表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
64/91

第57話:魔法競技祭当日――裏切りの真意

――地下牢前 通路――


「ウカク、サカク、止めを任せる。少年たちの命を奪う趣味は私にはない」


 エドワード公の声は冷ややかで、わずかの情も感じさせなかった。

 ウカクは短く頭を垂れ、その命に応じる。


「はっ」


 隣でサカクも同じく返事をした。

 二人の視線の先――通路の奥には、イチゴセンのレオが、うつ伏せに倒れている。

 周囲に倒れ伏したイオとテオも、すでに戦闘能力を失っていた。


 ――何とも、あっけない幕引きだった。

   いや……さすがはエドワード様というべきか。


 ウカクは淡々と剣を構えた。

 ここで仕留め損なうような失態を演じるつもりはない。

 命を断つ瞬間の重さも、すでに幾度も経験してきた。


 今回も、そのはずだった。


 だが次の瞬間。


 振り下ろした剣の重みが――消えた。


 ――何だ?


 視界が妙に低い。

 まるで地面が、急に近づいてくるようだった。


 腹の奥から、焼けつくような痛みが広がる。

 思わず息を呑み、口を開くが、声にならない。


「ぐ……っ?」


 呻きが漏れたのと同時に、全身の力が抜けた。


 ――何が、起きた……?


 隣のサカクを見る。

 その刹那、彼の胸元が真っ赤に裂け、鮮血が高く弾けた。


 ウカクの意識が急速にぼやけていく。

 地面に膝をつき、見下ろした己の腹部には――


 上下に裂けた傷口が口を開き、内臓が露出していた。

 流れ出る血が、床を黒く染めていく。


 理解が追いつかない。

 何が起きたのか、頭が拒絶していた。


 振り返る。


 そこには――背を向けていたはずのエドワード公が立っていた。

 氷のように冷たい眼差しが、ウカクを見下ろしている。


 右手には、赤く濡れた刃。


 視線が交わる。

 ほんの一瞬。


 その無感情な瞳に映る自分を、ウカクはただ呆然と見つめていた。


 ――なぜ……エドワード様が……。


 その問いの答えを得ぬまま、ウカクの意識は音もなく闇に沈んだ。





 エドワード公は静かな眼差しで、ウカクとサカクの絶命を確認した。

 手にした剣を軽く振り、飛び散った血を払うと、無言のまま鞘へと収める。


 通路には、血の滴る音だけが響いていた。


 やがてエドワード公はゆっくりと歩き出す。

 倒れたイチゴセンの三人――レオ、イオ、テオのもとへと近づき、

 深く息を吐いてから、苦渋を滲ませた瞳で静かに頭を下げた。


 三人はまだ激しい痛みに顔を歪めている。

 まともに声も出せず、警戒と困惑、そしてわずかな恐怖を含んだ眼差しで彼を見上げていた。


「手荒な真似をして済まなかった。

 監視の目があった以上、こうでもしなければ君たちの命を救う術はなかったのだ」


 レオは痛みに喘ぎながらも、歯を食いしばってエドワード公を睨みつけた。

 警戒心の強い彼にとって、この男の言葉を“善意”として受け取ることは到底できない。


「あ、あんた……どういう……つ……もり……だ……」


 掠れた声が漏れる。


 エドワード公は静かに片膝をつき、レオの目線に合わせた。

 次いでイオとテオへ視線を向け、穏やかに言葉を紡ぐ。


「安心して欲しい。実際には斬っていない。

 特殊な剣技で、君たちの神経を一時的に麻痺させただけだ。

 数十分もすれば痺れも引く。……救護部隊を呼ぶ必要はない」


 それでも戸惑いが消えない三人を見て、エドワード公はさらに声を低くした。


「――それと、私が裏切ったことが貴族側に知られれば、

 地下牢に新たな刺客が送り込まれる恐れがある。

 悪いが、本部への連絡は控えてくれ。

 国王陛下の安全のためにも、私との戦闘はまだ続いているように装ってほしい。

 ……下手に動けば、陛下の命取りになりかねない」


 切実な声色に、三人はためらいながらも小さく頷いた。


 エドワード公はテオが落としていた通信機を拾い上げ、自らの腰に静かに取り付ける。


「地下牢に捕らえられている国王陛下と話をする必要がある。

 ここで失礼させてもらおう」


 一歩踏み出したところで、彼はふと足を止めた。


「……ところで、ヒカルは無事か?」


 痛みを堪えながら、レオがわずかに顔を上げ、小さく頷く。


「ならばよい」


 エドワード公は、わずかに口元を緩めた。


「礼として、君たちにも一つ助言をしておこう。

 君たちには素晴らしい可能性が秘められている。

 テオ殿が無理をして他の二人に合わせるよりも、彼自身の強みを生かす道を考えてみてはどうだろうか。

 君たちなら、きっとその意味がわかるはずだ」


 その言葉を残し、エドワード公は静かに通路の奥へと消えていった。





 地下牢の扉が、湿った鉄の軋みを上げながらゆっくりと開かれた。


 薄暗い牢内には、アモン陛下をはじめとする王族、そしてガスポールやライクンら重臣たちの姿があった。

 全員が魔法拘束具を取り付けられ、意識も朦朧としている。


 エドワード公は迷いなくアモン陛下のもとへ歩み寄り、慎重に拘束具を外した。

 そして手のひらをアモン陛下の胸元に当て、ゆっくりと魔力を送り込む。


「陛下、しばしお耐えください。すぐに正気をお取り戻しになられます」


 数秒後、アモン陛下の瞳に宿っていた霞が徐々に晴れていった。

 だが、次の瞬間、激しい眩暈に襲われたのか、陛下は苦しげな吐息を漏らす。

 額には大粒の汗が浮かび、顔色は青白く、視線も定まらない。


「……エドワード……なのか……? 何が……起こっているのだ……?」


 掠れた声で問うアモン陛下を、エドワード公はそっと支えた。


「陛下、どうかごゆっくり。まずは深く息を――落ち着かれませ」


 穏やかな声に導かれるように、アモン陛下は浅い呼吸を少しずつ深くしていく。

 数分の後、ようやく呼吸は安定し、その瞳にも明晰さが戻っていった。


 やがて陛下は周囲を見渡し、自らが地下牢に拘束されていたという信じ難い現実を悟る。

 その瞳が見開かれ、動揺があらわになる。


「エドワード……これは、一体どういうことだ……?」


 震える声には、王としての威厳を保ちながらも、

 理解を超えた現状への戸惑いが滲んでいた。


 エドワード公は静かに片膝をつき、深々と頭を垂れる。


「陛下、ご説明申し上げます。

 シングウ王国は現在、クーデターによる未曾有の危機に瀕しております。

 陛下をはじめ王族の方々、重臣の皆々様も魔法によって洗脳され、この地下牢に幽閉されておられました」


 アモン陛下はその言葉をじっと聞きながらも、

 眉間に深い皺を寄せたままだった。


 エドワード公はさらに声を落とし、苦渋を滲ませて続ける。


「このような事態を未然に防ぐことができず、痛恨の極みにございます。

 第一貴族としての責務を果たせなかったこと、誠に申し訳なく存じます。

 しかし――どうかご安心ください。

 現在、王血部隊が全力を挙げ、事態の鎮圧にあたっております」


 その時だった。


「――エドワード公、そこまでだ! 陛下から離れて、両手を上げろ!」


 鋭い叫びが地下牢の空気を裂いた。

 シシンが扉を押し開け、勢いよく踏み込む。

 その掌には鋭く研ぎ澄まされた魔力が淡く輝き、

 瞳には揺るぎない警戒と敵意が宿っている。


 エドワード公は表情ひとつ変えず、ゆっくりと両手を掲げて数歩後退した。


「シシン殿か……。ちょうどよいところに来てくれた。

 これから話すことを、ぜひ君にも聞いてもらいたい」


「……話、だと?」


 シシンは視線を一瞬たりともエドワード公から外さない。

 掌の魔力は彼の緊張に呼応するように唸りを上げていた。

 その瞳には――目の前の男こそがクーデターの黒幕だという疑念が渦巻いていた。


 そのとき、エドワード公の腰に装着された通信機が、不意に鳴り響いた。


『作戦本部よりイチイセン、了解した――もう撃破したのか!?

 さすがだ。そのまま地下牢へ急行し、イチゴの戦闘を支援してくれ!

 シシンも向かっているが、敵はかなりの強敵と思われる。慎重に行動を!』


 さらに通信は続く。


『それとイチヨンセン、聞こえるか?

 そちらの通信機に異常が発生している! 状況を報告せよ!』


 通信が止むと、牢内に再び静寂が落ちた。


 エドワード公は一呼吸置き、穏やかだが重さを帯びた声で語り始める。


「――今回の事件は、私の行動が発端となりました。

 ソロモン殿下が姿を消された直後、その混乱に乗じてヒカルの命を狙う者が現れたのです。

 陛下……クーデター勃発から今に至るまでの経緯を、これより詳しくお話し申し上げてもよろしいでしょうか」


 アモン陛下は眉間に深い皺を刻み、しばし沈黙した。

 疑うべきか、信頼すべきか――葛藤がその瞳に宿っている。


 やがて意を決したようにゆっくりと頷き、王としての威厳を取り戻した声で答えた。


「……よかろう。すべて話してくれ」


 エドワード公は静かに目を閉じ、深い息を吸い込む。

 そして目を開いた時、その声音には決意と痛みが混じっていた。


「――では、始めましょう」


 その言葉は牢内の静寂を震わせ、

 聞く者すべてを、過去の出来事へと誘っていった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ