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第53話:魔法競技祭当日――託された信頼

 イチサンセンのフウコ、シスイ、エミリの三人は、地下深くへと続くトンネルを慎重に進んでいた。

 掌に灯した小さな炎が土壁を照らし、闇の中に三人の影を揺らめかせる。

 湿った土の匂いが鼻を刺し、わずかな物音さえ響く静寂が、かえって緊張を際立たせていた。


 通信機から届いた報告では、地下牢へ向かったイチゴセンが敵と遭遇し、モンドとカイエンが救援に向かったという。

 状況は刻一刻と悪化している。

 他班を支援するためにも、一刻も早く魔法陣を無効化する――それがイチサンセンに課せられた使命だった。


 エミリは壁面に手を当て、土中の流れを探るように魔力を巡らせる。

 指先がぴたりと止まり、小さく息を呑んだ。


「お姉さま方……! この先に――巨大な空洞があります!」


 張り詰めた声に、フウコとシスイはすぐに足を止めて振り返る。

 一瞬、空気が緊張に染まる。だがフウコは力強く頷いた。


「よくやったわ、エミリ!」


 シスイも静かに近づき、エミリの肩に手を置く。


「“地下から魔法陣を管理している”――私の推測、当たっていたようね」


 その時だった。

 エミリの通信機に、緊迫した一斉通信が流れ込む。


『イチイセン、イチヨンセンは遭遇した敵を速やかに撃破せよ!

 それとカイエン、聞こえるか!? そちらに乙種救護部隊を向かわせた!

 これより総指揮権はカエイに移譲し、俺が救援に向かう! それまでモンドを頼む!』


 続いて、痛みに耐えるようなモンドの声が混じった。


『……イチニセン……モンドだ。すまない、専用通信を使う余力がなく……

 一斉通信を使わせてもらった……』


 すぐさま、カイエンの叫びが割り込んだ。


『もう喋るな、モンド!

 こちらイチニのカイエンだ!

 相手は第一貴族テックマン家のアーヴィング!

 ここは属性的に俺のほうが有利だ、一人でなんとかしてみせる!


 シシン、貴様は王家の方々の安全確保を優先しろ!

 すなわちイチゴセンの救援に向かってくれ!!


 ……すまない、モンドの容態が深刻だ。イチニセンは通信から離脱する!』


 通信が途切れる。エミリの身体が小刻みに震えた。

 隣を見ると、フウコとシスイは前方を見据え、強い意志を宿した瞳で闇を射抜いている。

 その姿に、エミリははっとして拳を握りしめた。


 ――ここは戦場。

   動揺している暇なんてない。私も……覚悟を決めないと。


 フウコが低く、しかし力強く言った。


「私たちが一刻も早く魔法陣を解除することが、他の各班を支援することにも繋がるわ。急ぎましょう」


 シスイとエミリは無言で頷いた。

 フウコがエミリへ視線を向け、短く問う。


「エミリ、巨大空間に繋がるトンネルを一気に作れるかしら?」


 エミリは迷いなく頷く。


「任せてください、フウコお姉さま!」


 フウコは小さく頷き、落ち着いた口調で指示を出した。


「では、本部に連絡を。トンネルが開き次第、即座に侵入して敵に奇襲を仕掛けるわ」


 エミリはしっかりと頷き、専用通信を起動した。


「こちらイチサンセン。地下深部に巨大な空間を確認しました。

 これよりトンネルを生成し、直ちに突入します。

 目標は巨大魔法陣の破壊――戦闘に入ります」


 即座に作戦本部からの一斉通信――

 シシンから総指揮権が移譲されたカエイの声が飛び込んできた。


『作戦本部、了解した。イチサンセンはそのまま突入し、敵勢力を排除後、速やかに巨大魔法陣を破壊せよ。

 現在、他班も交戦中のため支援は期待できない。十分に注意して任務にあたれ――健闘を祈る』


 通信が途切れる。

 短い沈黙の中、エミリは胸の奥でゆっくりと息を整えた。


 その緊張を察したように、フウコが静かに口を開く。


「……エミリ」


 フウコはまっすぐに彼女を見つめた。


「今まで本当によく頑張ったわね。あなたはもう、もうハルナの代役じゃない。

 シスイも私も、あなたを心から信頼しているわ。

 だから戦場では――“お姉さま”じゃなくて、私たちをイチサンセンの仲間として、名前で呼んでほしいの」


 エミリの胸が熱くなる。


 属性解放を終えたばかりでイチサンセンに配属されて以来、

 フウコとシスイの圧倒的な実力に何度打ちのめされたかわからない。


 涙を堪えながら歯を食いしばった日々。

 叱咤され、それでも努力し続けた時間が――いま、報われた気がした。


 エミリは小さく微笑み、力強く頷く。


「……はい、わかりました!」


 潤んだ瞳の奥には、確かな決意が宿っていた。


 フウコは頷き、鋭い表情で前を向く。


「それじゃあ、行くわよ」


 エミリは呼吸を整え、心の底から湧き上がる強い意志とともに魔法を発動させた。


「――開きます!」


 発動の瞬間、岩盤が轟音と共に激しく震えた。

 眩い光が奔り、土砂が渦を巻く。

 数秒後、巨大空間へと通じるトンネルが形成された。


 その一瞬を逃さず、フウコ、シスイ、エミリ――三人は迷いなく飛び込む。


 突入の刹那、視界を満たしたのは――


 巨大魔法陣の威力を落とすまいと魔力の奔流を維持するルドルフ。

 その傍らに立つ、第三貴族当主ルードヴィヒ公。

 そして、二人を守護するかのように構える――額に一角を持つ、巨大な魔獣だった。


 一瞬、敵が虚を突かれたように動きを止める。

 エミリはすかさず土魔法を発動し、足元を崩落させた。


 魔獣は大きく態勢を崩したが――

 ルドルフとルードヴィヒ公の足元は、一寸たりとも揺るがない。

 魔獣の額にある一角から放たれる魔力が、まるで二人の足元を支えているかのようだった。


「……あの魔獣から倒すわよ!」


 フウコの号令と同時に、シスイが氷結魔法を展開した。

 ルドルフとルードヴィヒ公にはやはり効果がない――が、態勢を崩していた魔獣は瞬く間に氷漬けとなり、完全に動きが封じられた。


 フウコは間髪入れず、鋭利な風の刃を放った。


 氷の砕ける轟音が響き、魔獣の胴体が大きく裂け飛ぶ。


 ……だが――違和感。


「――……どういうこと!?」


 エミリの声が震えた。

 斬り裂かれた肉片がうごめき、断面同士がゆっくりと接合していく。


 再生が完了するや否や、一角が脈動し、赤黒い魔力が奔流のように溢れ出した。

 空間そのものが軋みを上げ、圧し潰されるような重圧が満ちていく。


 再び立ち上がった魔獣の瞳には、凶暴で禍々しい光が宿っていた。


 その姿は、もはや生物ではない――災厄そのもの。


 三人とも、言葉を失った。


 余裕の笑みを浮かべたルードヴィヒ公が、低く嘲笑う。


「その程度の攻撃では、私の魔獣は倒せまい」


 一方、ルドルフはルードヴィヒ公に守られるように、巨大な魔法陣の維持に専念していた。

 その表情に動揺の色はなく、ただ冷ややかな静けさだけがあった。


 その時、エミリの通信機に再び一斉通信が入った。


『作戦本部よりイチイセン、了解した――もう撃破したのか!?

 さすがだ。そのまま地下牢へ急行し、イチゴの戦闘を支援してくれ!

 シシンも向かっているが、敵はかなりの強敵と思われる。慎重に行動を!』


 さらに通信は続く。


『それとイチヨンセン、聞こえるか?

 そちらの通信機に異常が発生している! 状況を報告せよ!』


 ルードヴィヒ公はわずかに目を細め、背後の巨大な魔法陣を見上げた。


「……第五貴族フリッツ殿の反応が途絶えたか。リョゼツほどの武人がやられるとはな……。ヒヨリ不在でもイチイは油断できぬ、ということか」


 短く息を吐き、薄く笑う。

 その笑みは冷たく、そして狂気じみていた。


「……だが、こちらには隠し玉がある。それに地下牢には第一貴族エドワード殿が控えている。イチゴ如き、すでに倒されているだろう。イチヨンもすでに片付いたようだ。二勝一敗……悪くない」


 一瞬の沈黙の後、唇が不気味に歪む。


「……いや、訂正だ。ここでお前たちも死ぬから――三勝一敗だ!」


 高らかに命じる。


「さぁいけ、ケイオスフィスチェ。奴らを殲滅しろ!」


 魔獣がわずかに身を沈めた瞬間、空気が軋んだ。

 次の瞬間、爆ぜるような跳躍。


 額の一角に赤黒い魔力が集まり、雷鳴のような電撃が走る。


 三人は即座に判断した。

 ――防御壁だけでは、この電撃を耐えられない。


 フウコ、シスイ、エミリは、それぞれ異なる方向へ散開した。


 だが魔獣は再び一角を光らせる。

 三人の中で最も機動力に劣るシスイへ照準を定め――


 驚異的な速度で突進した。


「――シスイ!」


 フウコの叫びが響いた瞬間、

 シスイは咄嗟に防御壁を展開した――が、


 魔獣の鋭利な爪は防御壁ごと彼女を抉り、

 鈍い衝撃音とともに、シスイの身体は地面へ叩きつけられた。


 空中に離脱していたフウコは風を纏い、すぐさま救出へ向かう。

 だが魔獣はそのフウコを次なる標的と定め、一角を光らせて再び足を曲げた。


 攻撃態勢―。


 その一瞬の隙を、エミリは逃さなかった。


 ――フウコお姉さまは、私を信じて飛び込んでいる。

   だから絶対に……ここで足を引っ張るわけにはいかない……!


 放たれた土魔法が魔獣の足元を激しく揺るがし、巨体が大きくバランスを崩す。

 さらに地面は泥状へと変質し、魔獣を深く飲み込んだ。


 間髪入れず、エミリは渾身の豪炎魔法を叩きつける。

 泥は激しい熱で瞬時に焼き固まり、魔獣ごと黒々と炭化した地表から焦げ臭い煙が立ちのぼった。


 その鮮やかな手並みに、フウコは内心で驚きを隠せない。


 ――短期間でここまで成長するなんて……。


 エミリが魔獣を封じ込めている間に、フウコはシスイを抱き起こした。

 しかし彼女の傷は予想以上に深く、呼吸も浅く途切れ途切れだった。


「シスイ! しっかりしなさい!」


 必死の呼びかけにも、シスイは反応を示さない。


 ふと視線を戻すと、魔獣が沈んだ地盤から再び赤黒い魔力が滲み出していた。


 ――まさか……何度でも蘇るというの……!?


 焦りが胸を締めつける。

 だが今、動揺している暇はない。


 班長としての冷静さを取り戻し、フウコは声を張った。


「エミリ、良い判断だったわ! 一度集合しましょう!」


 撤退か、作戦続行か。


 イチサンセンの班長であるフウコは、この場にいる全員の命運――

 いや、巨大魔法陣が影響を及ぼす戦場全体の命運を背負っていた。

 一切の誤りが許されない。


 緊迫が刻一刻と迫る中、エミリの通信機からは――

 イチヨンセンへの応答を促す切迫した声だけが、虚しく響き続けていた。


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