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第38話:反撃の火蓋

 話は、ヒカルたちが老婆と出会う少し前に遡る。





「もう信じらんないっ!! なんで私がこんな目に……!」


 私――フウコは苛立ちを隠そうともせず、

 グロリア修道院の跡地近くの廃屋の影で身を潜めていた。


 風が吹くたびに、ピンクの髪がふわりと舞う。

 その姿は――誰が見ても“ヒヨリ本人”そのものだった。


 ――ああもう……全部、シシンが悪いのよ……!


 白月の間で告げられた言葉が、何度も脳裏をよぎる。


『老婆役は俺がやる。ヒヨリ役はフウコ――お前がやってくれないか?』


 あの時の真面目な顔を思い出すたび、腹の底が煮えくり返る。


『ヒヨリは風魔法で空中に浮かぶのが得意だった。

 あれ以上に風を操れるのは、この中ではお前しかいない』


 ――私しかいないとか言われたら、もう断れないじゃん……!


 つまり――今回の“作戦”とやらは、

 ミロ考案という名目で御前会議に提出された“表向きの筋書き”とはまったく別物だった。


 御前会議で発表されたのはこうだ。

 老婆(魔女の使徒)に変身したミロが、ヒヨリに討たれる。

 その戦いを公に記録し、ヒヨリの名誉を回復させる――というもの。


 けれど実際は、ガスポール先生が貴族たちの妨害を避けるために仕組んだ“偽の作戦”にすぎなかった。


 ミロが開発した新魔法“フェルミミック”。

 哺乳類ならどんな姿にも変身できる――そういう魔法だ。


 だがその真の能力、

 “術者以外にも変身の効果を付与できる”という特性は、

 御前会議では意図的に伏せられていた。


 その力を使って、老婆役だけでなく、

 ヒヨリ役までも王血部隊・甲種一期から選び出し、同時に演じさせる――。

 これこそが、ミロが本当に描いていた“真の作戦”だった。


 ――だからって、この私にヒヨリ役をやらせるなんて……!


 私は唇を噛みしめ、シシンの言葉を思い出していた。


『ミロの記憶にはフェルミミックの発動方法も含まれている。

 それが俺に移ったと貴族たちが気づけば、当然、この作戦を妨害しようとするだろう』


『よって、対策の立案と実施には準備期間が必要だ。

 フウコ、お前もヒヨリらしい動きに慣れておく必要がある。

 作戦決行は一か月後――グロリア修道院跡地で行われる慰霊碑の新造式に合わせる』


 ――シスイもシスイよ!


『あら、フウコ。

 楽しそうでよかったじゃない。ヒヨリ語の発音から所作まで、みっちり私が仕込んで差し上げますわ』


 もし“ヒヨリが偽物”だなんてバレたら――王家の威信どころか国の信頼ごと吹っ飛ぶ。


 だから絶対にバレるわけにはいかない。


 その結果、私は約一か月間、シスイの地獄の特訓に付き合わされる羽目になった。


 特訓の第一段階は、

 ヒヨリ独特の語尾やテンションを徹底的に叩き込まれる『ヒヨリ語集中講座』。

 ……もう最初の三日で逃げたくなった。


 次に、ヒヨリらしい過剰な身振りや、

 風魔法を使った浮遊姿勢まで完璧に再現させられる『ヒヨリ式動作訓練』。

 ここで私は一度死んだ。(精神的に)


 そして最後に待ち受けていたのが、

 起床から就寝までを完全に“ヒヨリとして過ごす”

 狂気の『一日ヒヨリ生活』だった。


 立ち居振る舞い、目線、まばたきのリズムまで逐一チェック。

 少しでも気を抜けば――


『あらフウコ、

 今のはヒヨリではなく“あなた自身”そのものですわ。やり直しですわね』


 ……と、シスイから容赦ないダメ出し。

 もはや夢の中でも「やり直しですわ」と聞こえる始末だった。


 ――シシン、この借りは重いんだから……っ!


 そして今、私はヒヨリの姿のまま、物陰で出番を待っている。

 フェルミミックによる変身はすでに完了。あとは舞台に立つだけ。


 ――貴族たちの動きは、こちらの予測通りね。

   これだけ準備したんだもの、絶対に失敗するわけにはいかないわ……。


 貴族たちが甲種・一期生の動きを監視しているのは、すでに確認済みだった。

 だからこそ、シシンはガスポール先生にも計画を伏せたまま動いた。


 ヒヨリへの面会許可を取りつけると、甲種・一期生を拘置所の周囲に交代で張りつけさせ――まるで“日替わりでヒヨリと極秘接触しようとしている”かのように見せるための芝居を打った。


 さらに追い打ちをかけるように、王血部隊の間で噂を流した。

 ヒヨリには未来が見える力があるらしい――と。


『ヒヨリと接触されれば、貴族側の陰謀が露見してしまうかもしれない』


 案の定、貴族たちは勝手に想像を膨らませ、過剰なまでの監視体制を敷き始めた。

 拘置所周辺では貴族関係者らしき姿が頻繁に目撃され、警備も不自然なほど厳重。

 ヒヨリとの接触はほぼ不可能になった。


 ――だが、それこそが狙いだった。


 偽の作戦、“民衆の前に現れた老婆を本物のヒヨリが討つ”という筋書きを信じ込ませるための陽動。

 敵の目を完全に拘置所へ釘付けにするための、綿密な罠でもあった。


 そして今――。

 その拘置所から遠く離れたグロリア修道院の跡地では、“真の作戦”を実行する部隊として選ばれた、私とシシン、シスイ、モンド、カイエンの五人が集結していた。


 全員が事前にフェルミミックを使い、猫の姿で現場入りするという徹底ぶりだった。


『いいか、お前たち。手筈通りに頼むぞ』


 その一言を残し、シシンとシスイは静かにネズミの姿へと変わった。

 小さな体で慰霊碑のある広場へと走り出す。

 現地で老婆とその配下に変身すれば、民衆の目には“突然、何もない場所に現れた”ように映るだろう。


 モンドとカイエンも、すでにそれぞれの持ち場に潜んでいる。

 シシンとシスイも間もなく配置につく頃合いだ。

 あとは、それぞれが定められた役割を果たすだけ――。


 すべてが、思惑通りに進むと信じて。


 私はヒヨリの姿のまま、ひっそりと物陰に身を潜め、空を見上げた。

 その瞬間、胸の奥に冷たいものがすっと走る。


 風が一瞬だけ乱れた。

 ――嫌な予感。


 滑るように空を舞う二つの影が、音もなく慰霊碑の方へと向かっていた。


 ――……まさか、貴族側に気づかれた?


 指先がわずかに震える。

 作戦は続行か、中止か――。


 迷う暇もなく、二つの影が慰霊碑付近に降り立つ。

 その正体を確かめようと、思わず身を乗り出しかけたが、すぐに踏みとどまった。

 今はヒヨリの姿。こんなタイミングで民衆に見られでもしたら、その瞬間、すべてが水の泡になる。


 直後、耳に装着したイヤホン型通信機に“一斉通信”が入った。

 これは土属性の加護を持つ者が使える汎用魔法で、一方通行――情報はモンドからしか発信できない。


『今降り立った二人の影は敵ではない。ヒカルとモラタだ』


 その名が告げられた瞬間、体の奥が一気に冷えた。

 想定外の存在。判断を誤れば、すべてが台無しになりかねない。


 わずかな間を置いて、再びモンドの声が響いた。


『シシン、貴様に判断を任せる。

 貴様がフェルミミックを使用した瞬間をもって、作戦続行と見なす』


 判断はシシンに委ねられた。

 私は固唾を呑み、その時を待つ。

 鼓動の音が、耳の奥でやけに大きく響いた。


 そして――。


 目を射るような鋭い閃光が、広場を覆った。

 フェルミミック。……シシンが、動いた。


 誰かの悲鳴が響く。


 ――甲種・一期生による反抗作戦の火蓋が、ここに落とされた。


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