表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
58/91

第51話:魔法競技祭当日――イチゴの葛藤

 壁内に最初に侵入したのは、イチサンセンだった。

 フウコがシスイとエミリの分まで風を操ることで、三人は滑らかに上空を進んでいく。


 壁を越えた瞬間、エミリはすぐに違和感を覚えた。

 市街地の様子がおかしい。人々がまるで正気を失ったかのように、無秩序に街を彷徨っている。

 普段なら行商の声が飛び交う市場も、誰もが無意味に歩き回るだけで、街そのものが“空洞化”しているように見えた。


 ――これは一体……?


 エミリが戸惑いを隠せず周囲を見回していると、フウコが口を開いた。


「精神操作されているのかもしれないわね……。

 あの巨大な魔法陣は、二重陣だったってことかしら?」


 シスイが軽く鼻を鳴らし、どこか楽しげに応じる。


「あらフウコ、あなたにしては賢明な推理ね。

 二重陣――つまり、壁内への侵入を阻んでいたほうの陣が囮なのだとしたら、本命の精神操作陣は、簡単には解除できない構築になっている……そう考えるべきじゃなくて?」


 フウコは苛立ちを隠さず言い返した。


「シスイ、その厭味ったらしい言い方、いい加減なんとかしなさいよ。

 エミリ、本部に連絡を」


 エミリはすぐに専用通信を起動し、短く息を整えてから報告を始めた。


「こちらイチサンセン――。

 壁内市街地で住民の異常行動を確認。精神操作が疑われます。

 魔法陣に二重構造の可能性あり。現在の魔法陣の状態を確認願います」


 エミリが報告する間にも、フウコは思考を巡らせていた。


 ――あれだけ巨大な魔法陣、その紋様を維持するには……。


 フウコは鋭く目を細め、シングウ城の尖塔を見上げる。


 そのとき、作戦本部から一斉通信が入った。


「巨大魔法陣は二重構造と判明。

 一方は消失したが、もう一方は現在も維持されているようだ」


 フウコはシスイに視線を送る。

 シスイは短く頷き、唇をわずかに吊り上げた。


「イチサンセン、尖塔に向かうわよ。

 エミリ、作戦本部に行動許可を急いで要請して」


 許可が下りると同時に、三人は尖塔へと突入した。


 だが――そこに敵の姿はなかった。


 フウコは窓際まで進み、外に浮遊して周囲を見回す。

 尖塔より高い場所は存在せず、見下ろせば街全体が淡く霞んで見えた。


 沈黙が落ちたその時、シスイが冷静に口を開いた。


「あらフウコ、どうして魔法陣を“上から見下ろすもの”と決めつけているのかしら?

 逆に、魔法陣を下から見上げている可能性だってあるでしょう?」


 フウコは一瞬目を見開いたが、すぐにその意図に気づいた。


「……シスイ、あんたの説明は本当にわかりにくいのよ!」


 苛立ちを隠さず吐き捨てつつも、フウコは即座に指示を切り替える。


「エミリ、地下深くへと潜れるトンネルを生成して。

 敵は地中から巨大魔法陣を管理している可能性が高いわ!」


「了解です!」


 エミリは素早く魔法を発動し、地面へと手をかざした。

 地中から低く唸るような音が響き、三人を地下深くへと導くトンネルが口を開く。


「こちらイチサンセン。

 尖塔では敵影を確認できず。巨大魔法陣を地下から管理している可能性あり。

 これより地下深部への潜入を開始します」


 エミリが通信を終えると同時に、三人は迷いなくトンネルへ飛び込み――

 闇の底へと姿を消した。





 一方その頃――


 他の班も続々と壁内への侵入を果たし、それぞれの目的地へと急行していた。


 市街地では精神操作を受けた民衆が暴れ回っていたが、

 乙種諜報部隊が巧みに敵の注意を引きつけてくれたおかげで、

 各班はほとんど混乱もなく任務を遂行できていた。


 そして最初に敵と遭遇したのは――

 地下牢へ急行したイチゴセンだった。


「待て……地下牢のほうから、人の声がする」


 レオが鋭く制止すると、イオとテオも緊張を走らせながら足を止めた。

 確かに、誰かの声が微かに聞こえる。


「……もしかすると、俺たち……大当たりを引いちまったのかもな」


 その瞬間――風の刃がレオの横をかすめた。


 三人は即座に小部屋へ飛び込み、壁に身を寄せて息を潜める。


「あの連中……誰かを地下牢に閉じ込めて、それを守ってるってことだろ。

 テオ、本部に報告を」


「りょ、了解っ!」


 テオは慌てて専用通信を起動し、息を詰めながら報告を始めた。


「こ、こちらイチゴセン!

 地下牢付近で敵と接触。加えて、人の声を確認。

 これより交戦態勢に入ります!」


 通信の間にも、レオは小部屋の陰から通路を覗き込む。

 敵は三人――だが、どいつも並の実力ではない。


 ――三人か。上等だ……やってやる。


 そのとき、作戦本部から一斉通信が入った。


『イチゴセン、聞こえるか。

 地下牢に捕らえられているのが王族なら、敵は相当な実力者だ。無理に仕掛けるな。

 可能な限り交戦を避けろ。

 モンドとカイエンを救援に向かわせた。それまで持ちこたえてくれ』


「イ、イチゴセン、了解――!」


『イチサンセンを除く甲種各班へ。

 目的地に異常がないことを確認次第、地下牢へ急行せよ』


 通信が切れ、場に静寂が戻る。


 イオが慎重な声で口を開いた。


「レオ……ここは本部の指示に従って救援を待つべきだ」


 だがレオは鋭い目で通路の奥を睨みつけたまま、小さく首を振った。


「いや、敵にはもう気付かれてる。

 それに本当に王族が人質にされてるってんなら、呑気に待ってる余裕なんてねぇ。

 もし人質に手を出す気配があったら、多少強引にでも突入する。

 それまでは遠距離中心で仕掛け続けて、俺たちで時間を稼ぐ。いいな?」


 レオの強い言葉にイオとテオは互いに視線を交わし、小さく頷く。

 その頷きを見届け、レオは唾を飲み込んだ。


「イオ、準備はいいな?」


「ああ、いつでもいける!」


 レオは小部屋の陰から素早く手を伸ばし、通路一帯に薄い霧を展開した。


「イオ、今だ!」


 その合図と同時に、イオが右手をかざす。

 霧は瞬時に高温の蒸気へと変わり、通路全体が灼熱の奔流へと変貌した。


「やったか――!?」


 だが次の瞬間。

 灼熱の中を“何か”が突っ切った。

 炎を裂く轟音とともに、黒い影が一直線に迫る。


 直後、レオは鋭い剣撃に襲われた。


「――っ!」


 直撃を覚悟したその刹那――

 テオが咄嗟に防壁を展開し、攻撃を受け止める。

 防壁はそのまま小部屋の入口を塞いだ。


 イチゴセンの三人は小部屋に追い詰められ、一瞬で逃げ場を失うかたちとなった。


 ――こいつ……かなりやべぇ……!!


 通路には、悠然と立つ敵の男。

 その存在感だけで、空気が一段重くなる。


「君たちは三つ子だと聞いていたが……連携は随分お粗末だな。

 さっきの攻撃も二人だけの連携だっただろう?

 せっかくの一卵性ボーナスも二人分しか活かせていないようだ」


 男の挑発に、レオは苦々しく吐き捨てた。


「うるせぇ、こっちの作戦に口出しすんじゃねえ!」


 ――……ちくしょう、言い返したいが実際こいつの言う通りだ。


 一卵性ボーナスは、双子なら魔力値がせいぜい20~40%しか上がらない。

 レオとイオの魔力値は元々70。双子だけでは魔力値98が限界だった。


 モンドやカイエン、フウコ、シスイのように魔力値100を誇る者たちがいる以上、

 それを超えなければ“特別な武器”はなり得ない。


 しかし現実問題として、イチゴセンの三人目――テオは普段からマイペースすぎて連携が取れない。


 本来レオたちは、この課題を今日の午後に開催される予定だった“チーム対抗戦”までに克服し、“レイテセン”への名称変更を勝ち取るつもりだった。


 だが結局、間に合わせることができなかった。


 そのとき、作戦本部から一斉通信が飛び込んできた。


『イチイセン、イチヨンセンは遭遇した敵を速やかに撃破せよ!

 それとカイエン、聞こえるか!? そちらに乙種救護部隊を向かわせた!

 これより総指揮権はカエイに移譲し、俺が救援に向かう! それまでモンドを頼む!』


 続いて、苦痛に耐えるようなモンドの声が通信に乗った。


『……イチニセン……モンドだ。すまない、専用通信を使う余力がなく……

 一斉通信を使わせてもらった……』


 すかさずカイエンが遮るように叫ぶ。


『もう喋るな、モンド!

 こちらイチニのカイエンだ!

 相手は第一貴族テックマン家のアーヴィング!

 ここは属性的に俺のほうが有利だ、一人でなんとかしてみせる!


 シシン、貴様は王家の方々の安全確保を優先しろ!

 すなわちイチゴセンの救援に向かってくれ!!


 ……すまない、モンドの容態が深刻だ。イチニセンは通信から離脱する!』


 一斉通信が途切れ、イチゴセンの三人は驚愕の表情で顔を見合わせた。


 通路側に立っていた男は、それを聞いて余裕の声色で口を開く。


「王血部隊の柱石と謳われたモンドもこの程度とはな……。

 だがシシンが来るのはさすがに面倒だ。

 手早く国王を始末させてもらうとしよう」


 言葉を終えると、その男は水音を立てながら地下牢の方へと去っていった。


 レオは鋭い眼差しでイオとテオに目配せを送る。

 二人は無言のまま小さく頷いた。


「イチゴセン、今から地下牢へと向かう敵を叩くぞ。

 いいか、三人で息を合わせて進むんだ!」


 テオが防壁を消失させると同時に、レオが霧の立ち込める通路へと躍り出た。

 敵の姿は見えない。だが奥からは、水を踏むような不気味な足音だけが響いてくる。


 レオはその足音を追った。

 イオとテオも後に続く――が、やはり発動したのは二人分のボーナスだけで、

 徐々にテオが遅れ始めていた。


 その瞬間だった。


 背後から鋭い痛みが走り、レオは激痛に膝を折って通路に崩れ落ちた。

 振り向くと、イオもテオも同じように倒れている。


 ――後ろからだと……!?

   馬鹿な、強すぎる……!


 必死に視線を上げると、そこには無感情な瞳で見下ろす

 第一貴族テックマン家当主・エドワード公が立っていた。


 エドワード公は僅かに目を細め、静かに告げる。


「勘違いするな。私が強いのではない。お前たちが弱すぎるのだ。

 一体これまで何をしてきた? 君たちの実力なら、“イチゴ”という名が相応しかろう」


 そして彼は背を向け、ゆっくりと歩き出す。


「ウカク、サカク。――止めを任せる。

 少年たちの命を奪う趣味は私にはない」


「はっ」

「はっ」


 返事をした二人の男が無慈悲な表情で剣を振りかぶった。


 ――ちくしょう、結局何もできないまま死ぬのかよ……!


 その刹那、レオの全身に生暖かい液体が飛び散った。


 顔を上げると、ウカクとサカクが鮮血を吹き出しながら、

 真っ二つに裂けて崩れ落ちていた。


 ――何が起こった……!?


 その奥で、背を向けたはずのエドワード公が振り返っていた。


 その瞳は――氷よりも冷たく、炎よりも鋭かった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ