第62話:魔法競技祭当日――恐怖の影
甲種・二期生は全員、
ヒカルが新魔法“モラタ”を発動した際に現れた少女――ラァラの行方を追っていた。
だが、記憶を失っている彼らにとって、ラァラは“謎の少女”でしかない。
当初は、少女が現れた“戦闘訓練場・一”を重点的に調査したが、そこにいたのは精神操作を受けた貴族関係者ばかり。
少女に関する手掛かりはまったく得られなかった。
やむなく、捜索範囲を拡大する方針が取られた。
ニイチセンのパオタロ、パイヤン、パルロは“戦闘訓練場・二” へ。
一方、ニイニセンのケイトとメイナは、精神操作された貴族関係者の誘導・保護と並行して、“戦闘訓練場・一”周辺の捜索を担当することになった。
◇
「クーデターで戦場と化したこの状況で、俺たちは迷子探しか……」
パオタロはやや呆れたように呟きながらも、警戒を怠らなかった。
「それだって、立派な任務でしょ?」
パイヤンがすぐさま言い返すと、パルロが横目でニヤリと笑った。
「パイヤン、お前ちょっと嬉しそうじゃん。
本当は、こういう平和な任務のほうが好きなんだろ?」
「そ、そんなわけないでしょ!」
顔を赤くしながら反論するパイヤン。
軽口を交わしつつも、三人の動きに迷いはなかった。
“戦闘訓練場・二”の調査も終盤に差しかかっていたが、依然として少女の痕跡はない。
パオタロは息をつき、仲間たちへと声をかけた。
「このエリアはほぼクリアだ。……他の場所へ移動するぞ」
その時だった。
“戦闘訓練場・一”の方向から、切羽詰まった悲鳴が響き渡る。
ケイトとメイナの声だ。
パオタロの表情が一変する。
「急ぐぞ!」
その一言と同時に、ニイチセンの三人は地を蹴った。
“戦闘訓練場・一”へ――全速力で駆け出す。
◇
現場に辿り着いた三人は、目の前に広がる光景に息を呑んだ。
虚ろな瞳のガブリエウが、意識を失った少女を肩に担いだまま、
無数の鋭利な結晶を宙に浮かべ、ケイトとメイナを容赦なく襲撃していた。
結晶は不気味な光を放ち、
生き物のように軌道を変えては、二人を執拗に追い詰めていく。
ケイトは恐怖に耐え切れず、地面にへたり込んだまま火属性の防御壁を維持していたが、震える手では防壁の形も保てず、炎は弱々しく揺らいでいる。
その隣ではメイナが氷のドームを展開し、必死に補強を繰り返していた。
だが結晶の嵐は止まらず、砕かれるたびに再構築を強いられる。
わずかな隙間から侵入した刃が、二人の肌を容赦なく裂き、
途切れ途切れの悲鳴が、訓練場に痛ましく響いていた。
「ちっ……めんどくせぇ状況だ」
パオタロが舌打ちを漏らし、すぐに右手へ魔力を集中させる。
冷静さを取り戻しながら、短く鋭く指示を飛ばした。
「パルロ、少女奪取の支援要請を! パイヤンは風属性で俺の火を押し上げろ!」
「う、うん!」
「了解!」
返答を待つより早く、パオタロは地を踏み込み、
炎のカーテンを展開――ケイトとメイナの前に立ちはだかるように防壁を構築した。
すぐにパイヤンが風の魔力を送り込み、炎を煽る。
轟音と共に火勢が膨れ上がり、炎の壁は厚く、強固な障壁へと変わっていく。
結晶の猛攻が一瞬止み、ケイトとメイナの荒い呼吸も、わずかに落ち着きを取り戻した。
その隙に、パルロはすでに通信機を手にしていた。
「こちらニイチセン、パルロ――。
“戦闘訓練場・一”にてガブリエウがニイニセンを攻撃中!
戦闘に介入しましたが、ガブリエウが例の少女を抱えているため、攻撃手段が限られています!
至急――少女奪取のための支援を要請します!」
即座に作戦本部からの一斉通信――カエイの声が飛び込んできた。
『状況は把握した。だが現状、戦力に余裕がなく、支援可能な班がない。
戦力が整うまでの間、ニイニセンと協力してガブリエウを足止めせよ。――無理はするな』
その間に、パオタロとパイヤンはケイトとメイナのもとへと駆け寄った。
「おい、大丈夫か?」
パオタロの問いに、ケイトとメイナは恐怖に震えながらも小さく頷く。
二人の顔には涙と血の跡が混じり、荒い息が途切れ途切れに漏れていた。
ガブリエウはなおも結晶を浮遊させていたが、
炎のカーテンがその全てを遮断していた。
数十秒ほど攻撃を続けたのち――動きが止まる。
そして――虚ろな瞳をパオタロたちに向け、まるで糸が切れた操り人形のように静止した。
その異様な様子を見た瞬間、パオタロの脳裏に閃きが走る。
――こいつ……クーデターに加担してるんじゃない。
精神を操作されてるだけなのか……?
確認のため、パオタロは声を張り上げた。
「おい、ガブリエウ。その女は何者なんだ!」
しかし、ガブリエウは焦点の合わない瞳で宙を見つめたまま、微動だにしない。
「質問を変えてやる。その女を連れてどこに行くつもりだ?」
再び問いかけるが――
返ってくるのは、ただ虚ろな視線だけ。
――まったく意思が感じられない。
完全に精神を支配されてるってわけか……このタコが。
そのとき、通信を終えたパルロが駆け寄ってきた。
直後、彼の通信機から作戦本部の緊迫した声が響き渡る。
『待て……ヒヨリが本当に攻撃しているのか!?
諜報部隊・五、状況が理解できない!』
「なっ、なんだと……?」
パオタロは思わず息を呑んだ。
胸の奥で鼓動が跳ね上がり、冷たいものが背筋を駆け抜ける。
――まさか……ヒヨリさんまで精神を操作されているというのか……!?
喉が渇く。呼吸が乱れる。
焦燥と不安が、瞬く間に全身を支配していった。
炎のカーテンの向こう。
ガブリエウは依然として虚ろな瞳をこちらに向けている。
先ほどまで無数に放っていた鋭い結晶の嵐は止み、いまやふらふらと身体を揺らすばかり――。
もはや戦闘能力すら、感じられなかった。
――こいつのように戦闘力が落ちているのなら、まだいい。
だが……もしそうじゃないのだとしたら、
クーデターを……あのヒヨリさんを……俺たちは抑えられるのか!?
その時、通信機から新たな一斉通信が響いた。
『甲種部隊長シシンより、全部隊へ通達。
エドワード公とヒカルは無実だ。繰り返す――エドワード公とヒカルは無実である。
各隊、両名と接触次第、その行動を全面的に支援せよ!』
息つく間もなく、通信は続いた。
『それからヒカル!
新魔法“モラタ”を使用した状態なら、支援が可能なはずだ!
すぐに諜報部隊・五の救出に向かえ! 俺もすぐに合流する!』
パオタロは思わず目を見開いた。
その内容に、思考が一瞬止まる。
――ヒカルだと……?
今さら、あいつに何ができる……。
属性解放の儀で無属性と判明し、乙種に入隊した――“転移者様”。
目立った努力の跡も見えず、
ここ数か月はエドワード公の指導を受けていたようだが、
肝心の新魔法大会では失態を晒し、結果としてこの混乱を招いた張本人でもある。
そんな奴が、ヒヨリさんと戦えるはずがない。
そう思った矢先、再び通信機が震えた。
『こちらヒカルっ! 直ちに諜報部隊・五の救出に向かいますっ!!』
その声は、驚くほど力強かった。
パオタロは無意識のうちに通信機に目を落とす。
胸の奥で、押し込めていた感情が小さくうごめいた。
気づけば――口元が、わずかに緩んでいた。
――はっ、何を今さら。
期待するだけ無駄だろうが……。
苦く息を吐き、頭を振る。
――まぁいい。あいつのことは知らん。
……本当にやれるのなら、勝手にやってろ。
それより、今は目の前の状況だ。
ガブリエウが抱えている少女のせいで、まともに攻撃できない。
他班からの援護も期待できない。
つまり――状況は、最悪だ。
だが、それでもやらねばならない。
――まずは、あの女の奪取だ……!
パオタロは唇を噛み、炎のカーテン越しにガブリエウを見据えた。
だが、炎の向こうにいたはずの姿は消えていた。
――しまった、どこへ消えた……!?
背筋に冷たい焦りが走り、周囲を慌てて見回す。
その姿はどこにも見当たらない。
慌てて上空を仰いだ直後、足元が激しく震え、轟音とともに地割れが走った。
「なっ、なんだっ!?」
噴き上がった土煙が視界を奪う。
裂け目の隙間から、殺意を帯びた風の刃が襲いかかってきた。
「全員、下がれっ!」
パオタロは咄嗟に火のドームを展開し、仲間をその内側へ押し込める。
土煙がわずかに晴れたその隙に見えたのは──少女を肩に担ぎ、虚空を見つめるガブリエウだった。
――炎の下にトンネルを掘り、奇襲してきやがったのか……!
ガブリエウの周囲に浮かぶ無数の鋭い結晶が一斉に襲いかかる。
火のドームは音を立てて削られ、防御の限界が迫っているのが明白だった。
――風と土の混合魔法か……!
くそっ、厄介だ……!
歯を食いしばったパオタロは短く、的確に指示を飛ばす。
「パイヤン、風で俺の火をもう一度支援しろ!
パルロ、お前は隙を見て奴の態勢を崩せ!
ケイトとメイナは協力して水蒸気爆発を連続で起こすんだ。奴の視界と聴覚が奪われている混乱に乗じて、俺があの女を奪取する!」
「う、うんっ!」
「任せろ!」
パイヤンとパルロが即座に応じ、ケイトとメイナも緊張した面持ちで頷く。
パオタロは素早く火のドームを張り直し、そこへパイヤンの風の魔力が重なった。
炎がうねり、厚く強靭な防壁へと変わる。
だが、それでもガブリエウの放つ結晶の猛攻を防ぐのは難しかった。
轟音とともに壁が削られていく――崩壊は時間の問題だった。
――くそっ、これでも長くは持たないか……!
焦燥が胸を焼いた、その刹那。
ガブリエウの足元が泥のように崩れ落ちる。
突如の揺らぎに体勢を崩し、動きが止まった。
パルロの土属性――好機だ。
「ケイト、メイナ! 今だっ!」
パオタロは叫び、炎を纏って――少女を奪取すべく飛び出した。
だが――指示していた水蒸気爆発は起きなかった。
反射的に振り返る。
そこにいたのは、指先から弱々しく霧散した魔力を茫然と見つめるケイトとメイナ。
膝を震わせ、恐怖に縛られたように動けずにいた。
「っ……!」
次の瞬間、無数の結晶が冷たい光を帯び、一斉に襲いかかる。
パオタロは反射的に炎の旋風を巻き上げ、幾つかを弾き飛ばした。
だが、防壁を抜けた数本の結晶が、容赦なく彼の身体を貫いた。
「っば……かやろ……」
視線を落とすと、腹に深々と突き刺さった結晶。
「ぐはっ……!」
激痛が稲妻のように全身を駆け抜け、視界が白く弾ける。
意識が遠のきかけるが、歯を食いしばって耐えた。
――ここで俺が倒れたら……一気に戦況が崩れる……!
だが、意思とは裏腹に、力が抜け落ち、膝をつく。
傷口を押さえるも、指の隙間から鮮血が止めどなく溢れ出す。
手のひらを真紅に染めたその血は、じわりと身体の熱を奪っていった。




