第40話:実質俺
それから数日後――。
シングウの街は、まるで熱に浮かされたような騒ぎに包まれていた。
「ヒヨリを解放せよ!」という叫びが至る所で上がり、王都の中心街では連日のようにデモや抗議集会が行われている。
魔女の使徒が現れたという報せは、瞬く間に国中に広まった。
そして、その脅威に唯一立ち向かえる英雄ヒヨリが拘束されている――。
その不条理が、人々の怒りと不安を煽った。
ヒヨリの解放こそが、国を救う唯一の希望だと信じて疑わない群衆の熱は、今や炎のように街を覆っていた。
その熱気は、王血館の壁をも越えて伝わってくる。
報告書と新聞が山積みになったテーブルを前に、俺――ヒカルはようやく悟った。
――これが、シシンさんたちが仕掛けた“特別な作戦”の狙いだったのか。
民衆の意識を動かし、王家に決断を迫らせるための――完璧な舞台。
いま俺は、王血館別館の乙種専用ミーティングルーム“星詠みの間”で休憩を取っていた。
だがその隣には、そんな背景など露ほども知らず、いまだ興奮冷めやらぬ男がいる。
「いや~、やっぱ甲種ってのは最高にかっこいいよな!!」
モラタだ――。
ヒヨリさんの戦いを見て以来、ずっとこの調子だ。
最初のうちは軽く相槌を打っていたけど、こうも続くとさすがに疲れる。
少し話題を逸らすか――。
「そういえばモラタ。お前、あの日“小さい頃からやりたいことは変わってない”って言ってたよな。
まさかとは思うけど……魔女を倒そうとしてるわけじゃないよな?」
その言葉を聞いた瞬間、モラタはピタリと動きを止めた。
表情がわずかに真剣になり、俺をじっと見据える。
「は? 当たり前だろ。魔女を倒すこと以外、今の俺の頭には何もねぇよ」
「何言ってんだよ。お前が倒せるような相手じゃないだろ」
俺の言葉に、モラタは苦笑し、肩をすくめた。
「確かにな。俺は無属性だし、魔法器すら一つもない。
だから俺が直接魔女を倒すなんてことは無理な話だ――“可能性がない”ってのは本当に辛いぜ。どれだけ努力を積んでも絶対に届かないんだからな」
その声には、苦さと悔しさが混じっていた。
だが――モラタの瞳はすぐに鋭い輝きを取り戻す。
「けどな、救護やサポートなら俺にもできる。
“その差で魔女を倒せた”ってことになる場合だってあるだろ?
もしそうなったら、それって実質、俺が倒したってことじゃねえか。俺の力がなきゃ倒せなかったんだからな。
だから俺にだって、まだ魔女を倒すチャンスはあるってことだ」
その妙に誇らしげな顔に、思わず苦笑が漏れた。
「救護やサポートなんて、誰だってできるだろ?
結局は魔女に直接攻撃を仕掛けて倒す奴がいるから勝てるんだ。
そいつが“英雄”って呼ばれる。――当然だろ?」
モラタはすぐに笑い返した。
「いいかヒカル、その攻撃役が動けたのは、後ろで支えてる奴がいたからだろ?
俺がサポートしなきゃ攻撃は成立しなかった――だったら、その攻撃を生んだのは実質俺じゃねえか。攻撃がなければ魔女を倒せない。そしてその攻撃を作ったのは俺。
つまり魔女を倒したのは“実質俺”ってことだろ?」
「……まぁ、そうとも言えなくはないけど」
一応そう答えてはおいたが――。
当然、本音ではまったく納得していなかった。
短い沈黙が流れたのち、モラタが不意に真顔になった。
「そういやヒカル。お前って結局どうなったんだ?
魔法器が四つもあるのに、本当に無属性だったのか?」
その言葉に、心臓がわずかに跳ねた。
ガスポール先生の言葉――“天文学的に運が悪かった”というあの一言が、嫌でも脳裏をよぎる。
結局のところ、俺には加護を得る可能性などないのだろう。
だが――それをモラタの前で認めるのは、どうしても癪だった。
「……いや、その……まだよくわかってないみたいだ」
自分でも情けない言葉だと思った。
けれどモラタは、まるで希望を見つけたかのように目を輝かせる。
「マジかよ! まだわかってないってことは、可能性がゼロじゃねえってことだろ!
お前やっぱすげえよ、マジで羨ましいわ!」
その無邪気な笑顔が――なぜだか、胸の奥を鋭く突いた。
……羨ましい?
その言葉が、妙に刺さった。
俺だって、こっちの世界に来てから、平坦な道だったわけじゃない。
力もないのに勝手に特別視されて、それでも期待に応えようと命懸けでやってきたんだ。
そんな簡単な言葉で片づけられてたまるか。
「……お前に何がわかるんだよ」
気づけば、声が震えていた。
モラタが驚いたように顔を上げる。
「お前に――俺の、何がわかるんだって言ってんだよ!」
抑えていた感情が、一気にあふれ出た。
立ち上がった勢いで机が揺れた。
その音すら気にせず、俺は“星詠みの間”を飛び出した。
だが、行くあてなどない。
行きたい場所も、やりたいことも――何ひとつ思い浮かばない。
拳を握り締める。
――……クソ。
どうして俺は、こんなに苛立ってるんだ。
それすらも、わからなかった。
でも……この苛立ちは、きっとモラタに向けたものじゃない。
たぶん――俺自身に、だ。
気づけば、足は自然と王血館本館へ向かっていた。
そこは甲種の生徒たちが暮らす場所――属性解放さえうまくいっていれば、自分がいたかもしれない場所だった。
本館の入り口近くまで来て、ようやく我に返る。
――何やってるんだ、俺は……。
心の乱れを抱えたまま、外からそっと中を覗き込む。
窓の隙間から見える室内の光景に、息が詰まるように胸が苦しくなった。
情けなさと悔しさがこみ上げ、歯を食いしばる。
自分に呆れて本館から離れようとした、その時――。
「……ヒカル様?」
驚いて振り向くと、そこには、少し目を見開いたエミリの姿があった。
明日は、第41話と第42話の二話を公開します。




