこに、ヒヨリの姿はなかった。


 地面には、小さく掘られた脱出口のような穴が、

 不気味にぽっかりと口を開けていた。


 ――やられた……!!


 冷たい焦りが背筋を駆け抜け、カイトはすぐにミヤコの方へ視線を向けた。


 そこには、焼け焦げた服のまま苦しげに身を起こそうとするミヤコと、

 その目の前に無言で立つヒヨリの姿があった。


 ヒヨリの身体には炎の痕跡が一つもない。

 髪の毛一本焦げておらず、まるで炎そのものを拒絶したかのようだ。


 その姿は、カイトの背筋を凍らせるには十分だった。

 ただ虚ろな瞳だけが、冷たくカイトを見据えている。


「……いい加減にしろよっ!!」


 カイトの中で迷いは完全に吹き飛んだ。

 ミヤコを守る――それだけが、今の自分を動かしていた。


 カイトは再び両腕に魔力を集中させ、

 怒りと恐怖のすべてを込めてヒヨリへと業火を叩きつけた。


 轟音。


 凄まじい炎が一直線にヒヨリを貫き、

 その身体を瞬く間に飲み込み、紅蓮の渦へと変えた。


 その時――カイトの視界の端に、ミヤコの姿が映る。

 必死な形相で、懸命に何かを伝えようとしていた。


 焦りに満ちた唇が、確かに動いている。


 ――なに言ってるんだ……?


 次の瞬間、燃え盛るヒヨリの姿が、陽炎のように揺らめいて――

 あっさりと煙に溶けて消えた。


 その瞬間、カイトは理解する。


 ――分身だ……!!


 だが、気づくのが遅すぎた。


 背後から、骨の髄まで凍るような魔力の気配。

 空気が震え、全身の血が一瞬で冷たくなる。


 ――嘘だろ……。


 ゆっくりと振り返った視界の先――

 トンネルの闇の奥から、ヒヨリが静かに浮かび上がってきた。


 掲げられた右手が冷酷に光り、虚ろな瞳が感情の欠片もなくカイトを見下ろしている。


 カイトは反射的に業炎の渦を練り上げ、

 全力で巨大な火の防御壁を展開した。


 今、彼の火の属性値はすでに130近くに達している。


 それでも、この防御壁だけでは、

 火・風・土の三属性を併せ持つヒヨリの攻撃には到底耐えられない――そう直感した。


 ――ここまでなのか……。


 その時――


「カイトォォオオオオ!!」


 耳を突き抜けるような声が響いた。


 懐かしく、そして力強い声。


 横目に捉えた空の先、

 全身に眩い魔力の光を纏い、一直線に突き進んでくる人影があった。


 ヒカルだった。


 空を裂くような速度。

 その姿は、以前とは比べものにならないほど逞しく見えた。


 カイトは思わず口元を緩める。


「おせぇーんだよ」


 だが、その呟きと同時に――


 視界が白に弾け飛んだ。

 防御壁ごと、凄まじい爆炎がカイトを呑み込んだ。


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