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第56話:魔法競技祭当日――四位一体

 地下牢へと繋がる通路で、ウカクとサカクが鮮やかに真っ二つに切り裂かれる――その少し前のこと。


 イチヨンセン――ヨツビシ、タカノハ、オウギ、ゲンジの四人は、シングウ城の玉座の広間へ続く巨大な扉の前に立っていた。

 全員が頭巾を深く被り、口元をマフラーのような布で覆っている。


 四人が突入方法の最終確認に入ろうとした――その時だった。


 ゲンジの持つ通信機が突如としてけたたましい音を立て、作戦本部からの一斉通信が響き渡った。


『イチゴセン、聞こえるか。

 地下牢に捕らえられているのが王族なら、敵は相当な実力者だ。無理に仕掛けるな。

 可能な限り交戦を避けろ。

 モンドとカイエンを救援に向かわせた。それまで持ちこたえてくれ』


 明らかに音量設定がおかしいとわかるほどの爆音に、四人は一斉に顔をしかめる。

 思わず扉から距離を取り、一旦後退した。


 通信はなおも続く。


『イチサンセンを除く甲種各班へ。

 目的地に異常がないことを確認次第、地下牢へ急行せよ』


 通信が終わると、ヨツビシがゲンジを鋭く睨んだ。


「……ゲンジ、その通信機、音量をもう少し下げられないのか?」


 ゲンジは真面目な顔で首を振った。


「シシンは言っていた。今回の作戦は迅速な情報共有が鍵だと。

 これ以上音量を下げれば、情報を聞き逃す可能性がある。誰か責任を取ってくれるのなら、下げてもいいが」


 ヨツビシ、タカノハ、オウギの三人は、わずかに眉をひそめる――だが、責任は取りたくない。

 結局、その理屈に逆らえず、小さく頷いた。


 一斉通信が途絶えるのを確認すると、四人は再び扉の前に戻った。

 息を合わせるように配置につき、突入の手順を改めて確認する。


 それぞれが短く頷き合うと、ヨツビシが静かに合図を出した。


「では参る……」


 その直後――。


「わーーーーーっ!」


 威勢のいい掛け声とともに、四人の足音が重なる。

 そのまま一気に巨大な扉を押し開け、一斉に中へと突入した。


 だが瞬間にして、四人の身体は氷に絡め取られ、

 さらに風の刃が容赦なく彼らの身体を切り裂いた。


 ――しかし、それらはすべて分身だった。


 ヨツビシの水分身、タカノハの風分身、オウギの火分身、ゲンジの土分身――。

 四人は、敵が内部で待ち伏せしているのなら、分身かどうか見極める間もなく即座に攻撃を仕掛けてくると踏んでいたのだ。


 分身が破壊される、その一瞬。

 敵の動きがわずかに止まった。

 四人が狙っていたのは、その刹那の隙だった。


 破壊された分身の視界が捉えた敵の位置をもとに、

 四人はそれぞれ水・風・火・土の防御壁を重ね合わせ、敵の死角を縫うように玉座の広間へと滑り込む。


 だが、その作戦を嘲笑うような乾いた笑い声が響いた。


「ふざけた真似を……。

 王血部隊では、この程度のお遊びを作戦と呼ぶのか?」


 声の主は、第四貴族ヒルマン家当主――ニコラス・ヒルマン。

 その傍らには、配下であり双子の兄弟――バシとバショウが、

 表情ひとつ変えず静かに腕を組んで立っていた。


 この兄弟は、国内で最初に「一卵性ボーナス」の存在が確認された者たちである。

 当初は彼ら固有の特異な現象と見なされていたが、

 のちに王血部隊のユラとサラ、さらにレオ、イオ、テオの間でも同様の反応が観測され、正式な理論として認められるに至った――という経緯がある。


 バシとバショウの連携は圧巻であり、

 ボーナスを加味した彼らの属性値はともに100を超える。

 その名は、今なお「王国内最強の双子」として知られていた。


 ゲンジが目配せを送る。

 ヨツビシ、タカノハ、オウギの三人が静かに頷いた。


 そして、同時に口を開く。


 ヨツビシ――。

 「ニコラス殿、我々の作戦のどのあたりが“お遊び”に見えたのか、ぜひご教授願いたい」


 オウギ――。

 「バショウ殿、初めて双子ボーナスを感じた時って、どんな感覚だったんです?」


 タカノハ――。

 「バシ殿、双子なのにバショウ殿より若く見えるって言われません?」


 突如として飛び出した予想外の質問に、ニコラスは眉間に皺を寄せ、明らかに動揺した。バシとバショウも互いに顔を見合わせ、ぽかんと口を開いたまま硬直している。


 その隙に――。


 ゲンジはすでに冷静に専用通信を起動していた。


「こちらイチヨンセン――。

 玉座の広間にて交戦中。敵は第四貴族ヒルマン家当主ニコラスと、その配下である双子のバシ、バショウ」


 報告を終えると、イチヨンセンの四人は静かな手ごたえを感じたように口元を緩め、

 互いの肘を小突き合ってその健闘を称えあった。


 ――作戦は、上々。


 だが、その様子を見たニコラスのこめかみがぴくりと動いた。


「……ふざけるのも大概にしろ!

 バシ、バショウ! 本物の連携を奴らに見せてやれ!」


「はっ」

「はっ」


 命令を受け、バシが即座に鋭く尖った水の結晶を無数に生成する。

 バショウがその背後から風を巻き上げ、乱気流の渦で結晶群を一気に射出した。


 怒涛の水晶弾が空を切り裂き、閃光のような軌跡を描いて四人へと殺到する。


「数の上では我ら双子が不利かもしれぬが……」

「圧倒的な連携の差を思い知らせてやろう!」


 二人は息の合った宣言と共に攻撃を放った。


 だが、イチヨンセンは冷静だった。

 四人は素早く一箇所に集まり、水・風・火・土――四属性の防御壁を同時に展開する。

 それぞれの壁が重なり合い、層を成して敵の攻撃を受け止めた。


 ヨツビシが静かに、揺るぎない自信を込めて言い放つ。


「数の上で不利なのは、俺たちのほうだ。

 なぜなら、俺たちの連携は『一人』としか数えられないほどに一体化しているからだ。

 だが、だからこそ――二人と数えられる程度の連携しかできないお前たち双子には、絶対に負けない」


 属性値が低くとも、有利属性の防御壁で適切に対抗すれば、不利属性の攻撃は容易に突破できない。

 たとえ双子ボーナスで属性値が100を超えていようと、原理は同じだ。

 この戦術は、すでに王血部隊の訓練で実証済みだった。


 ヨツビシの言葉通り、バシとバショウの放った乱れ撃ちは、

 四人の展開した多層防御に弾かれ、ことごとく空を裂くだけだった。


 攻撃が通らぬことに、双子の表情が険しく歪んでいく。

 やがてニコラスの怒声が広間に響いた。


「何をしておる……! もっと結晶を増やせ!

 一枚でも奴らの壁を貫けばよいのだ!」


 叱咤を受け、二人は結晶の数を一気に倍増させる。

 だが、数が増えるほど制御は難しくなり、精度を欠いた結晶は床や壁に次々と突き刺さっていった。


 そんな中で――ヨツビシだけは、まったく別の悩みに頭を抱えていた。


 ――あれ、ちょ待てよ。

   俺……さっき“四人でひとり”なんて、カッコつけたわけだが……。


 ヨツビシは頭の中で念入りに計算を繰り返した。


 でも、どう計算しても結論は変わらない。

 つまり……水属性である自分の防御壁がなくても、

 他の三枚だけで十分防ぎ切れる計算になる。


 ――もしかして……俺の防御壁、なくてもいけるんじゃ……?


 意を決してヨツビシは、自分の防御壁をそっと解除してみた。


 防御のバランスが一瞬揺らぐ。

 だが、まだ十分に持ちこたえている。


 その瞬間――三人の視線が一斉に彼へ向いた。

 ヨツビシを睨みつけ、無言のまま、容赦なく彼の脚を蹴りつける。


 慌てて再び防御壁を展開し、小さく咳払いしてウインクを送るが、

 全員そろって顔を逸らし、誰ひとりとして目を合わせてはくれなかった。


 ――俺の防御壁……やっぱり最初からいらない子だったんだ……。


 微妙な孤独を抱えつつも、ヨツビシはすぐに頭を切り替える。

 再度防御壁を解除し、他の三枚に水の鏡面――反射魔法を付与した。


 直後、バシとバショウの放った乱れ撃ちが防御壁に当たり、弾丸のように反射される。

 怒涛の水晶弾が反転し、光の軌跡を描きながら双子自身へと襲いかかった。


「なっ――!?」


 バシとバショウは慌てて攻撃を中断し、防御壁を展開。

 辛うじて跳ね返った攻撃を防ぎきる。


 だが、その背後――無防備だったニコラスにも反射弾が襲いかかる。


「な、なにぃ――っ!?」


 驚愕の表情を浮かべたまま、ニコラスは反射された攻撃をまともに浴び、

 成す術もなくその場に崩れ落ちた。


「ニコラス様……っ!」


 双子は信じられない光景を前に、完全に動きを止めた。


 その隙を――イチヨンセンが逃すはずもない。


 四人は同時に動き出す。

 バシとバショウの間に厚く重なった四枚の防御壁を生成し、双子を完全に分断。

 そのまま間へと滑り込み、同時に陣形を組む。


 水属性のバシの側では、有利属性である土属性を持つゲンジが前衛として壁を張り、

 その背後でヨツビシが水流を凝縮させ、攻撃の準備を整える。

 有利属性の前に、バシは一歩も動けなかった。


 一方、風属性のバショウの側では、有利属性である火属性のオウギが壁を展開し、

 背後のタカノハは、矢のように魔力を尖らせ、その瞬間を待っていた。

 こちらもまた、バショウに為す術はなかった。


「すまんな」

「ごめんね」


 ヨツビシとタカノハが静かに告げる。

 次の瞬間、二人の攻撃が同時に放たれた。


 焦った双子は反射的に防御壁を生成――。

 だが、それこそが狙いだった。


「申し訳ない」

「恨むならヨツビシにして」


 ゲンジとオウギがその隙を逃さず、有利属性の強力な攻撃を一気に叩き込む。

 轟音が広間を満たし、双子の防御壁は一瞬で砕け散った。


 轟音の余韻の中、ヨツビシたちはただ立ち尽くし、

 双子は抵抗の余地もなく崩れ落ちていった。


 しばらくしても二人が動く気配はない。

 ヨツビシは皆に軽く手を上げ、合図を送る。


「はい集合ー」


 その声は、戦闘直後とは思えぬほど気の抜けたものだった。

 イチヨンセンの四人は、ゆるゆると集まる。


 ヨツビシは腕を組み、やや眉を寄せながらメンバーを見渡した。


「あのさ……ちょこちょこ、ふざけてなかった?

 今回、俺、真面目だったのわからない?」


 その言葉に、タカノハが真顔でうなずく。


「あー、ふざけるのはダメだわ。それだけは絶対ダメ」


 ゲンジとオウギも同時にコクリと頷いた。


 ヨツビシは咳払いをひとつして、続ける。


「はい、先生は、まず最初のバシさんに対する声かけが気になってます。

 『バシ殿、双子なのにバショウ殿より若く見えるって言われません?』

 これ言ったやつ、死刑な」


 タカノハはぎょっとした顔になり、慌てて反論した。


「いやいや、それよりさ!

 “では参る……”とか戦国武将みたいなこと言ってたやついたよな?

 あれ誰だよ!」


 今度はヨツビシが明らかに動揺し、視線を逸らした。


「あー……やっぱさっきのバシさんの件、死刑は無しにするわ。

 えっと、じゃあ、トドメの時に“恨むならヨツビシにして”とか言ってた奴いたなー、先生知ってます」


 オウギが一瞬目を泳がせ、すぐに切り返す。


「待て待て、戦闘中に防御壁勝手に消してウインクしてた奴いただろ?」


 ヨツビシは焦ったように答える。


「え、あれは……いいんじゃないの、合図じゃん。

 ……じゃあ、それも今回は見逃してやるけどさ。

 ――だけど、通信機が爆音だった件は明らかにおかしいよな?

 音量設定ミスってたよな? それなのに『責任取れるなら音量下げてもいい』とか、変な言い訳してたやつ、いなかったか?

 先生、あれは問題だと思います」


 ゲンジが淡々と返す。


「あー、あの通信機、先生が反射させた結晶に当たって壊れました」


 ヨツビシは固まった。


「……え、そうなの? いやでもそれ、俺のせいじゃないよね?

 ほら、冷静に考えてみて。あれって結局、バシさんと、バショウさんがやったことだよね?」


 三人が無言でヨツビシを見つめる。


 ――沈黙。


 ヨツビシはその視線に耐えきれず、くるりと踵を返した。


「イチヨンセン! 通信機の補充のため、一旦本部へ急行する!」


 振り向きもせず駆け出すヨツビシ。


「逃げたぞ、あいつ!」

「ちょっと待て、ヨツビシ!」

「おい、先生! ずるいって!」


 残された三人は慌ててその背を追った。


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