第49話-1:魔法競技祭当日――始まり
長くなったので二話に分けます。
魔法競技祭当日――朝。
今日は、珍しく早く目が覚めた。
胸の奥が落ち着かず、眠っていられなかった。
静かな足取りで王血館別館を出た。
敷地の奥――森を切り開いて新しく作られた墓地へ向かった。
そこは、つい最近整えられたばかりの小さな場所だ。
並ぶ墓石はどれも新しく、まだ十数基ほどしかない。
鳥のさえずりと虫の声が微かに響くだけで、空気はひどく澄んでいた。
墓地の一番端にある墓石の前で足を止め、俺は静かに手を合わせる。
「モラタ……やっと新魔法を完成させたよ。
今日の大会で認められれば、俺が“真の転移者”であることを証明できる。
そうなれば――お前が望んでいたように、この国のために戦えるぞ。俺たち……」
言葉を口にした瞬間、胸の奥にあった重いものが、少しだけ軽くなった気がした。
小さく息を吐いて、墓石を見つめる。
残念ながら、そこに“モラタ”の文字は刻まれていない。
この世界では“ベイグレッド”として生きていたのだから、仕方がない。
その横には、誰かが供えた小さな白い花が一輪、静かに咲いていた。
そよ風が花を揺らし、その影が墓石の上で小さく震えた。
――頑張れよ、と言われた気がした。
脳裏に浮かぶのは、あの日の穏やかな笑顔。
――モラタ。見ててくれよな。
胸の奥にこみ上げる想いを噛みしめ、静かに頷いた。
そして踵を返し、歩き出す。
今日――新しい挑戦が、始まる。
◇
シングウ王国で年に一度開催される魔法競技祭。
王族や貴族たちが一堂に会し、磨き上げた魔法を披露する国最大の催しだ。
舞台となるのは“戦闘訓練場・一”。
普段は王血部隊が集団戦の訓練を行う場所だが、この日ばかりは荘厳な装飾が施され、格式ある舞台へと姿を変える。
華やかな競技の数々。
中でも――今年の競技祭では、午前の“新魔法大会”と午後の“チーム対抗戦”が注目の的だ。
新魔法大会では、新進気鋭の者たちが、自ら開発した新魔法を披露することになっている。
一方のチーム対抗戦では、甲種クラスの“イチゴセン”が二連勝を懸けて挑み、念願の“レイテセン”への名称変更を成し遂げるかが密かな話題となっていた。
観客席には、すでに多くの王族や貴族たちが着席していた。
会場は静かな期待と緊張に包まれている。
やがてアモン国王が壇上に姿を現すと、空気が一瞬で張り詰めた。
「我がシングウ王国の未来を担う者たちよ。
ここに集うすべての者に、その才を示せ。
諸君の努力と覚悟が、新たな光を導くことを願う――
ここに、魔法競技祭の開幕を宣言する!」
国王の威厳に満ちた声が響き渡る。
その瞬間、会場全体が拍手に包まれ、ざわめきと熱気がゆっくりと広がっていった。
◆
拍手の波が引いていく中、競技場の外れにある控室で――。
俺は静かに椅子に腰を下ろしていた。
胸の奥にはじわりと緊張が広がっている。
それでも――不思議と心は落ち着いていた。
あの不快な“モヤモヤ”を、もう完全に制御できる感覚があったからだ。
――やってやる……。
目を閉じ、深く息を整えていたそのとき、控室の扉が開いた。
甲種クラスの数名が入ってきて、ざっと空気が変わる。
その中に、パオタロの姿もあった。
パオタロは俺に気づくと、「フン」と鼻を鳴らし、冷ややかな視線を投げて通り過ぎた。
思わず何か言い返そうと口を開きかけたとき――
背後から、肩を軽く叩かれる。
振り返ると、そこには穏やかな笑みを浮かべたシシンの姿があった。
「エドワード殿との修行のことは聞いている。……ヒカル、楽しみにしているぞ」
その言葉に、自然と力が入る。
「期待しててください!」
俺の返事に、シシンは満足そうに頷くと、ゆったりとした足取りで控室を後にした。
その頃、競技場では国王の挨拶が終わり、
いよいよ――新魔法大会が幕を開けた。
出場順は、まず貴族が二人、その次に俺、最後に甲種クラスの生徒たち。
最初に呼ばれたのは、第三貴族フリードマン家の長子、ルドルフ。
金の髪をきっちり整え、堂々とした足取りで“戦闘訓練場・一”の中央へ進み出る。
観客席から拍手が起こり、ルドルフはそれに応えるように深く一礼した。
「――始め!」
審判の声と同時に、ルドルフは両手を掲げた。
水の魔力が渦を巻き、巨大な槍となって形を取る。
その槍を地面に突き立てると、先端から黒く染まり始め――
やがて漆黒の水槍へと変化した。
ルドルフは高らかに名を叫ぶ。
「――《ダークランス・トラップ》!」
地面に突き立てられた巨大な槍は、音を立てて崩れ落ち、
黒い液体となって地面に吸い込まれていった。
……だが、何も起きなかった。
会場に微妙な沈黙が流れる。
やがてルドルフは拳を握りしめ、王の前に跪いた。
「……失敗、いたしました」
アモン国王は穏やかに頷き、短く労いの言葉をかける。
ルドルフは静かに控室へと戻っていった。
……だが、その口元には、なぜか笑みが浮かんでいた。
◆
次に呼ばれたのは、名のある貴族家の中年男性だった。
白髪交じりの頭に、どこか柔らかな雰囲気をまとっている。
観客席からは「おおっ!」という歓声。
どうやら、奇抜な魔法で観客を沸かせることで有名な人物らしい。
彼は観客の声援を受けながら舞台へと進み出る。
ところが、中央に立った途端、一転して険しい顔になった。
そして、観客に向かって怒鳴る。
「うるさいっ!! いつまでも騒いでるんじゃないっ!!」
突如の怒声に、会場は一瞬で静まり返った。
沈黙。
彼はこれを待っていたかのように満足げに頷くと――直後、盛大なオナラを放つ。
「なーんちゃって――ごめんね~ごめんね~」
声だと思ったそれは、全部オナラの音だった。
「これ、オナラの音で話してるんだよ~」
オナラで喋る魔法――実はこれこそが彼の新魔法だった。
会場が「は?」と静まり返ったのは一瞬だけ。
次の瞬間――
「なんだそれ!!」
「しゃ、喋ってる!? オナラで!?」
「腹いてぇぇぇ!!」
大爆笑が巻き起こった。
中年の魔導士は深々と一礼し、笑いと喝采を浴びながら、満足そうに控室へと戻っていった。
そして――ついに俺の名が呼ばれた。




