第43話:報われぬ忠誠
本日、もう一話公開します。
――鳳凰の間――
シングウ城の最奥、“鳳凰の間”に重苦しい空気が漂っていた。
天井に吊るされた金の燭台が、わずかに揺れ、光の反射が円卓の上を淡く滑る。
その光の中心に――七つの影が沈黙していた。
この日、御前会議に集められたのは、
国王アモン、皇太子ソロモン、筆頭宮廷顧問ガスポール、
そして王国を支える最高位貴族“五家”のうち、
第二貴族ゼーマン家を除いた四家――
第一貴族テックマン家のエドワード、第三貴族フリードマン家のルードヴィヒ、
第四貴族ヒルマン家のニコラス、第五貴族ワイズマン家のフリッツ。
計七名。
護衛には“イチニセン”――シシン、モンド、カイエンの三名が厳重に警戒にあたっている。
ガスポールが杖の石突を軽く鳴らし、厳かな声で会議の口火を切った。
「皆々方もすでに報告を受けておると思うが――
ゼーマン家当主ヴィルヘルム殿が、ご自害されましてな。
後継者を含む一族の方々も、憲兵隊との交戦により全滅ということなのですじゃ」
言葉が落ちた瞬間、“鳳凰の間”に沈痛な沈黙が広がった。
誰もが言葉を選んでいる――それがわかるほどの重さだった。
最初に口を開いたのは、第一貴族テックマン家当主エドワードだった。
「交戦に至った経緯について――ご説明をいただけますかな」
皇太子ソロモンは、しばし沈黙を保ったまま、ゆるやかに視線を上げた。
その瞳には、氷のような冷たさが宿っている。
「ゼーマン家には、申し開きのために御前会議への出席を求めた。
だが彼らはこれを拒み、突然、武力抵抗を始めたのだよ。
やむを得ず憲兵隊を派遣したが……結果は、皆の知る通りだ」
「なんと愚かな……」
第三貴族フリードマン家のルードヴィヒが低く呟く。
眉間に深い皺を寄せ、ガスポールを鋭く見据えた。
「彼らの行動には疑問しかございませんが――
その奇怪な行動を裏づける証拠などは、見つかっているのでしょうか?」
ガスポールはわずかに目を閉じ、短く息を整えると、ゆるやかに頷いた。
「ゼーマン家当主の私室から、救護訓練襲撃事件に関与したと見られる記録と証拠が、複数発見されておりまする。
……内容を精査した結果、反逆の意図を持っていたと見るのが妥当かと」
第四貴族ヒルマン家のニコラスが静かに問いを重ねた。
「その確認は、すでに正式に終わっていると?」
ガスポールは一拍置き、深く頷いた。
「――そうなりまする。
これらを踏まえ、ゼーマン家の処遇について、国王陛下のご裁可を仰ぎたく存じますじゃ」
言葉を終えると同時に、ガスポールは国王アモンへと視線を送った。
アモンは長い沈黙ののち、深く目を閉じ、重く息を吐く。
やがて――ゆっくりと瞼を開いた。
「……ゼーマン家は即刻取り潰しとし、その領地は王家の直轄領とする」
その一言が“鳳凰の間”に落ちた瞬間、
長きにわたり王国を支えてきた名門――ゼーマン家の歴史に、静かに終止符が打たれた。
アモンの表情には苦悩が滲んでいた。
しかし、その決断に迷いはない。
王としての言葉が放たれた今、誰も口を挟むことは許されなかった。
――沈黙。
空気が重く沈むなかで、ガスポールは杖の石突を軽く鳴らし、わずかに姿勢を正した。
「陛下、次に検討すべきは――ヒヨリ解放に関する件でございますじゃ」
その名が出た瞬間、“鳳凰の間”の空気がわずかに揺れた。
貴族たちの視線が交錯し、互いの反応を探るように、深い沈黙が広がる。
「前回の御前会議では、“民を納得させる材料が不足している” との理由から、解放は見送られました。
しかしながら、今や情勢は大きく変化しておりまする。
民衆の声は王都全域を覆うほどに高まり、ヒヨリの拘束を続けるだけの正当な根拠は、もはや存在いたしませぬ」
ガスポールの言葉に、貴族たちはわずかに表情を曇らせた。
しかし――誰一人として、明確に異を唱える者はいなかった。
――静寂。
その静寂を破ったのは、皇太子ソロモンだった。
「陛下。今や民意は明白です。
ヒヨリを解放することこそが、最も賢明でありましょう」
その声は澄みきっていた。
感情を押し殺した静かな響きが、逆にその場の空気を鋭く張り詰めさせる。
アモン国王はゆっくりと頷いた。
だが、その瞳はどこか遠くを見つめていた。
まるで自らの決断が本当に正しいのか――王としてではなく、一人の人間として問いかけているかのようだった。
「……余は王血部隊の者たちを、我が子のように慈しんできた。
ヒヨリをこれ以上拘束することなど……到底望まぬ。
――即刻、解放せよ」
その言葉が放たれた瞬間、“鳳凰の間”を覆っていた重苦しい空気が微かに動いた。
ソロモンは一瞬だけ目を伏せたが、すぐに平静な微笑を浮かべた。
こうして、ヒヨリの解放は正式に決定した。
しかし、円卓を囲む貴族たちの表情に喜びの色はない。
それどころか、見えない緊張の糸が再び引き締まる。
やがて、第五貴族――ワイズマン家のフリッツが静かに口を開いた。
「ガスポール殿。一点だけ確認させていただきたい」
その声音は柔らかい。だが、言葉の裏には刃のような鋭さが潜んでいた。
「ヒヨリ殿救出作戦において、中心的役割を果たしていたミロ殿が殺害された際、作戦の即時中止が指示されていたはず。
にもかかわらず、計画が継続された理由――そのご説明をお願いできますかな?」
室内の視線が、一斉にガスポールへと注がれる。
しかし、老顧問は動じなかった。
その背筋はわずかも揺らがず、長年王に仕えてきた者の威厳が漂っていた。
「フリッツ殿。確かに、当初は一時中止の指示が出されました。
しかし、作戦そのものは御前会議にて正式に承認されたもの。
戦時において、実行者の死亡など珍しいことではござらん。
現場責任者として状況を精査した結果、作戦続行可能と判断いたしました。
後任が任務を引き継ぎ、計画を多少変更してでも完遂する――
それこそが王国軍人としての責務――と心得ておりまする。何か問題でもございますかな?」
その理路整然たる答えに、フリッツは口をつぐんだ。
再び静寂が訪れる。
やや間を置き、ガスポールが静かに室内を見回し、穏やかに微笑んだ。
「ゼーマン家がこれまでの一連の事件の首謀であったことは、もはや明白。
事件も、これをもって一応の区切りを迎えたと申せましょう。
そして英雄ヒヨリの解放も決定された今――民衆の不安も、やがて静まることでしょうな」
ガスポールの締めくくりの言葉に、誰も口を開かなかった。
沈黙が、厚い石壁のように“鳳凰の間”を包み込む。
やがて――その静けさを裂いたのは、第一貴族テックマン家当主、エドワードの声だった。
「……一つ、確認させていただきたい」
低く、しかし芯のある声。
穏やかな調子の奥に、揺るぎない意志が潜んでいる。
「ヒヨリ殿には“未来を見る力”があるという噂が流れておりますが……まさか、真実ではありますまいな?」
ガスポールは即座に答えず、わずかに視線を落とした。
長年王に仕えてきた老顧問の顔に、ほんの一瞬だけ迷いがよぎる。
やがて、ゆっくりと顔を上げ、国王アモンを、そして皇太子ソロモンを順に見た。
二人は、重く静かな頷きを返した。
その了承を確認したガスポールは、深く息を吐き――言葉を選ぶように口を開いた。
「……まことに遺憾ながら、それは事実に相違ありませぬ。
ただし、その力には“知られた人数に応じて弱まる”という、重大かつ致命的な制約がございましての。
ゆえに、我らは慎重を期して公表を控えておったのです。
しかも今、ヒヨリ殿の精神は著しく不安定。――その力がなお保たれておるかは、もはや定かではありませぬ。むしろ、この噂が広まった今となっては……彼女はすでに、過去に戻る力を失ったものと思われまする」
言葉が終わると同時に、エドワードの瞳が激しく燃え上がった。
「なん……だと……?」
声は怒りに震え、空気を裂いた。
「それほど重要で希少な力を、ろくな管理もせず失わせたのか!?
それこそが、大賢人が予言した“光属性”であった可能性を、貴殿は理解していなかったとでもいうのか!」
怒号が鳴り響く。
「我がテックマン家は、かつて治めしダーマンベルクのすべてを英雄シモン様に託し、命運を賭して魔女と戦った!
――それでもなお、敗北を喫したのだぞ!
ヒヨリ殿の力を失った今、我が国に勝機など残されておるのか!?
ガスポール殿、貴殿の責任はあまりにも重いぞ!」
激しい叱責に、誰も口を挟めなかった。
ルードヴィヒも、ニコラスも、フリッツも――誰もが視線を伏せ、ただ黙している。
彼らもまた、領地を失い、誇りを削られ続けてきたテックマン家の痛みを知っていたからだ。
ガスポールはその怒りを正面から受け止め、深く一礼した。
「……エドワード殿。ご憤り、ごもっともにございますじゃ。
ヒヨリの能力を失わせた責任、この老骨、痛いほどに承知しておりまする」
老いた声には、長き歳月を背負った重みが宿っていた。
「――じゃが、今のヒヨリは能力の有無以前に、心身ともに戦える状態ではございませぬ。我々が今なすべきは、“現実”に即した戦力の再建でございますじゃ」
その言葉が落ちると、室内の緊張にわずかな揺らぎが生まれた。
円卓に並ぶ視線が、静かにガスポールへ向けられる。
「……実は、我々はヒヨリの進言により、
ハルナを消失させた“魔女の嫉妬”現象を――あの時、直に観測しておったのですじゃ」
ガスポールは一度、静かに息を整えた。
「そのデータの解析を極秘裏に進めておったのじゃが――
ついに“魔女の嫉妬”を無効化し得る魔法陣の試作に成功したのですじゃ。
これを応用した魔法試打所を建設すれば、悲願であった“新魔法開発”が可能になりまする。
これで、我が国の戦力は飛躍的に向上いたしましょう」
その報告に、貴族たちは小さく息を呑んだ。
希望、不安、驚き、疑念――入り乱れた感情がざわめきとなって広がる。
だが、エドワードだけは眉をひそめたまま動じない。
「……魔法試打所の完成か。
だが――その程度の策で、果たして間に合うとお思いか?」
エドワードの瞳が細められた。
「魔女が支配するアルグランド王国では、“魔女の嫉妬”はおそらく発生せぬ。
ゆえに、奴らは何の制約もなく新魔法の開発を進めていよう」
その声には、抑えきれぬ焦燥がにじんでいた。
「となれば、我らとの戦力差は、すでに絶望的だ。
――それを覆す術が、貴殿にあるのか?」
ガスポールは短く目を閉じた。
一瞬、深い陰りが走る。
やがてゆっくりと息を吐き、静かに言葉を紡いだ。
「……エドワード殿のご懸念、まことその通りでございますじゃ。
魔法試打所の建設のみならず、さらなる戦力増強こそ急務。
じゃが、ヒヨリを再び戦線に戻すは時期尚早――」
言葉が途切れ、“鳳凰の間”は水底のような静寂に沈んだ。
「……これは根拠も薄く、望みとも呼べぬ淡い兆しにすぎませぬが――」
老顧問は杖を握り直し、円卓の全員を見渡した。
「実は、未だ解明されぬ“異能”を宿す者が、もう一人おりまする。
その者を――エドワード殿、貴殿に託したい。
果たしてその力が、この国の新たな希望となり得るのか……
どうか見極めていただきたいのですじゃ」




