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第62話:魔法競技祭当日――恐怖の影

 甲種・二期生は全員、

 ヒカルが新魔法“モラタ”を発動した際に現れた少女――ラァラの行方を追っていた。


 だが、記憶を失っている彼らにとって、ラァラは“謎の少女”でしかない。


 当初は、少女が現れた“戦闘訓練場・一”を重点的に調査したが、そこにいたのは精神操作を受けた貴族関係者ばかり。

 少女に関する手掛かりはまったく得られなかった。


 やむなく、捜索範囲を拡大する方針が取られた。


 ニイチセンのパオタロ、パイヤン、パルロは“戦闘訓練場・二” へ。

 一方、ニイニセンのケイトとメイナは、精神操作された貴族関係者の誘導・保護と並行して、“戦闘訓練場・一”周辺の捜索を担当することになった。





「クーデターで戦場と化したこの状況で、俺たちは迷子探しか……」


 パオタロはやや呆れたように呟きながらも、警戒を怠らなかった。


「それだって、立派な任務でしょ?」


 パイヤンがすぐさま言い返すと、パルロが横目でニヤリと笑った。


「パイヤン、お前ちょっと嬉しそうじゃん。

 本当は、こういう平和な任務のほうが好きなんだろ?」


「そ、そんなわけないでしょ!」


 顔を赤くしながら反論するパイヤン。

 軽口を交わしつつも、三人の動きに迷いはなかった。


 “戦闘訓練場・二”の調査も終盤に差しかかっていたが、依然として少女の痕跡はない。


 パオタロは息をつき、仲間たちへと声をかけた。


「このエリアはほぼクリアだ。……他の場所へ移動するぞ」


 その時だった。


 “戦闘訓練場・一”の方向から、切羽詰まった悲鳴が響き渡る。

 ケイトとメイナの声だ。


 パオタロの表情が一変する。


「急ぐぞ!」


 その一言と同時に、ニイチセンの三人は地を蹴った。


 “戦闘訓練場・一”へ――全速力で駆け出す。





 現場に辿り着いた三人は、目の前に広がる光景に息を呑んだ。


 虚ろな瞳のガブリエウが、意識を失った少女を肩に担いだまま、

 無数の鋭利な結晶を宙に浮かべ、ケイトとメイナを容赦なく襲撃していた。


 結晶は不気味な光を放ち、

 生き物のように軌道を変えては、二人を執拗に追い詰めていく。


 ケイトは恐怖に耐え切れず、地面にへたり込んだまま火属性の防御壁を維持していたが、震える手では防壁の形も保てず、炎は弱々しく揺らいでいる。


 その隣ではメイナが氷のドームを展開し、必死に補強を繰り返していた。

 だが結晶の嵐は止まらず、砕かれるたびに再構築を強いられる。


 わずかな隙間から侵入した刃が、二人の肌を容赦なく裂き、

 途切れ途切れの悲鳴が、訓練場に痛ましく響いていた。


「ちっ……めんどくせぇ状況だ」


 パオタロが舌打ちを漏らし、すぐに右手へ魔力を集中させる。

 冷静さを取り戻しながら、短く鋭く指示を飛ばした。


「パルロ、少女奪取の支援要請を! パイヤンは風属性で俺の火を押し上げろ!」


「う、うん!」

「了解!」


 返答を待つより早く、パオタロは地を踏み込み、

 炎のカーテンを展開――ケイトとメイナの前に立ちはだかるように防壁を構築した。

 すぐにパイヤンが風の魔力を送り込み、炎を煽る。


 轟音と共に火勢が膨れ上がり、炎の壁は厚く、強固な障壁へと変わっていく。

 結晶の猛攻が一瞬止み、ケイトとメイナの荒い呼吸も、わずかに落ち着きを取り戻した。


 その隙に、パルロはすでに通信機を手にしていた。


「こちらニイチセン、パルロ――。

 “戦闘訓練場・一”にてガブリエウがニイニセンを攻撃中!

 戦闘に介入しましたが、ガブリエウが例の少女を抱えているため、攻撃手段が限られています!

 至急――少女奪取のための支援を要請します!」


 即座に作戦本部からの一斉通信――カエイの声が飛び込んできた。


『状況は把握した。だが現状、戦力に余裕がなく、支援可能な班がない。

 戦力が整うまでの間、ニイニセンと協力してガブリエウを足止めせよ。――無理はするな』


 その間に、パオタロとパイヤンはケイトとメイナのもとへと駆け寄った。


「おい、大丈夫か?」


 パオタロの問いに、ケイトとメイナは恐怖に震えながらも小さく頷く。

 二人の顔には涙と血の跡が混じり、荒い息が途切れ途切れに漏れていた。


 ガブリエウはなおも結晶を浮遊させていたが、

 炎のカーテンがその全てを遮断していた。


 数十秒ほど攻撃を続けたのち――動きが止まる。


 そして――虚ろな瞳をパオタロたちに向け、まるで糸が切れた操り人形のように静止した。


 その異様な様子を見た瞬間、パオタロの脳裏に閃きが走る。


 ――こいつ……クーデターに加担してるんじゃない。

   精神を操作されてるだけなのか……?

 

 確認のため、パオタロは声を張り上げた。


「おい、ガブリエウ。その女は何者なんだ!」


 しかし、ガブリエウは焦点の合わない瞳で宙を見つめたまま、微動だにしない。


「質問を変えてやる。その女を連れてどこに行くつもりだ?」


 再び問いかけるが――

 返ってくるのは、ただ虚ろな視線だけ。


 ――まったく意思が感じられない。

   完全に精神を支配されてるってわけか……このタコが。


 そのとき、通信を終えたパルロが駆け寄ってきた。

 直後、彼の通信機から作戦本部の緊迫した声が響き渡る。


『待て……ヒヨリが本当に攻撃しているのか!?

 諜報部隊・五、状況が理解できない!』


「なっ、なんだと……?」


 パオタロは思わず息を呑んだ。

 胸の奥で鼓動が跳ね上がり、冷たいものが背筋を駆け抜ける。


 ――まさか……ヒヨリさんまで精神を操作されているというのか……!?


 喉が渇く。呼吸が乱れる。

 焦燥と不安が、瞬く間に全身を支配していった。


 炎のカーテンの向こう。

 ガブリエウは依然として虚ろな瞳をこちらに向けている。


 先ほどまで無数に放っていた鋭い結晶の嵐は止み、いまやふらふらと身体を揺らすばかり――。

 もはや戦闘能力すら、感じられなかった。


 ――こいつのように戦闘力が落ちているのなら、まだいい。

   だが……もしそうじゃないのだとしたら、

   クーデターを……あのヒヨリさんを……俺たちは抑えられるのか!?


 その時、通信機から新たな一斉通信が響いた。


『甲種部隊長シシンより、全部隊へ通達。

 エドワード公とヒカルは無実だ。繰り返す――エドワード公とヒカルは無実である。

 各隊、両名と接触次第、その行動を全面的に支援せよ!』


 息つく間もなく、通信は続いた。


『それからヒカル!

 新魔法“モラタ”を使用した状態なら、支援が可能なはずだ!

 すぐに諜報部隊・五の救出に向かえ! 俺もすぐに合流する!』


 パオタロは思わず目を見開いた。

 その内容に、思考が一瞬止まる。


 ――ヒカルだと……?

   今さら、あいつに何ができる……。


 属性解放の儀で無属性と判明し、乙種に入隊した――“転移者様”。


 目立った努力の跡も見えず、

 ここ数か月はエドワード公の指導を受けていたようだが、

 肝心の新魔法大会では失態を晒し、結果としてこの混乱を招いた張本人でもある。


 そんな奴が、ヒヨリさんと戦えるはずがない。


 そう思った矢先、再び通信機が震えた。


『こちらヒカルっ! 直ちに諜報部隊・五の救出に向かいますっ!!』


 その声は、驚くほど力強かった。

 パオタロは無意識のうちに通信機に目を落とす。


 胸の奥で、押し込めていた感情が小さくうごめいた。

 気づけば――口元が、わずかに緩んでいた。


 ――はっ、何を今さら。

   期待するだけ無駄だろうが……。


 苦く息を吐き、頭を振る。


 ――まぁいい。あいつのことは知らん。

   ……本当にやれるのなら、勝手にやってろ。

   それより、今は目の前の状況だ。


 ガブリエウが抱えている少女のせいで、まともに攻撃できない。

 他班からの援護も期待できない。


 つまり――状況は、最悪だ。


 だが、それでもやらねばならない。


 ――まずは、あの女の奪取だ……!


 パオタロは唇を噛み、炎のカーテン越しにガブリエウを見据えた。


 だが、炎の向こうにいたはずの姿は消えていた。


 ――しまった、どこへ消えた……!?


 背筋に冷たい焦りが走り、周囲を慌てて見回す。

 その姿はどこにも見当たらない。


 慌てて上空を仰いだ直後、足元が激しく震え、轟音とともに地割れが走った。


「なっ、なんだっ!?」


 噴き上がった土煙が視界を奪う。

 裂け目の隙間から、殺意を帯びた風の刃が襲いかかってきた。


「全員、下がれっ!」


 パオタロは咄嗟に火のドームを展開し、仲間をその内側へ押し込める。

 土煙がわずかに晴れたその隙に見えたのは──少女を肩に担ぎ、虚空を見つめるガブリエウだった。


 ――炎の下にトンネルを掘り、奇襲してきやがったのか……!


 ガブリエウの周囲に浮かぶ無数の鋭い結晶が一斉に襲いかかる。

 火のドームは音を立てて削られ、防御の限界が迫っているのが明白だった。


 ――風と土の混合魔法か……!

   くそっ、厄介だ……!


 歯を食いしばったパオタロは短く、的確に指示を飛ばす。


「パイヤン、風で俺の火をもう一度支援しろ!

 パルロ、お前は隙を見て奴の態勢を崩せ!

 ケイトとメイナは協力して水蒸気爆発を連続で起こすんだ。奴の視界と聴覚が奪われている混乱に乗じて、俺があの女を奪取する!」


「う、うんっ!」

「任せろ!」


 パイヤンとパルロが即座に応じ、ケイトとメイナも緊張した面持ちで頷く。


 パオタロは素早く火のドームを張り直し、そこへパイヤンの風の魔力が重なった。

 炎がうねり、厚く強靭な防壁へと変わる。


 だが、それでもガブリエウの放つ結晶の猛攻を防ぐのは難しかった。

 轟音とともに壁が削られていく――崩壊は時間の問題だった。


 ――くそっ、これでも長くは持たないか……!


 焦燥が胸を焼いた、その刹那。


 ガブリエウの足元が泥のように崩れ落ちる。

 突如の揺らぎに体勢を崩し、動きが止まった。


 パルロの土属性――好機だ。


「ケイト、メイナ! 今だっ!」


 パオタロは叫び、炎を纏って――少女を奪取すべく飛び出した。


 だが――指示していた水蒸気爆発は起きなかった。


 反射的に振り返る。


 そこにいたのは、指先から弱々しく霧散した魔力を茫然と見つめるケイトとメイナ。

 膝を震わせ、恐怖に縛られたように動けずにいた。


「っ……!」


 次の瞬間、無数の結晶が冷たい光を帯び、一斉に襲いかかる。

 パオタロは反射的に炎の旋風を巻き上げ、幾つかを弾き飛ばした。

 だが、防壁を抜けた数本の結晶が、容赦なく彼の身体を貫いた。


「っば……かやろ……」


 視線を落とすと、腹に深々と突き刺さった結晶。


「ぐはっ……!」


 激痛が稲妻のように全身を駆け抜け、視界が白く弾ける。

 意識が遠のきかけるが、歯を食いしばって耐えた。


 ――ここで俺が倒れたら……一気に戦況が崩れる……!


 だが、意思とは裏腹に、力が抜け落ち、膝をつく。

 傷口を押さえるも、指の隙間から鮮血が止めどなく溢れ出す。


 手のひらを真紅に染めたその血は、じわりと身体の熱を奪っていった。


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