第50話:魔法競技祭当日――王血部隊、出動
「ヒカル殿が、ソロモン殿下を討ったぞ!」
その叫びに、鼓膜が拒絶した。
声の主へ反射的に振り返る。
――……エドワード先生!?
険しい表情のまま、こちらへ真っ直ぐ駆け寄ってくる。
――違う、俺は何も……!
否定の言葉を口にするより早く――
足元で地面が白く光り始めた。
光は一瞬で視界を飲み込み、音も色も、感覚すら消え去った。
「……ここは……」
目を開けると、そこはもう“戦闘訓練場”ではなかった。
風が吹き抜ける草原。
遠くに、シングウ城の尖塔が霞んで見える。
エドワード先生が消えたんじゃない。
――俺が城外へ転送されたんだ。
呆然と周囲を見渡すと、
同じ王血部隊の制服を着た生徒たちが、まばらに立ち尽くしていた。
どうやら転送されたのは俺だけではないらしい。
状況を飲み込もうとした、その時――
背後から腕をねじり上げられ、地面に押し倒された。
「抵抗するな」
聞き覚えのある声。
振り返るまでもない。
「……パオタロ!? こんな時に何して――」
「こんな時だからだ、このタコが」
その声は、容赦なく冷たかった。
「今まさにクーデターが発生している。
お前はその一員として、俺に捕らえられた」
「はぁ!? 俺はそんなこと――」
「黙れ。お前のことだ、どうせ何も知らずに利用されたんだろう。
……だが言い訳は後にしろ」
パオタロは一切の情を排した声で続ける。
「殿下を消した以上、それが通用するかは知らんがな」
胸が凍りついた。息が掠れる。
その時、空から一羽の魔鳩が舞い降りた。
パオタロが手を伸ばすと、魔鳩が淡く光り、宙に文字が浮かび上がった。
『王血部隊は南大門南方五百メートル地点に集結せよ』
――シシンさんの一斉通信だ。
「行くぞ」
腕を掴まれたまま、俺は半ば引きずられるように集合地点へ向かった。
そこではすでに、多くの王血部隊員が集結していた。
魔法で即席に築かれた仮設の拠点が立ち並び、空気は張りつめている。
その中心に立つシシンが、全員を見渡し、静かに口を開いた。
「緊急事態により、ここを臨時作戦本部とする。
乙種も含め、全隊の指揮権は規定通り――甲種部隊長である俺が執る!」
乙種部隊長のカエイが無言で頷く。
乙種は諜報部隊と救護部隊からなり、彼女がそれらを束ねている。
シシンは間髪入れず、矢のように指示を飛ばした。
「クーデターの可能性が極めて高い。だが情報が圧倒的に足りない。
乙種の諜報部隊は直ちに壁内へ潜入し、状況を洗え。
イチサンセンは上空に展開して先遣となり、国王陛下の安全確保を最優先に行動せよ。
今回の作戦では迅速な情報共有が鍵になる。土属性の通信持ちを含む編成で動け。魔鳩は使うな。得られた情報は専用回線で逐一送れ。以上だ」
「諜報部隊、了解!」
「イチサンセン、ただちに出撃します!」
風を切って城へ向かう背中を見送ると、
シシンは険しい表情のまま俺へ向き直った。
「……さぁ、ヒカル。知っていることを、すべて話してもらおうか」
喉が乾く。吸った息が冷たい。
「クーデターのことも、殿下が消えた理由も、俺にはまったくわかりません!」
声が震えた。
「俺はただ、殿下から新魔法“モラタ”を教えてほしいって言われて……
あの場で、その通りにしただけです!
何が起きたのか、本当に俺自身わからないんです!」
その言葉に、一瞬で熱気が広がる。
「あの位置関係で、お前以外に誰がやれるんだよ!」
「適当なこと言ってんじゃねーぞ!」
「隠さずに全部話せよ!」
怒号が飛び交い、空気が荒れ始める。
だがシシンは片手を静かに上げただけで、全員を黙らせた。
場が一瞬で凍りつく。
「――では、新魔法“モラタ”とは何だ。
それと、突然現れたあの少女について、知っていることを話せ」
鋭い視線が突き刺さる。
喉がひりつき、呼吸をするたび胸が痛い。
それでも――逃げるわけにはいかなかった。
「“モラタ”は――
一つの魔力器を、複数の魔法で同時に操れるようにする魔法です。
そして……あの少女は、ラァラ。
以前報告した、“失踪した少女”です。
彼女の存在に関する痕跡も記憶も、この世界から――まるで最初から無かったみたいに、綺麗に消されているんです。
……どうしてラァラが戻ってきたのかは……俺にもわかりません」
言葉を吐き終えると、全身の力が抜けた。
だが胸の奥に残るのは安堵ではなく、言い訳のような苦さだった。
「俺が召喚したわけじゃないんです……」
少しの沈黙。唇がかすかに震える。
「……多分」
その瞬間――通信音が通信音が鋭く鳴り響いた。
『こちら諜報部隊・五!
外壁まで到達したものの、壁内に入れません! 不明な魔力に弾かれます!』
乙種諜報部隊からの緊急通信が、作戦本部に飛び込んできた。
通信が途切れるより早く、別班の悲鳴にも似た報告が重なる。
『こちら諜報部隊・二!
魔力干渉、強度上昇中! 侵入不可能!』
次々と飛び交う報告が、作戦本部の空気を一気に張り詰めさせた。
その緊迫の中、一拍遅れてイチサンセン――エミリの声が響く。
『こちらイチサンセン。上空からの観測結果を報告します!
壁外には王血部隊以外の人影は確認できません。
ですが、シングウ城下全域の地中から強い発光を確認!
その紋様から見て――巨大な魔法陣が展開されています!』
報告が終わるや否や、場の空気が凍りついた。
生徒たちは息を呑み、ざわめきを抑えられずに互いの顔を見合わせる。
シシンはすぐさま一斉通信を開いた。
「――各員待機」
そう告げると、シシンは腕を組み、状況を整理するように低く呟いた。
「地中に描かれた魔法陣が発動し、
俺たち王血部隊だけが壁外へと転送された……そう考えるべきだな」
彼は顔を上げ、全員を見渡す。
「――王血部隊員で、まだ合流していない者は?」
沈黙を破って、メイナが険しい表情のまま報告した。
「ニイサンセンのガブリエウ君が、まだ現れていません!」
シシンの眉がわずかに動く。
短い沈黙ののち、低く重たい声が落ちた。
「……テックマン家ということか。
ゼーマン家での一件で国内の混乱は収まったと思っていたが――
やはり今回も、貴族絡みというわけか……」
その一言に、レオさんが苛立ちを隠そうともせず声を荒げた。
「シシン、そんなことは後回しだろ!
地中の魔法陣をなんとかしねえと、俺たちは壁内に入ることすらできないんだぞ!」
怒気を含んだ声に、モンドがすぐさま冷静な口調で割って入る。
「落ち着け、レオ。シシンもそれは理解している。
ただ、地中に魔法陣を仕掛けるなど前例がない。当然、原理がわからなければ破壊は困難だ。だからこそ、あらゆる可能性を探っているんだ」
レオは悔しげに舌打ちし、拳を強く握りしめる。
「そんなことは俺だってわかってんだよ! だが今も陛下が危険に晒されてるんだぞ!
誰か……あの魔法陣を壊す方法を思いつく奴はいねぇのか!」
張り詰めた空気が場を支配する。
誰も言葉を返せずにいる中――ぽつりと、テオの小さな声が漏れた。
「……さ、さっき言ってたじゃん……」
その一言で、全員の視線がテオに集中する。
「あ……、や、やべ……また間違えた。ご、ごめん……」
テオは顔を真っ赤にし、慌てて目を逸らし、すべてをなかったことにしようとする。
だが、イオがやわらかな笑みを浮かべ、穏やかに声をかけた。
「落ち着け、テオ。みんな、お前の考えを聞きたいだけだ。
――それともまさか、お前だけ分かってて俺たちには内緒……なんて、そんな悲しいこと言わないよな?」
テオは困ったように苦笑しながら、観念したように口を開く。
「し、シシン君がさっき言ってたじゃん……き、“貴族絡みの動乱”って。
……そ、そのことだよ!」
イオが眉をひそめる。
「なるほど、貴族絡みか……。
それで、その魔法陣、一体誰がどうやって作ったんだ?」
テオは少し苛立ったように身を乗り出し、早口で言った。
「だ、だから、み、みんなの目の前でやってたでしょ!
あ、あれが魔法陣を描くための仕込みだったんだよ!」
一瞬、場の空気が凍りついた。
そして――シシンが、静かに頷く。
「……なるほどな。理解した。
新魔法大会で、第三貴族フリードマン家の長子――ルドルフ殿が披露した『ダークランス・トラップ』のことだな?」
テオはほっとしたように何度も頷いた。
シシンも静かに頷き返し、思考を整理するように低く呟く。
「あの黒い水槍……確かに、あの時は地面に吸い込まれるように消えていった。
表向きには“失敗した魔法”に見せかけ、実際には地中に巨大な魔法陣を描いていた――。
つまり、あの黒い液体は魔法陣を描くための“インク”だったということか」
短い沈黙。
そして、シシンの瞳に鋭い光が宿る。
「ならば――洗い流せばいいだけのことだ」
その言葉と同時に、作戦本部の空気が一気に動いた。
シシンは素早く一斉通信を開き、矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「乙種救護班、水属性が得意な者は王都シングウの北側から南にかけて地中に水脈を生成しろ!
水の流れを作り、魔力の導線を削ぎ落とすんだ!
土属性の者は南側でその水を吸い上げ、魔力を確実に回収しろ!」
「水班、了解!」
「土班、準備開始します!」
各班が動き出した瞬間、足元の大地がわずかに震えた。
魔力の奔流が地中を走り抜け、新たな水脈が刻まれていく。
シシンはその変化を感じ取ると、再び通信を開いた。
「各員に告ぐ! まもなく魔法陣の効力は弱まるはずだ。
壁内への侵入が可能となり次第、諜報部隊およびイチサンセンは直ちに作戦を再開せよ!」
鋭い指令が響き渡り、場の空気が一段と張り詰める。
指示を終えると、シシンは俺へ向き直った。
その声は静かだが、苦渋を帯びていた。
「ヒカル。お前の証言が真実ならば、今回のクーデターに関与していないどころか、むしろ利用された被害者ということになる。
だが残念ながら、今のところお前の証言を裏付ける証拠も証言者もいない。
――疑惑が晴れるまでは拘束を解くことはできない。理解してくれ」
胸が締めつけられる。
それでも俺は唇を噛み、悔しさを押し殺して小さく頷いた。
シシンは短く息を吐き、すぐに表情を引き締め直す。
「最優先目標はアモン国王をはじめとする王家の安全確保だ。
イチイセンはシングウ城内の国王の自室へ向かえ。
イチニセンは予備隊としてここで待機。
イチヨンセンは玉座の間、イチゴセンは地下牢を確保しろ。
甲種・二期生は全員、先ほど現れた少女の捜索に当たれ。何か手がかりを得られる可能性がある。
三期生は属性解放が済んでいないため、ここで待機だ」
その直後、通信機が一斉に鳴り響いた。
イチサンセンと乙種諜報部隊から、壁内への侵入成功の報が次々と入る。
シシンは目の前の部隊員へ向け、短く告げた。
「壁内への侵入には成功した。しかし――巨大魔法陣の目的が時間稼ぎだったとすれば、敵はすでに陣形を整え、我々を待ち構えている可能性が高い。
各班、慎重に、かつ迅速に行動せよ!」
「了解、十分に警戒します!」
「了解、直ちに展開を開始します!」
号令と同時に、王血部隊員たちが一斉に駆け出した。
その背中には、緊張と覚悟が濃く刻まれていた。
魔力の風が吹き抜け、空気がきりりと震えていた。




